第95話 2人っきりのフライト

 教頭先生のありがたいお言葉をもらった特典は、集合場所とは違う空港へのご招待。


 いや、うん。俺としても目頭が熱くなった話だったんだけど、話に夢中になって空港間違えるとか、天然が過ぎるんよ。


 もう、引き返しても間に合わないということで、そのまま間違えた方の空港から北海道へフライトしてね。


 ってわけで、2人分のチケットを教頭が自腹を切って買ってくれた。


 まぁ、このチケットの便に乗れば、元々北海道に着く時間より、多少誤差がある程度なので、正直俺達に支障はない。


 教頭先生は、修学旅行の引率代表の先生へ

、電話で事の説明をしてくれていた。


 最終的な段取りとしては、北海道の空港に猫芝先生が待機してくれるみたいなので、先生と合流して指示に従う。


 という段取りを取ってくれた。


 最後に深々と頭を下げ、教頭先生は帰って行った。


「初っ端からとんでもない展開になってきたな。最後の修学旅行」


 空港の待合室には、スーツ姿の人、旅行に行くだろう家族、海外の方々が見られた。俺達見たいな制服姿の学生は見当たらず、ちょっと目立っている。


「旅にトラブルは付き物とは言ったものですね。ですが、こういったトラブルも楽しめるのが真のトラベラーと呼べるでしょう」

「あれ? 旅行好きだっけ?」

「将来的に好きになる予定です」

「予定かよ」


 そんな事を言いながら、先ほど自販機で買ったペットボトルのお茶を飲む。


「あ、私も頂いても良いですか?」

「んー」


 そのままお茶のペットボトルを渡すと、有希は遠慮なく、ゴクゴクとスポーツ飲料のCMを思わせる様に飲んだ。


「飲むねぇ」

「ぷはぁ。あ、すみません。喉が渇いていたので、飲みすぎてしまいました」

「んにゃ。全然良いよ。正直、1口だけ欲しいだけだったし」


 言いながら有希より、ペットボトルを受け取り、もう1口飲む。


「ふふ。だったら、小さいのを買えば良いのでは?」

「そうなんだろうけど、たかだが、数十円の差なら大きいのを買うよな。大は小を兼ねるだ」

「気持ちはわかりますが、小さいのも利便性があるのですよ。持ち運びも楽ですし」


 そう言われて、確かに、なんて納得してしまう。


 持ち運びのことを考えていなかった。


「女の子は鞄を持って出かけるから、鞄に入るサイズが便利ってことね」

「はい」


 答えると、有希は少し疑問に思ったことを口にする。


「逆に男の人って鞄を持たない人が多いですよね? こういうペットボトルとかってどうやって運んでいるのです?」

「尻ポケット」

「あー。見たことあります。でも、あれでは歩きにくいのでは?」

「鞄を持つのが億劫なんだよなぁ」

「面倒くさがりですねぇ」

「あはは……」


 有希の言葉に返す言葉もなく、苦笑いを浮かべて一気にお茶を飲み干す。


「そういえば、お気づきですか? 思いっきり間接キスですよ?」


 うっ!


