第101話 早朝のエレベーターで浮かれる2人

 有希と想いを伝えあい、部屋に戻っても当然眠れるわけもなく、勝手に修学旅行1人オールを開催した。


 にも関わらず、眠気は全くない。気分がハイになってしまっているからだろう。


 ずっとドキドキしてるんだけど、今はこの心臓の鼓動さえも愛おしいほどに気分上々。


 そんな最高にハイってやつになっちまった状態でスマホを見ると、時刻は早朝6時前に差し掛かりそうだ。


 そういえば6~9時の間に朝食を済ませて欲しいとの説明を受けたことを思い出し、ガーガーいびきをかいて気持ち良さそうに眠っている連中を起こさないように部屋を出た。


 この時間に朝食会場に行けば、もしかしたら有希に会えるかも知れない。会いたいな。


 欲望を募らせて部屋を出ると、冬の早朝6時前なので、廊下から見える窓の外の景色は真っ暗だ。


 人の気配は全くない。


 廊下のLEDが廊下全体を照らしてくれている様子は、時間的には朝だけど、夜と変わりない。真っ直ぐと伸びる廊下を歩くと、ふわふわしているのはそういう材質なのか、俺の気分なのか、今の自分では理解が追いつかない。


 エレベーター前に着いて、左右にあるエレベーターは8階と1階に止まっている状況で、左の8階の方が降りてくる。


 左側のエレベーターで待っていると、エレベーターが開いたので、惚けた頭で乗り込もうとしたところで


「あ、晃くん」


 唐突に聞こえた、脳を狂わせる可愛い声に顔を上げるとそこには数時間前に恋人となった愛おしい人の姿があった。


「有希」

「おはようございます」

「おはよう」


 彼女の姿を見て、心臓が飛び跳ねそうだったけど、意外と滑舌は良く、いつも通りの挨拶ができた。


 隣に立つと、ボタン側に立っていた有希は、閉めるボタンを押してくれて、扉が閉まる。


 ガクンと、エレベーターが下がっていく感覚と共に、鳴り続ける心臓の音。


 嬉しい。


 恋人になって初めての朝。密室で2人っきりになれた。


 何か喋りたい。


 でも、緊張してしまい、なにを喋れば良いのかわからない。


 ドギマギしていると、「ふふ」と有希が可愛らしく笑い、90度回転でこっちを向いた。


「凄い寝癖ですね」


 ポンポンと頭を触られて、有希の細く綺麗な指が俺の髪をとく。


 いくらやっても直らない寝癖を、楽しそうにずっと手ぐしでといてくれるのは、直すというよりも、頭を撫でたかったように思える。


 彼女のいつも通りなリアクションに助けられて、有希の頭へと手を伸ばす。


「有希はいつでも綺麗な髪だよな」


 お返しと言わんばかりに頭を撫でると、楽しそうな顔から、猫がご主人様に撫でられて気持ちが良いと言わんとする、ふにゃりとした顔付きに変わる。


「えへへ。晃くんに早く会いたくて、晃くんなら朝1番時間から朝食を取ると思いまして、しっかり直しておきました」


 俺に会いたいとか息を吐くように嬉しいことを言われてしまい、朝から幸せな気分が爆発しそうになる。


「俺も有希に会いたくて、朝1番に行けば会えると思ってた。エレベーターで会えるなんて、今日は1日幸せな日だな」

「えへぇ」


 これが恋人の特権か。あの生徒会長が、だらしなく、ふにゃふにゃになっている。


 可愛いが過ぎる。


「たまにはボサボサの有希も見てみたい気もする」

「ええ……」


 有希はなんとも言えない声を出しながら、少し説教くさく言ってくる。


「好きな人の前でだらしない姿を見せるのは乙女的にNGなんですけど……」

「だからこそ見たいというか」

「そ、そんなに見たいです?」


 コクコクと頷いて見せると、彼女は、うーんとか、あーんとか唸って相当悩んでいる。


「ごめん。そんなになるとは思ってなかったから。嫌ならわざわざそんなところ見せなくて良いよ」

「でもでも。晃くんは見たいのですよね?」

「そりゃ、気になるな」


「晃くんの願いはなんでも叶えたいのですが、しかし、乙女のプライド的なものも相まって、非常に難しい問題です」


 何気ない会話で有希を困らせてしまっているのを反省しつつ、話題を変えるように彼女へ言ってのける。


「あれだな。俺も有希くらい先読みをして、ちゃんと身なりをしてくれば良かった」


 髪の毛を自分で触って、こちらの話題に乗るように誘導する。


「それはダメです」


 即答してくると、有希は続けて熱弁してくる。


「だらしなくない晃くんなんて晃くんじゃありません。料理も洗濯も掃除も。なにもできないからこそ晃くんなのです」

「改めて声に出されると、俺ってダメ人間だな」

「そうですね」

「否定してくれよ」


 自虐を即肯定されると悲しくなる。


「晃くんは特化型ですからね」

「特化型?」

「はい」


 歯切り良く返事をすると言葉の意味を教えてくれる。


「野球チートと……」


 チラチラと恥ずかしそうにしながら言ってくる。


「有希チートです」


 チン。とどこからサウンドエフェクトが聞こえた気がした。


「有希、チート?」

「はい。私が晃くんの事しか考えられなくするのに特化しています」

「お、ふ……」


 よくもまぁ、この子はそんなことが平気で言えるもんだ。


「晃くんがダメ人間でも、有希チートの効果で、完璧メイドがあなたのお世話をするのでなにも問題はありません」

「嬉しいんだけど、なんかちょっと悲しいような」

「考えてもみてください。髪の毛ボサボサじゃない晃くんなんて晃くんじゃありませんよ」

「いや、基本的に髪の毛はちゃんとしてる方だけど?」


 この時間なら人がいないと思って油断してしまったけど、普段は思春期男子爆発で、鏡の前に立つことが多いよ。加えて、有希に良く思われたいから、普段から髪型には気をつけている。


「このボサボサの髪の毛。それを直すのは完璧メイドでもあり、あなたの恋人でもある私なのです!」


 恋人って言われて、顔がにやけそうになったけど、ここはグッと我慢してからツッコミを入れておく。


「部屋が違うから無理だろ」

「くっ……。修学旅行めぇ……」


 心底悔しそうな顔をしているのはネタなのかマジなのか。


「では、家に帰ったら寝癖を直してさしあげましょう。恋人モードとメイドモード。2つのタイプから選べますよ」

「恋人モードだったら?」


 気になる2つのモードの説明を要求しておく。


「『もう。晃ったら。私がいないと本当にダメなんだから。ほら、よしよし』」


 実演販売よろしく。頭を撫でながらやってくれるなんとも贅沢なお試しだ。


「メイドモードは?」

「『ご主人様は本当に私がいないとダメなお方ですね。よしよし』」

「セリフが違うだけじゃ?」

「不満です?」

「最高です」


「──2人共……」


 唐突に猫芝先生の声が聞こえてきて、振り返って見ると、いつの間にかエレベーターの扉が開いており、目の前に猫芝先生が立っており、呆れた顔をしていた。


「せ、先生!?」

「いつから!?」

「有希チートから」


 ってことは、恋人モードとメイドモードを見られていたってことか。


 恥ずかしいはずなのに、猫芝先生に見られたくらいじゃなんとも思わないのは不思議。


「普通に付き合ってるよね?」

「「はい」」

「付き合ってんかいっ!」

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