第93話 修学旅行前の相合傘

 静かな校内。


 響く2つの足音。


 3年生は卒業式までもう学校がない、早めの春休み。


 6限が早めに終わったので、1年生はまだ授業中。


 2年生は全員が明日に備えて帰宅をしている。


 静寂の校内を有希と2人並んで歩く。


 会話はない。


 なんだかんだで、やっぱり周りの目が気になってしまい、警戒してしまう。


 それは有希も同じなのか、時折、振り返っては、安堵の顔を見せ、また振り返ってはの繰り返し。なんだか、宝くじで高額当選を果たした怪しいカップルみたいで笑えてくる。


 昇降口までやってきて、こっそりと靴を履き替え、玄関前で立ち止まる。


 朝から続いている雨は、止む様子もなく、容赦なく降り注いでいる。


 俺は雨の日でも折りたたみ傘派なので、鞄の中にしっかりと入っている折りたたみ傘を出さず有希を見た。


「まさか、傘を忘れたなんて言いませんよね?」


 こちらの言葉をある程度予想して言い放ってくる言葉に、してやったりの意味が込められており、有希は顎を高く上げている。


「今日は朝から雨です。傘を忘れたというのを理由に、私と相合傘をしたいがために、そんな変な嘘を言いませんよね?」


 やや肩をすくめて、にやりと笑いながら言ってくる。


「ああ。そんな嘘は言わない」


 鞄から、黒の折りたたみ傘を取り出して有希に見せつける。


「有希と相合傘して帰りたいから、入ってくんない?」

「……は?」


 こちらの欲望をストレートに告げると、口をぽかんと開ける。


 開いた口を指でなぞり、なにを言われたのかわからないと言ったようにこちらを見てくる。


 そんな彼女を無視して、俺は傘を広げる。


「俺の傘の方が大きいし、相合傘で帰ろう」

「ちょ! まっ!」


 有希が手で制止するようなポーズを取ると、「ええっと、その」なんて、ためらいの言葉を多用して、動揺を見せる。


「な、なんで、そんな、え? 私と相合傘?」

「だめだったか?」

「だめじゃないけど……」


 有希は銀髪をいじりながら答える。


「晃くんらしくない、です」

「俺らしいって?」

「そりゃ……」


 指を顎にもっていき、天井を見ながら思い出すように言って来る。


「『傘を忘れたから』とか、『傘が潰れたから』とか、『傘を正吾に貸したから』とか? そんな言い訳を並べるタイプです」

「あんたの中の晃くん女々しいな」

「そうです。女々しいのですよ。それがなんです!? 今日に限って漢見せてきて!」

「修学旅行前だからかな」

「バフが強すぎるんですよ……」


 肩を落として、ため息混じりで言われてしまう有希へ再度問う。


「相合傘したくない?」


 そう言うと、唇を尖らせて、睨みつけてくる。


「したくないわけ、ないじゃないですか……。ばか」

「ん」


 広げた傘に有希を入れて、俺達は学校を出た。







「こんなところ見られたらもう他の人に言い訳できないかもですね」


 国道を歩いていると、ズシャアアァァと雨の中を走る車の音と共に、恥じらいの有希の言葉がやってくる。


「それこそ有希が言った、『傘を忘れた』、『傘が潰れた』、『傘を貸した』でなんとか通るんじゃない?」


 そう言うと、頬を膨らませて睨んでくる。


「晃くん如きに言い負かされた気分です」

「まさか、生徒会長をこんな簡単に論破できるとは。さては、緊張してるな?」


 緊張してるのはこちらの方なんだけどな。


 実際、持った傘の手は震えているし、距離近すぎるし、めっちゃ良い匂いするしで、雲の上でも歩いているかのように、ぷかぷか夢見心地の気分だ。


「べ、別に緊張なんてしてません。これくらい余裕です」

「流石は生徒会長様。これくらいなんでもないか」


 優秀な生徒会長なんだ。今まで、どんな壁も冷静に超えてきたのだろう。男子と相合傘するくらいわけはないってことか。


「……」


 それを物語るように、こちらの様子を冷静に見られている気がする。


 俺の手の震えがバレて、いじられるのも時間の問題か。


「……えい」


 止めをさすかのように、有希がぴったりと肩をひっつけてくる。


「お、おい。こんだけ引っ付いたら言い訳もできんぞ」

「まだ、大丈夫ですよ」

「これでか? もう、流石に言い訳できんだろ」

「じゃあ、言い訳できなくても良いです」


 そう言って有希は俺の左肩を見てくる。


「晃くんが濡れるくらいなら、他の人から壮大な噂を流されたほうがましです」


 言われて、自分の左肩を見ると、めちゃくちゃ濡れていた。どうやら無意識に傘を有希の方へと傾けていたらしい。


「風邪。引かないでくださいね。風邪引かれたら私の作戦がパァになってしまいます」

「作戦?」


 なんとも不気味な単語が聞こえて来たような気がする。


「おっと」


 わざとらしく口元で手を抑える有希は怪しいが過ぎる。


「なんだよ。作戦って」

「いえ。私、そんなこと言ってませんよ」

「まじか。今のを誤魔化すのか?」

「あ! そうです! おやつ! おやつを買いに行きましょう」

「待て待て。今の流れを断ち切らす訳にはいかないぞ」

「晃くん。お菓子は500円までですよ。十分に吟味をして、選んでくださいね」

「まじか……」


 ここでも有希のチート能力ゴリ押しが発動してしまい、まじで作戦とかいう怪しい単語の内容を聞き出すことができなかった。


 ちなみに有希はバナナはおやつに入らない派らしい。それで話を逸らされた。

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