第112話 無限ループのチートの妖精女王
スポーツ用品店で見つけたお揃いのトレーニングウェアが、有希の予想よりも高かったみたい。
食事を折半している関係上、できれば無駄使いは控えたいという有希の意思だったが、ウェアに関しては無駄使いではないと俺の意見を押したところ、迷っていたが購入を決意。
レジへ向かう途中、野球エリアを通った時、野球選手のユニフォームが展示されてあったので、フラフラとそっちに足が向いてしまった。
「神様のユニフォームじゃん!」
展示されていたのは、若きホームラン王であり、流行語にもノミネートした神様のユニフォームだった。
地元球団ではないのに、どうしてここにあるのだろうか。神様の出身地とか? いや、確かここら辺ではなかったと思うが……。
流石は日本有数の繁華街スポーツチェーン店といったところか。
「神様? 野球の神様って意味です?」
「ううん。名字をもじったあだ名だよ」
「すごいあだ名ですね」
「だろ。……うわぁ……。サイン入りだ。すげー」
うっとりとユニフォームを眺めていると、クスリと有希が吹き出した。
「晃くん。目を輝かせて、なんだか子供みたい。アニメだと、きらきらのエフェクトが放たれていますよ」
「へ?」
間抜けな声に、ふと現実に戻る。
「あ、っと、ごめん」
我に返り、有希を放置したことを謝ると、「いえいえ」となんだか微笑ましいものを見るような目をされてしまう。
「本当に野球が好きなのですね」
「有希のおかげだよ」
彼女へ感謝の言葉を送る。
「有希があの日野球道具を捨てずに取っておいてくれたから。野球部の試合に出た時、グローブを持ってきてくれたから。夢を再度抱けるようになったから。だから俺は、また野球を好きになれた。本当にありがとう」
「私は特になにも……」
「それでもありがとう。有希が俺の運命を変えてくれたんだよ。色々とね」
「……おっふ」
有希は耐えられずに照れてしまうと、スタスタと歩いて、グローブコーナーの方へ行ってしまう。
「あ、あははぁ。なんでグローブってこんなにも種類はあるんですかぁ?」
適当なグローブを天に掲げるように持った。
なにに捧げるのかわからないが、照れ隠しの話題を変更といったところだろう。
冷静に分析している俺も、今更ながら自分のセリフが恥ずかしくなったので、彼女の話題変更に続く。
「有希が持ってるのは外野用のグローブだな」
「外野用?」
少し興味が沸いたのか、他のグローブを手に取る。
「その小さいのは内野用。ほら、有希が持ってるのは縦にちょっと長いだろ。だから外野用」
「あ、本当ですね。へぇ」
まじまじと見比べて、感心の息を吐いた有希はグローブを元に戻しながら言ってくれる。
「キャッチャーとファーストのグローブが違うのは見た目でわかりましたが、それ以外にも違いがあるのですね」
「詳細を言えばキリがないけど、セカンド、サード、ショートって同じ内野でも微妙に違ってくるみたいだね。俺はピッチャーしかやったことないからそこまで詳しくはないけど」
「それでは晃くんがグローブを新調するならこれですね」
良く見てくれているみたいで、俺の持っているのと同じようなグローブを手渡してれる。
「惜しい。ちょっとだけ違うんだな」
「え、違うのですか?」
「俺は変化球を中心に投げるタイプなんだよ。だからグローブは軽めの物を使用してる。これはちょっと重たいから本格派、ストレートでバンバン押すピッチャータイプのやつ」
説明しながら他のピッチャー用のグローブを彼女に渡す。
「な? ちょっと重いだろ?」
「あ、本当ですね」
有希は重めのピッチャーグローブを装着し、パンパンとグローブの感触を確かめた。
「私はストレートで押していくタイプなので、買うのならこのグローブですね」
「そうなの?」
「恋愛もストレートで、バンバン押すタイプなので、私にピッタリです」
「否定できない……」
「これからも晃くんへ、バンバンストレートを投げていく予定ですので。よろしくお願いします」
