恋人同士の日々

第109話 早寝早起きになったので夢に向かってちょっとずつ歩んでいく

 修学旅行の翌日は振替休日となっている。


 旅の疲れをしっかり取って、また元気に学校に来てくださいとの学校側の配慮だろう。


 長期休暇以外での平日休みというのは学生に取ってかなりレアな体験。


 この貴重な平日休みを有意義に過ごしたい。


 そう思うと自然と早起きになってしまった。


 午前5時。


 いつもより1時間も早い起床。


 昨日は修学旅行終わりで、20時には床についてしまったからな。


 そっからぐっすりと眠れたので、物凄く目覚めが良い。


 早寝早起きが習慣になりつつある。


 これも、いつも有希が起こしてくれていた賜物。彼女には本当に頭が上がらないな。


 脳が覚醒を果たし、目覚めたのならいつまでもベッドで横になっているのも勿体無い。


 布団を蹴り上げて、ベッドから起き上がる。


 無意識に頭をかきながら、洗面台で歯を磨き、口をゆすぐ。


 そのままキッチンの水を出し、100均で買った安いプラスチックのコップいっぱいに水を注いだ。


 朝の一杯を景気良く、ゴクっと飲み干して、「くぃぃ」と声を上げた。


 寝起きに染み渡る水がめちゃくちゃうまい。日本の水は最高だね。


 水分補給をし、これからどうしようかと悩む。


 こんな時間から空いているのは、24時間営業のお店だけだ。高校生の俺の頭にはコンビニしか頭に入ってこない。でも、今はコンビニに用事はない。朝飯は有希が作ってくれるだろうし。


 流石に有希はまだ寝ているだろう。こちらから起こして朝ごはんをねだるなんて傲慢が過ぎる。


 スマホをいじって過ごすのは、なんだか勿体無い。


 悩んでいると、床の端っこに置いてあるエナメルバッグが目に入った。


 それは俺がずっと使っている野球道具が入ったエナメルバッグ。


 去年の夏の過ぎた日、有希に捨てて欲しいと頼んだ野球道具だ。


 野球部の助っ人に行ったあの日の帰りに有希が、「あなたの大事な道具。やはり捨てなくて正解でした。お返ししますね」と言ってくれた物。


 結果的に手元に戻って来た。そして、俺が再度夢を描くことができた。全部有希のおかげだ。


 再度夢を描いたのなら、それに向かって練習しないとな。


 もちろん、焦って練習するつもりはない。焦って練習した結果怪我をして痛い目を見ているんだ。もう、あんな悲劇を繰り返すことはしない。

「……とりあえず走りに行くか」


 まだ暗い外の景色を見て、寒そうだけど、外に走りに行くことを決心する。


 寝巻きを脱ぎ捨てて、クローゼットにあるアップ用のジャージを……。


「実家だわ」


 練習着は全部実家に置いてきてしまったのを忘れていた。もう、野球をするなんて思わなかったもんな。


「仕方ない……」


 寝巻き用のジャージで行くのも気が引けるので、俺は仕方なく学校指定のジャージで走りに行くことにした。


 学校指定のジャージは恥ずかしいけど、この時間帯なら人も少ないだろ。




 ♢




 国道沿いを走る。


 車のヘッドライトや街灯のおかげで暗い5時過ぎの道も明るい。


 家から北西に走って行くと緑地公園がある。


 運動場、温水プール、球技場等がある大きな公園だ。


 こちらに引っ越して来て、存在は知っていたが、初めてやって来る。


 めちゃくちゃ広い公園だ。


 幼児が遊ぶ用の遊具のあるエリアを走っていると、俺と同じくランニングをしている人や、散歩をしている人とすれ違う。


「おはようございます」


 なんて、気さくに挨拶してくれるので、


「はっ、はっ、おはよう、はっ、ございます」


 と、息を切らせながらもなんとか挨拶を返す。


 家を出る前までは、この格好がちょっと恥ずかしいとか思っていたけど、今はそんな余裕がない。


 ダメだな。中学の頃ならこれくらいで息が上がっていたら練習すらさせてくれなかったってのに、すっかりなまってやがる。


 2年もブランクがあるけれど、それは、俺が逃げ出しただけの言い訳だ。そんな言い訳を誰が受け止めてくれる。そんなものは誰も聞いちゃくれないし、興味も持たれない。


 誰のための夢だ。自分のためだろ。言い訳をする暇があるのなら、現状を受け止めて、怪我をしない体造りをしろ。体を造らないと話にすらならない。まずは体力を戻すことからだ。投げる、打つは体を造ってからじゃないとだめだ。そのために走れ、走れ、走れ──。


 自分に鞭を打つように、でも限界が来たらやめるリミットは持ち合わせてランニングを続ける。


「はっ、はっ、はっ……はぁ……」


 息を上がらせ、限界が来てしまったのでスピードを緩め、次第にウォーキングへとシフトチェンジする。


「はぁ……。はぁ……。……?」


 息を切らせ歩いていると、視線の先に野球場が目に入った。


 まだ真っ暗な冬の早朝の野球場には誰の姿もなく、寂しくも冷たい風が吹いていた。


 その風に押されるように、俺の足は野球場へ向いて行った。


 フラフラっと野球場のマウンドに立ち、バックネットを正面に立つ。


 マウンドに埋まっているピッチャープレートを足で軽くならす。


「ここまでパーフェクトピッチングの守神くん。後1人で完全試合で甲子園です。大きく振りかぶって、投げたっ!!」


 ビシュっとシャドーピッチングをした。


「ストライクバッターアウトっ!! やりました守神くん!! 完全試合で甲子園への切符を勝ち取りましたっ!!」


 早朝5時過ぎの俺の妄想が悲しくも繰り広げられる。


 現実に戻った時、冷静になると、少し悲しくなる。


「……甲子園、3人で行きたかった、な……」


 ポロリと出た言葉は本音の言葉。後悔の言葉。それをまだ黄金に光っている月へと呟いた。返事はなく、代わりに変わらぬ光を放ち続ける。


「でも、甲子園だけが野球じゃ、ない、もんな」


 強がりの言い訳で本音の後悔の言葉を塗り替えて誤魔化す。


 でも、今はそんな言い訳にすがらないと泣いてしまいそうだから、それで良いと思った。


 更に誤魔化すように、俺は、ヘトヘトになるまでランニングをしてから家に戻った。

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