第113話 悶絶宣言
有希の働いているメイドカフェは、電気街の一角にある、見た目は普通のカフェ。なので入りやすい。
しかし、今から俺達が向かうメイドカフェは、薄暗い怪しいビルにある。
ビルの玄関口には、マッサージとか、サービスとか、物凄いピンクな文字で書いてあるんだけど、これって明らかに大人の店……だよなぁ?
「ささ。行きますよー」
こちとら、大人の階段を上るのにやたら躊躇しているっていうのに、お隣のメイド様は、迷いなく大人の階段を天使の羽のように軽く駆け上がっていく。
「ちょ、ちょちょ、ちょいーのちょい」
情けない声を出しながら先へ先へと賭けが上がっていく有希へ声をかけると、彼女は立ち止まり、振り返ってくる。
真上から地上を見下ろす彼女の姿は、まるで俺と有希との関係性を表しているようで、ちょっとばかし傷つく。表向きは恋人、ご主人様とメイド。だが、その実態は尻に敷かれている男って感じだよな。
「どうかしました?」
「大丈夫な店なの?」
不安な部分を問うと、「あー」と俺の言いたいことを理解してくれたようで、すぐに答えをくれる。
「大丈夫ですよ。玄関にあったお店はわかりませんが、メイド喫茶は健全なお店です。店長が言っていたので間違いないですよ」
「そ、そう?」
「ビビってます?」
「しょ、しょんなきょとないじょ」
思いっきり噛んだ。
初めての怪しいビルにビビりまくっているのが丸わかりだ。
そんな俺の姿を見て、彼女はバカにするわけではなく、どこか嬉しそうにゆっくり階段を下りて来る。
「晃くんって意外と泣き虫でビビりですよねー」
表情こそバカにするものではなかったが、彼女から放たれた言葉は俺をバカにするものだった。
「ほっとけ」
そんな返ししかできないでいると、ガシッと腕を組んでくれる。
コート越しなのに、彼女の柔らかい感触と温もりがこちらの体まで伝わってドキドキしてしまう。心臓の鼓動が早くなり、体温が上昇し、少し恐怖心が和らいだ。
「これで怖くありません?」
「は、はい……」
「ふふ。絶対大丈夫ですから。ほらほら、行きましょ」
俺はこのメイドにずっと尻に敷かれる運命なんだなと、この時確信した。
♢
「おかえりなさいませ。ご主人様。お嬢様」
店内に入ると、可愛いメイドさんがお出迎えをしてくれる。
有希のお店とは違うメイド服。だが、その構造は似ており、ミニスカメイドが俺達をお出迎えしてくれる。
店内はビルの外観とは違い、やたらと明るく可愛くデコレーションされており、先程の不安が一気に吹き飛んだ。
「こちらの席へどうぞー」
平日の昼前だからか、まだオープンしたてなのかわからないが、ご主人様とお嬢様の数はまばらであった。
4人のテーブル席へ案内され、向かい合って座る前に有希がコートを脱ぐ。中からニットが現れる。そのニットもハイブランドを思わせるが、これも激安の物なのだろう。到底そうは思えないな。
「お嬢様。コートをお預かりいたします」
メイドさんがすかさず有希のコートを預かろうとしてくれるので、「ありがとうございます」と素直にコートを渡す。
メイドさんは席の後ろに設置されてあるハンガーラックにコートをかけてくれた。
「ここのメイド服、とっても可愛いですね」
「えへへ。ありがとうございます♪」
可愛らしく笑みをこぼすと、有希のファッションを見てすかさず返した。
「お嬢様のコーデも可愛らしくて、とても素敵です。ご主人様とのカプもとてもお似合いで、羨ましいです」
もし、カップルじゃないって言えばどんな反応が返ってくるのだろうか。
いや、腕組んで来店したから、確実にカップルと思われているのだろう。
「えへ。ありがとうございます」
有希も微笑んで、専属メイドとメイド喫茶のメイドが幸せな空間を提供してくれる。
「それではご主人様。お嬢様。メニューが決まりましたら、そちらの鈴でご申し付けくださいませ。失礼致します」
