第107話 まだ好きのスタートラインに立ったばかり

 最後の修学旅行の夜に、改めわかったことがある。


 俺は有希のことが好きだ。


 想いを伝え合い、恋人になれた。


 それは一区切りついたと思っていたけど、そんなことは決してない。


 まだ、好きのスタートラインにようやく立ったという感覚。


 アマチュアからプロになれた。それと同じようなものだ。


 昨日のキスで、俺はまだまだ有希のことが好きになる伸びしろがあることを思い知らされる。


「晃くん。着きましたね」


 まだまだ好きになるだろう恋人の声に振り返ると、制服姿の有希の姿が見える。


 制服姿も、メイド服姿も、私服も、裸も、どんな姿も美しいチートな彼女と共にやって来たのは北海道でド定番のお土産のテーマパーク。


 別行動は良いが、あまり遠くには行くなと言われてしまったので、近いところでここをチョイス。工場見学やお菓子作りが体験できるなど、ワクワクのコンテンツが盛りだくさんらしい。


「なんだか城みたいだな」


 チョコレート工場と書いてあるが工場っぽさは全くなく、城みたいな造りの場所だ。


「チケット買いに行きましょう」

「うん」


 俺達は早速と中に入って行く。


 チケットセンターと書かれた玄関口の自動ドアを潜り、チケット販売のカウンターへと足を運ぶ。


 平日なので空いており、すぐにチケットを買うことができる。


 大人800円の計1600円を支払い、順路通りに階段を上がって行くと、


「わぁ」


 有希が幼い少女のような声で階段を上がった先の光景を眺めていた。


 そこはまるで中世ヨーロッパの城の中みたいだった。


「晃くん、晃くん。これ、実際に中世ヨーロッパ時代に使われていたチョコレートカップみたいですよ」


 端っこのショーケースに飾られている物を見ながら教えてくれるので、俺もそちらに視線を配る。


「有希ってこういうの似合いそう」


 おしゃれな中庭で午後の一時を過ごすお嬢様みたいなのが超似合う。


 あ、いや、有希ってリアルガチお嬢様だったな。


「そうです? それじゃ帰ったらお揃いの物を一緒に買いに行きましょう」

「俺は似合わないんじゃない?」

「確かに」

「おいこら。そこは否定しろや」

「あはは」


 楽しそうに笑いながら言われてしまう。


「こういうのは、似合う、似合わないじゃなくて、好きな人と一緒っていうのが大事なんですよ」


 サラッとそういうことを言って楽しそうに歩みを再開する。


 有希は、昨日あれほど激しいキスの翌日だというのにあまり意識していない様子だ。


 正直、こちとらドギマギしている。有希といるだけでドキドキが止まらないってのに。


「見てください。ステンドグラス。めちゃくちゃ素敵ですよ」


 昨日の事を、何事もなかったかのように、いつも通りの様子の有希を見て、俺の方がベタ惚れなんだなぁと実感できる。


 実際、ベタ惚れなんだけどね。







 その後も、チョコレートの歴史を学んだり、工場ラインの見学をしたり、おしゃれな中世ヨーロッパ風のテーマパークを楽しんだ。


「おお。このソフトクリーム美味しそう」


 カフェエリアの前を通ると、メニュー表が張り出されていたので見てみる。そこには、ジャンボソフトクリームなるものがあった。


「大きいですね。食べます?」

「せっかくだし食べよう。有希はどれにする?」

「うーん……」


 悩む声を出した後に有希が提案してくれる。


「半分こしません?」

「俺達お得意の折半」

「ですです。仲良く折半しましょ」


 折半が俺達の代名詞みたいになっているな。


 笑いながら彼女の提案を受け、ジャンボソフトクリームを1つ購入して席へ着いた。


 平日なので他の客はほとんどいない。


「でかくない?」

「ね。本当に大きいですよね」


 有希と隣同士で座り、改めてジャンボソフトクリームの大きさに驚かされる。


 コーンではなくカップに入ったジャンボソフトクリームは、絶対コーンに入れたら落ちるだろう。それくらいの大きさ。


「じゃじゃん。問題です」


 お手製のサウンドエフェクトを言い放ち有希が唐突に問題を繰り出して来る。


「通常のソフトクリームより何巻多いでしょう、か」

「んんぁ。2」


 ピースサインで答える。


「知りません」

「知らんのかい」


 ツッコミを入れると、なぜか有希がピースサインで返してくる。


「大事なのは何巻ではないのですよ」

「おい、出題者」

「正解した晃くんには、愛しのメイドのあーんが贈呈されます♪」

「正解なの?」

「はい。あーん♡」


 スプーンですくったソフトクリームが口元にやってくるので、素直に口を開ける。


 口の中にやって来たソフトクリームは超濃厚で、地元では食べれることはないだろう味である。


「んん。めちゃくちゃ美味しい♪」

「メイドのあーんが効いたのでしょうね」


 うん。元々美味しいソフトクリームに有希のあーんが加わって最高の味になったのは否めない。


「んじゃ、次はご主人様があーんをしてやろう」

「ん……」


 有希はスプーンを渡さずに目をつむって、キス顔を俺に見してくる。


「有希、さん?」

「口移し、してくれるんでしょ?」

「口移し!? 流石にそれは……」


 俺が有希からされるなら喜んでするかもしれないが、俺からこの綺麗な顔にするのは罪悪感がえぐい。


「あ……。えとえと……」


 有希は急に慌てだすと、俯いて顔を赤くした。


「す、すみません。流石に今のは引きました、よね……」


 声が小さくなり、ちょっと、シュンとなっている。


「恋人が出来たのが初めてで、それが大好きな晃くんで……。なにをどうすれば良いかなんてわからずでして……。昨日のお風呂も、ちょっとやり過ぎて、晃くんが引いてないか心配で……」


 しおらしくなる有希を見て、ついつい吹き出してしまった。


「わ、笑わないでくださいよ!」


 ポコポコと可愛らしく俺を叩いてくる。


「ごめん。違う、嬉しくってな」

「嬉しい?」

「有希ってどこか余裕そうに見えるからさ。今日も俺だけドキドキしてて、ちょっとかっこ悪いかもって思ってたから。なんだか焦ってる姿見て嬉しくってさ」

「私だって、ずっとドキドキしてて、焦ってるのバレてるだろうなぁとか思うと更に焦っちゃって……」


 お互い顔を見合わすと、クスリと笑い合う。


「俺達って案外似てるんだな」

「そうですね。ふふ。晃くんと似てるなんて嬉しいです」

「似た者カップルだな」

「えへへぇ」


 その笑顔を見て、こっちもニヤニヤしてしまう。


 こんな感じでイチャついていたら、もう飛行機の時間になっちまった。

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