第100話 愛を語ってくれるメイドと愛を行動で示すご主人様

 就寝時間をとっくに過ぎた真夜中の時間帯。


 同部屋の男子達のイビキが響き渡る。


 甲高いイビキ。不規則なイビキ。スヤスヤと眠る音。誰だよ、指チュパチュパした奴……。


 処刑執行人達は、俺への処刑で疲れたのか、ぐっすりと眠っている。


 すっかり暗闇に慣れた目で、見慣れない天井とにらめっこを続けているが、決着は未だにつかない。つまりは、まぁ、眠れないわけで……。


 別にイビキで眠れないわけではない。


 リトルとか、シニアとかの合宿の際、大部屋で寝ることが多々あった俺としては、イビキなんて大したことない。


 処刑執行された傷が疼くわけでもない。というか、ただの処刑という名の枕投げだったから、普通に楽しかった。小学生の時のドッジボールを思い出したよね。なんで小学生の時の休み時間ってドッジやりまくるのに、中学生になったら、ピタッとやらなくなったのか……。不思議だ……。


 そんなどうでも良いことを考えてみても、頭の片隅には


『初恋の大好きな方を待っています』

「寝れるかっ」


 声に出して言わせてもらう。


 動悸、息切れ、不眠。加速し続ける心臓の鼓動は、フルスロットルで血流が駆け巡り、何もしてないのに汗が出やがる。冬にかく量じゃない。


 やけに喉が渇く。ロビーに自販機があったから買いに行くか。


 スマホを見ると、時刻は2時22分というゾロ目が出てくれた。


 この時間なら見張りの先生も、とっくに酒盛りをしてぐっすりしている時間だろう。それに、もし見張りの先生がいたとしても、ジュースを買うだけなのだからお咎めなんかないだろう。


 布団を蹴飛ばして、起き上がり、俺はイビキまみれのむさ苦しい部屋を出た。




 ♢




 ホテルのロビーは広く、いくつものソファーが置いてある。ただ、時間も時間なのだろう、誰もロビーにはおらず、受付にも人はいなかった。スタッフルームにはいるはずだろうから、呼び鈴を鳴らせば来てくれるだろうが、用もないのに呼ぶ悪戯心はない。


 缶ジュースを買って、大きな窓に近づいて外の景色を見る。流石は雪国なだけあり、暗闇の中、容赦なく雪が降り注いでいる。ロビー内は暖房がガンガン効いているのに、窓の近くに立つと寒い。外の世界は氷点下なのだろう。雪に慣れていない俺が外に出たら凍死してしまうかもしれない。そう思わせる外の景色であった。


 そこからちょっと離れたソファーに座って、外の景色でも見ようとソファーに腰掛けると、外の景色は全く見えず、鏡みたいにホテル内部がスクリーンみたいに写っていた。


 そこにはもちろん、ソファーに座っている自分の姿も写し出されているわけで……。


「なんて、顔だ……」


 自分の顔を触り、だらしない自分の顔を殴りそうになる。


 腑抜け。その言葉がピッタリな顔をしていた。


「どんな顔です?」

「……!?」


 唐突に聞こえてきた声。聞き慣れた甘く可愛い声に動揺して、缶ジュースを手放してしまう。


 俺の膝の上を転がっていく缶ジュースに咄嗟に反応できずにいる。


「っと」


 声の主が見事なキャッチをしてくれて、自慢気に言ってくる。


「ファインプレー。ですね」


 そう言って彼女は缶ジュースを渡してくれる。


「あ、と……。あ、ざす」


 顔を見れないでいる俺は、視線を逸らしたまま缶ジュースを受け取ってしまう。


「……?」


 今、この声の主を見てしまうと、もう感情が爆発してどうにかなりそうだ。今の状態ですら、もうわけがわからない状態なんだ。その綺麗過ぎる顔を見たら、どうなるか全くわからない。