1礼すると、メイドさんはキッチンの方へと去って行った。
「ああ……」
有希は着席し、頬杖ついてメイドの様子を眺めていると、恋する乙女みたいな声を発していた。
「ここの制服もきゃわわですね」
「だな」
忖度なしで、ここのメイド服も可愛いと思う。
「晃くんは、今の制服と、ここの制服、どちらが私に似合うと思います?」
「今の」
即答する。
ここのメイド服が可愛いと思うのに嘘はない。
だけど、有希が似合うには絶対に今のメイド服だ。文化祭の時に着ていたロングのメイド服も良い。でも、やっぱり有希は今のメイド服一択だ。
「そうですか。もし、こちらのメイド服をご所望なら転職しておりました」
「そこまでするんすか……」
「晃くんがご所望なら考えていましたね」
「は、はは……」
良かった。店長さんに怒られるところだったわ。
♢
注文してから、有希は手帳とペンを取り出して、なにか書き物を始めた。
「あ……」
「?」
つい声を漏らすと、彼女が顔を上げてこちらを見てくれる。
「っと、ごめん。作業の邪魔をしちゃって」
「いえ。どうかしました?」
「いや、そのペン。使ってくれているんだなって思って」
彼女の使っているペンは、クリスマスプレゼントにあげた高級ペンだ。
それを使っているのが嬉しくて、ついつい声が出てしまった。
「もちろんですよ。晃くんから頂いた大事なプレゼントですので」
「嬉しいね。使い勝手はどう?」
「抜群です」
ピースサインを作って、ウィンク1つ送ってくれる彼女。
これに白川琥珀は支配されていたが、前知識があったので支配されずに済んだ。もし、前知識がなければ支配されていただろう。
あれ? これもチート技では?
「さっきから、何書いてたの?」
チート技かどうかの審議は後で良いとして、気になったことを聞いてみる。
予定を書いているにしては、明らかに文字数が多く見えた。
もしかして、ポエムとかかな。
「この店のメイドさんの動きを少し観察しておりました。今後の参考になると思いまして」
「勉強熱心だなぁ」
感心の声が出てしまう。学業だけではなく、メイド業も熱心に勉強する姿を見ると、脱帽するしかない。
「もうすぐイベントも始まりますし」
「イベント?」
「2月のイベントと言えば?」
「え? 修学旅行?」
「それは学校のですし、もう終わったじゃありませんか」
「最高の形でな」
「本当に最高でしたね」
えへへ、と顔を緩めて笑う有希は、「じゃなく」とすぐにいつもの顔つきに戻る。
「世間的な2月のイベントですよ」
「有希の誕生日」
ズキュンと有希は胸を撃たれたみたいなリアクションをみせる。
「おっふ……。覚えていてくれたのですか……」
「当然。2月29日な」
「……ほんと、好き……」
ぼそっと言われるのが、本音を表しているみたいで、超絶萌えた。
「でもなくてですね」
「有希の誕生日以外で大事なイベントなんてあるの?」
「珍しいタイプの思春期男子ですね」
呆れた様子で有希は、仕方ないと言わんとする表情で答えを教えてくれる。
「バレンタインですよ。バレンタイン」
「元ロ○テの監督?」
「野球ファンしかわからないネタはご遠慮ください。チョコレート! 好きな女の子が男の子にチョコを贈る日!」
「あー。あれな。あー」
そういえばそんなイベントがあったな。
「そんなもん、有希の誕生日に比べたら、意味を成すものじゃないだろ」
「くっ……。私的には意識していたイベントですが、そう言われたら怒るに怒れない……」
有希は葛藤していた。
ぶつぶつと呟くと、ビシッと指差してくる。
「バレンタインの日、絶対に悶えさしてあげますっ!」
なんか知らんがメイド喫茶で宣言された。
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