第108話 この思い出は生涯忘れることのない軌跡となる

「こおおおお、うおおおお!」


 まだ飛び立つ前の飛行機の中。もうすぐ離陸の時が迫っている時間帯。隣の席からむさ苦しい声が聞こえてくる。


「修学旅行おおお。お前が隣にいなかったぜえええっと!!」

「やかましっ。帰りまでテンションの高い奴だな」


 なんて言うが、正吾よりもうるさい奴は大量にいる。


 修学旅行も終わりなのに、高校生のテンションは計り知れないな。飛行機が我が校の貸切で良かった。他の乗客がいたのなら、苦情じゃ済まなさそうだ。


「だって、だってよおお! 晃と一緒に回りたかったんだよおお。最後の修学旅行だしよおお!」

「……そう、だな」


 そう言われて、ちょっとしんみりしてしまう。


 今までずっと俺を支えてくれていた親友との最後の修学旅行。


 ほとんど一緒にいられなかったな。


「わり、正吾。今度、埋め合わせに旅行でも行こうや。芳樹も誘って、幼馴染でさ」

「行くぜえええ! そんなの行くに決まってるううう!! 流石は晃だぜええ」


 ガバッと泣きながら俺に抱きついてくる。


 それを見ていたクラスメイトの女子達から歓声が沸き上がる。


 呼吸を荒くして、写メを撮る女子もいる。なんか俺達をスケッチしてる女子もいるぞ。


「ひ、飛行機プレイ。近衛×守神。ぶふっ!!」

「ゆっこおおお!?」


 おい、ゆっこ。鼻血出して倒れたぞ!?


「つか、己は離れやがれ!!」

「離れないもんっ!! 修学旅行分こうやってるんでぃ!!」

「ええい! 気色悪い!! はなれっ──力強すぎるだろっ!! このゴリラ!!」

「うほっ」

「イケメンゴリラめっ!!」


 なんとか正吾を剥がそうとしていると、「近衛くん」と甘い声が聞こえてくる。


 その声に俺達が振り返ると、銀髪美少女が凛とした顔付きで立っていた。


 なんか、有希の凛とした顔を見るのは久しぶりな気がするな。最近は甘い顔しか見てなかったもんな。


 凛と強く立つ姿も惚れ惚れするなぁ。


「いくら貸切とはいえ、はしゃぎ過ぎですよ」

「だってよぉ。うう……」

「イケメンゴリラ! すりすりするなぁ!!」


 きゃあああ!!


 更にギャラリーが沸いた。


「仕方ありませんね」


 小さくため息を吐くと腰に手を当てて、正吾へ注意するように言い放つ。


「近衛くんは騒がしい罰として、私と席を変わってもらいます」

「なっ!?」


 声を上げたのは白川琥珀だった。


 彼女は席を立ち、その場で叫んだ。


「ゆきりん!? わたし、ゴリラの面倒なんて見れないよ!?」


 その嘆きに有希は振り返り、ウィンク1つすると、「うっ!」と、白川は銃で撃たれたみたいに胸元を押さえて、ズルズルと座り直す。


「仰せのままに……」


 アイドル級の女子をウィンク1つで黙らせるゆきりんつえぇ……。


「さ、そこをどいてくださいゴリラ」

「う、うほっ!! やだうほっ!!」


 この2人って、ノリ良いよなぁ。


「いけえええ、妖精女王ティターニア!! ゴリラを潰せええ!!」

「だめ!! ゆっこの犠牲を無駄にしないで、ゴリラあああ!!」


 このクラスって、ほんっとノリ良いよな。


「素直に退いてくれるのなら、今度バナナをあげますよ。ゴリラ」

「仰せのままに」


 おい、ゴリラ。案外簡単に退くんだな。ゆっこの犠牲はバナナに負けたぞ。


「ナイスゲーム!!」


 女子達から謎の拍手が送られて、正吾はまじにその場を去って白川の隣に向かって行った。


「マジに来るんだね」

「俺は空気読める系ゴリラらしい」

「ノリって大事だもんね」


 白川は諦めてゴリラの面倒を見ることにしたらしい。


「はぁい! みんなぁ!! そろそろ離陸するからちゃんと席に着いてえ! CAさんの言うこと聞くのよお!」


 パンパンと手を叩きながら担任の猫芝先生が場を仕切る。


 先生の声に皆、素直に従い、席に着いた。


 有希はそのまま俺の隣に座ると、笑いながら言ってくる。


「ゴリラの温もりがあります」

「間接ケツってか」

「うう……。それなら晃くんとしたかったですね」

「ノーコメントで」


 したいって言ったら、変態じゃないか。


 しかし、この修学旅行は最後まで色々な事が……。本当に色々なことがあった。


 そんな修学旅行が終わろうとしている。


 教頭先生が空港を間違えて、有希と2人で違う飛行機に乗って北海道を目指した。


 到着して、タクシーでゲレンデを目指していると、大渋滞に巻き込まれて、急遽予定を変更し、観光となった。


 ホテルに到着して、一息吐いたところで、全国ネットで有希の気持ちを知る。


 深夜、ホテルのロビーで有希とお互いの気持ちを打ち明けて、無事に恋仲へと関係が進展。


 お祝いしてくれる奴もいれば、嫉妬を見せる輩もいたりしたけれど、それでも彼女との関係が進めたことは心の底から嬉しかった。


 2日目の夜、俺はまだ有希の事が好きなスタートライン、俺達は恋人としてのスタートラインに立ったばかりだと思えた。


 俺は、まだまだ有希の全てを知っている訳ではない。彼女のことをもっと知って、更に彼女のことを好きになりたい。


「なに考えてるか当てて差し上げましょうか?」


 ボーッと修学旅行を振り返っていると、隣に座る有希が顔を覗かせるように言ってくる。


「もっと、私のことを知りたいって思ってるでしょ?」

「うそ……。口に出てた?」


 こちらの動揺を無視して、有希は涼しい顔をしながら首を横に振った。


「私とあなたは似ているのです。だったら私の考えていることを言えば大概は当たりますよ」

「それって……」


 聞こうとする前に有希が俺の手を握ってくれる。


 相変わらず冷たい手なのだけど、ほんのちょっぴりだけ温度は上がっているのがわかる。


「私も晃くんのこと、もっと知りたい。だから、これからもよろしくお願いしますね。ご主人様」


 ギュッと強く握られた手を合図と言わんばかりに飛行機は俺達の軌跡を作った聖地を飛び出した。


 頭ではなく、心で刻んだ甘い記はこれから先、何年経っても忘れることはないだろう。

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