「お、お手柔らかにお願いします」
物凄いストレートが来そうだな。
♢
お揃いの白のトレーニングウェアを購入し、どちらが荷物を持つかで押し問答。
こういうのは彼氏が持つもの。
私はあなたの彼女であると同時にメイドなのです。ご主人様に持たすわけにはいきません。
互いに譲らない、持つ、持たない論争の結果、平和的にジャンケンで決着をつけることになったんだけど、相性が良いのか、8回連続であいこが続いた時にはお互いに吹き出した。
らちがあかないため、元々は俺の買い物なんだから俺が持つ、なんて改めて言うと彼女は、しぶしぶ納得してくれた。
片手に荷物、もう片方の手で有希の手を繋ぎ、繁華街を更に歩いていく。
いつもより人の少ない繁華街を歩いていると、ふと、ビルにある巨大なモニターが目に入ってしまい立ち止まる。
いつもは滅多に見ることのない、昼前のワイドショーが映し出されていた。
去年の夏、そこに映し出されていた甲子園の決勝戦。芳樹の活躍を見て、嫉妬していたのを思い出す。
表向きは応援している、と上辺だけの言葉を彼に送っていた。
だが、今はそんな感情が一切ない。
裏表なく本心から彼の活躍を応援できるようになっている自分がいる。
この感情も、有希のおかげなんだよな。
「どうかしました?」
急に立ち止まるもんだから、有希が小首を傾げて尋ねてくる。
「んにゃ」
答えて、改めて有希に面と向かって言い放つ。
「ありがとう」
しつこいかもしれないが、ありがとうは何回言っても良いだろう。それくらい良い言葉だと思っている。
「な、なんです? 急に……」
「有希という存在全てにありがとうって感じかな」
「え、ええっと、その……。ど、ども……」
反応に困りながら、ピースサインをしてくれる有希へ、こちらもピースサインを返しながら歩みを再開する。
『メイド喫茶──でーす!』
巨大モニターから放たれるワイドショーの声が聞こえなくなると、アニメ声優みたいな可愛い声が聞こえてくる。
可愛い声の方へ視線を向けると、寒空の下、メイドさんがビラ配りをしているみたいだった。
有希のメイド喫茶と制服が違うみたいなので、別の店のメイド喫茶なのだろう。
「あ、晃くん! 晃くん!」
メイドを見ると、ウチのメイドのテンションが上がった。
「あの制服、新しくオープンする店ですよ。店長が言っていました」
「へぇ。そうなんだ」
「ちょっとビラをもらって来ます」
ピューと風の様に走り出し、有希はメイドからビラを貰いながら、1言、2言喋ると、戻ってくる。
「晃くん! 丁度お昼時ですし、この店に行きませんか!?」
有希が迫力を増して迫って誘ってくる。
「有希が行きたいなら──」
良いよ。
そう言いかけて言葉を止めた。
これ、断ったらどうなるんだろ。
ちょっとした好奇心が芽生え、ちょっとだけ意地悪をしてみる。
「ここら辺に美味しいイタリアンがあるんだけど、行かない?」
「ええー。そんなこと言わずにー。丁度お昼時ですし、この店に行きませんか!?」
「ここらに美味しいパスタの店があるんだけど、行かない?」
「ええー。そんなこと言わずにー。丁度お昼時ですし、この店に行きませんか!?」
「ここら辺に美味しいピザの店があるんだけど、行かない?」
「ええー。そんなこと言わずにー。丁度お昼時ですし、この店に行きませんか!?」
「無限ループ!?」
この子、どんだけチート能力を持っているんだよ。
話をゴリ押しするチート。
物をハイブランドにするチート。
そして無限ループ。
恐ろしい子だぜ
「奇遇だね。俺も行きたかったと思ってたんだよ」
そもそも有希が行きたいのなら行く気だったので、ノリノリで答える。
「良かった♪ では早速行きましょう」
有希は答えがわかっていたかのような返答をし、互いにメイド喫茶目掛けて歩き出す。
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