「──っくん……。っぶな……」


 思いっきり吹き出しそうになったが、ここは空港の待合室。こんなところでお茶の霧吹きを披露したら、周りのお客様のご迷惑になる。


 なんとか耐えて、口の中を空っぽにしてから有希を見た。


「なんちゅうことを言ってきやがる」

「事実です」

「なんですけどね!? タイミングよ!」

「バッチリでしょ?」


 ピースサインでアイドル並みのウィンク1つかましてくるので、ついついピースサインで返してしまう。


「最高だよ。ちくしょうめぇ」

「間接キスが?」

「タイミングの話じゃなかったっけ?」

「生徒会長の皮を被った専属メイドと間接キスできるなんて、ご主人様にとっては最高と思って」

「自分で言うとか、めっちゃテンション高いな、おい」

「そりゃアゲアゲですよ」


 言いながら有希は立ち上がり、嬉しそうに言ってくる。


「修学旅行なのに、飛行機であなたと2人っきりなんですから♪」


 そんなこと言われたら、こっちの方がテンション上がるだろ。


「バイパスアゲてかないとな」

「ぷくく。晃くん。バイパスアゲルってなんですか? 飛行機の迂回路を上げるんですか? 飛行機の迂回路上げたら、ラピ○タでもあるんですか?」

「う、うるへー! 夏休みの金曜9時に一緒に見ようぜ」

「バイパスのバ○ス?」

「めっちゃいじるやん! とことんいじるやん!」




 ♢




『ご案内致します。客室乗務員が安全確認を行います──』


 機内アナウンスが聞こえてくる。


 マイク越しなので、ザーザーと少しの雑音混じりのキャビンアテンダントの声を聞きながら、教頭先生が買ってくれた姉弟座席へと着席する。


「なんか、慣れてますね」

「んー?」


 席に座ると、有希が言ってくる。


「なんでしょう。別に飛行機の乗り方とかって言うのはないと思うのですが、晃くんは小慣れているというか……。荷物とか、ヒョイ、ヒョイって棚に入れてましたし」

「リトルの合宿とか、シニアの合宿とか……。あとは、世界大会とかで乗る機会はあったからな」

「そっか」


 妙に納得したような声を出していた。


「野球関連で乗る機会があったのですね」

「まぁなぁ……」


 少し過去を振り返り、思い出すように言ってのける。


「ウチのチームはガチ勢だったからなぁ」

「ガチ勢だったから、今でも晃くんは凄いボールを投げれるのですね」

「ありがと」


 素直に礼を言うと、有希はどこか煽る様な顔つきでこちらを見てくる。


「ビビらないでくださいね」

「なにがだよ?」

「高いところ。苦手なんでしょ?」


 そう言うと、手を差し出して、笑いながら言ってくる。


「手、繋いであげましょうか?」

「いらねーわ」

「強がりー」


 からかうように指で、ツンツンしてくる。


 今日の有希、テンション高過ぎる。



 ♢




『みなさま。まもなく離陸致します。シートベルトをもう一度お確かめください』


 間もなくの離陸に備え、素直にシートベルトを確認していると、ふと視界に入った有希の顔が強張っているのが伺えた。


「もしかして、怖い?」

「は、はは、はぁ? 私がビビる? 晃くんがビビるなら、まっだしぃもぉ、わたくしめはそんなことはございまする」

「どっちだよ……」

「だって、なんか、いざ飛ぶとなると、怖くなってきて……」


 怖いんだね。


「鉄の塊が飛ぶとかあり得るんですか? 私は自家用ジェット機しか乗らない派です」

「ここでまさかの矛盾的金持ちアピール。自家用ジェット持ってるの?」

「持ってたとしても! 私はあんな人達の世話にはなりません!」

「珍しくご乱心だ」


 支離滅裂な彼女の言動に、スッと手を差し出す。


「手繋ぐ?」

「なめないでください。私はあなたの専属メイド。あなたの世話をするのが生きがいなんです。そんな私が晃くんの世話になるなんてことになります。ええ! はい! 手を繋いでください! マイハニー!」

「もう、色々面倒だからツッコミなしな。マイダーリン」


 彼女の手を握ると、手が汗ばんでいた。うん。怖いんだな。


 手を握ると同時に、飛行機は離陸した。


 有希は握る手を強く握りしめ、ギュッと目をしぼめていた。


 怖がる彼女へ優しく握り返す。


「ほら、有希。無事に離陸したぞ」


 無事に大空への旅が始まることを教えてやると、返事の代わりに、俺の肩に有希の頭が乗った。


「……晃、くん……」

「寝てる……?」


 もしかしたら、有希も昨日の夜は寝れなかったのかな。俺と同じ、遠足前は寝れないタイプかな。


 そんな彼女の寝顔を見ていると、俺も睡魔が襲ってきて、ゆっくりと有希の頭に自分の頭を乗せてしまい、夢の世界へと旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る