「むぅ。なんで顔を逸らすのです?」


 隣に腰を下ろしてくるのがソファー越しにわかる。


 瞬間、俺の両頬に優しく触れてそのまま強制的に銀髪美少女の顔へと向けられてしまう。


「……」


 大平有希……。


 特徴的な銀髪ロングの髪は、銀世界と言われるほどの美しさ。整った顔立ちは凛としているが、その奥に愛らしさを兼ね備えた、とんでもなく綺麗な顔立ち。


 見慣れた顔。でも、今までも、これからもずっと美しいと思ってしまう彼女の姿に見惚れてしまう。


「ふふ。そういう顔ですか」


 俺の顔を見ると、有希は手を離して無邪気な笑顔で笑った。


「晃くんが自分の顔を見てボヤいていたのも納得です。ものすごく顔が赤いですよ」


 一体誰のせいだと思っているのやら。


 そんな文句も言えないくらいに、ドキドキしてしまっている。


「う、うるへぇ……」


 精一杯の返しも、喉が渇いているので、語尾が弱くなってしまうし、若干噛んでしまう。


 今すぐに水分補給をしようと、缶ジュースのプルタブを開けようとする。


 カンッ。カンッと手が震えて上手いこと開けることができないでいる。


「開けて差し上げましょうか」


 言いながら彼女は優しく俺から缶ジュースを受け取ると、プシュッと1発で開けてくれた。


「はい。どうぞ」

「ど、どもです」


 渇いていた喉を潤すために、一気に缶ジュースを飲むと、「おー」と有希が感心した声を漏らした。


「良い飲みっぷりですね」

「ぷはぁ……。まぁ、喉がカラカラだったもんで」


 水分補給をして、ほんのちょっぴりだけいつも通りに戻った。


 いつも通りに戻るのに、缶ジュース1本丸々使ってしまったけど。どんだけ喉渇いてたんだよって話だ。


「こんな夜中にどうしたんだよ」

「それはこちらのセリフでもありますけど?」

「言えてるな」


 俺がする立場の質問でもないが、有希は小さく笑うと答えてくれる。


「晃くんと同じだと思いますよ」

「眠れなかった?」

「はい。眠れず、喉が渇いたのでジュースでも買いに来たら、たまたま晃くんがいましたので」


 有希はチラリと俺を見てくる。


「晃くんが眠れなかった理由。当てて差し上げましょうか?」

「え……」


 こちらの動揺の声を無視して有希が言ってくる。


「テレビ。見たからでしょ」

「!?」


 手に持っていた空き缶を落としてしまう。


 有希も見ていたのか。いや、知っていても当然。そりゃ当人なんだから。


 頭の中がごちゃごちゃになるけど、考えても仕方ないことに気がつき、もっとシンプルに考えるべきだと脳が答えを導き出す。


 有希とどうなりたいか。あのテレビを見て……。いや、それよりもずっと、ずっと前から答えは決まっていたじゃないか。


 関係を進めたい。


 クラスメイトとか、隣人とか、専属メイドじゃなくて


 恋人として彼女の隣に立ちたい。


 なら、やることは決まっている。


 告白する。


 それしかない。


 有希の気持ちを知ってたから後出しで告白なんて……。


 いや、違う。


 彼女の気持ちを知ったからこそ、彼女よりも俺の方が好きだという思いを言葉に乗せて伝えなければならない。


 落ちた空き缶を拾い上げて、ソファーの端っこに置いてから、彼女の顔を改めて見る。


「有希……」


 なんでこの子はこんなにも綺麗な顔をしているんだ。


 今から、世界一と言っても過言ではない美少女へ告白する。


 最初の言葉はストレートでいく。そこから俺の方が好きだと伝える。


「俺は有希が好──」

「しっ!」


 咄嗟に彼女は指で俺の唇を押さえた。


「テレビ見たんでしょ? だったら私から言わせてください」


 指を離して、座り直して俺をジッと見つめてくる。


 数秒間、見つめ合うと有希の可愛い口が動き出す。


「私はあなたが大好きです」


 放たれる端的で強烈な愛の言葉。心臓は限界を超えるかのようにリミットをオーバーしているけども、不思議と先ほどよりも気持ちが良い。


「私は人と深く関わることなんてないと思っていました。妖精女王ティターニアなんて比喩されて仮面を被っており、なんでもできる……。いえ……、なんでもやってくれる都合の良い生徒会長で終わる」


 有希は顔を伏せて小さく語ってくれる。


「私はそれで良いと思っていました。高校生になり、親元を離れることができたし、憧れの人がやっていた様な仕事も見つけることができた。意外と満足していたと思っていたのですよ」


 顔を上げて潤んだ瞳で見つめてくれる。


「あなたと出会うまでは」


 彼女の潤んだ瞳に自分の姿が見える。それほどまでに綺麗な有希の瞳に吸い込まれそうになりながら彼女の言葉の続きを聞く。


「あなたと出会い、少しずつ私の感情はおかしくなってしまいました。満足しているのはただの強がりで、それがあなただけにバレてしまい、自分ですら知らない私を見つけることができる。そんな私をあなたに曝け出してしまう」


 有希は俺の手に自分の手を重ねてくれる。


「こんな弱い私に寄り添ってくれる。私の冷えた手を温めてくれる」


 反射的に俺は彼女の手を温めるように握った。


「あなたも私に弱みを見してくれて。大きな目標を作り、夢を語ってくれる。そんなあなたを支えてあげないといけない気にさせる。お互いに支え合える大きな存在になっていく」


 息を1つ大きく吐いた彼女は微笑んでくれる。


「そんなの、大好きになるに決まってるじゃないですか」


 改めての好きという、大好きという言葉に心臓の加速の代わりに涙が出そうになる。


「いつの間にか、毎日あなたのことしか考えられなくなってしまっています」


 晃くん。


 いつも呼んでくれる声は、いつもより少し震えて聞こえた。


「私をあなたの恋人にしてください」


 返事なんて決まっている。即答で、はい。しかないんだ。それ以外に考えられない。


 でも、有希の強い愛の思いが俺の胸を貫いて、瞳から涙が出て来てしまい、上手く口が動かない。


 なんとか体を動かして、弱々しく彼女を抱きしめる。


「俺、も、有希のことが大好き、で……。俺の方が、大好きって、伝えたいけど……。伝えないといけないのに……。有希みたいに、上手く、言えなくて……。こんなにも大好きなのに……」


「良いんですよ」


 こちらから弱々しく抱きしめた抱擁を彼女は強く返してくれる。


「あなたからの短い、『大好き』という言葉と涙は、私の長々と語った告白よりも愛を感じ取れます」


 優しく言ってくれて、いつもみたいに頭を撫でてくる彼女の手が震えていた。


 彼女と少しだけ離れる。

 

 キスできる距離。


 有希の唇は少し震えていた。


 だから、その唇に蓋をするように恋人としての証の口付けを交わした。


 有希は言葉で愛を伝えてくれた。


 俺は口下手で、上手いこと愛を伝えらない。


 だったら、行動で示すしかない。


 俺のキスを有希は受け入れてくれて、時が止まったみたいに永遠と思える程の口付けを交わし続けた。

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