第92話 噂の折半

 結団式での校長先生のありがたいお言葉は、安定の長さと信頼のうざさを兼ね備えた、予想通りの内容。


 だが、始業式、終業式と違い、2学年全体が浮足立っているバフ状態。


 今の状況での校長の話しはお釈迦様のようにありがたいお話しと勘違いしてしまうほどに、修学旅行前の俺達は浮かれている。


 それが、入れ替わりで妖精女王ティターニアなんか出て来た日にゃ、もう体育館はお祭り騒ぎ。まだ何も言っていないのに、女神を崇める信者のように祈りを捧げる者もいれば、泣いてる奴もいる。文化祭よりも盛り上がっているぞ。


『みなさん──』


 うわぁぁぁぁぁぁ!


 妖精女王ティターニアが言葉を発しただけで会場は大盛り上がり。ドーム。アリーナ。夏フェス。それを思わせるような冬の結団式公演。


 まさかの先生達も会場の雰囲気に当てられて、腕振り回してる。


 まさか、まさかの生徒指導の先生もノリノリだ。


 全員が一致団結した修学旅行前の結団式。


 結団式ってこんな感じなの? 前夜祭のノリ? 


 修学旅行前日のバフ効果やばいな。



 結団式が終わり、そのまま解散となった。このまま帰って良いとのことで、体育館からの渡り廊下を、ゾロゾロとみんなが昇降口目指して歩いている。


 渡り廊下の屋根に雨が当たる音。地面に出来た水たまりに雨が当たり弾ける音。浮足立っているみんなのふざけ合う騒がしい音。


 なんか、異常にエモかった。


 まだ、修学旅行に行っていない前日。だからこそ、ふつふつと高揚感が高まってくる。それと同時に、学生最後の修学旅行と考えると寂しくなる。


 こういった光景を見られるのは最後なのか。修学旅行前日を味わえるのも今日で最後。


 そりゃ、自分達で旅行を計画して行くことは可能だ。そっちの方が、自由度が高くて楽しいと思う。


 でも、こうやって、学校のイベントだから仕方なく行く、みたいな雰囲気を出しながらも、本当は楽しみだから友達同士ではしゃぐ前日の学校というのは、今日、この日だけしか味わうことのできない、かけがえのない日。


「こおぉ。帰りに明日のお菓子買って帰ろうぜー」


 幼稚園の時から、遠足や林間、修学旅行のお菓子を共に買って帰った正吾も、例に漏れず、今日も誘ってくれる。


 返事をしようと思いとどまる。


 足を止めると振り返り、体育館を見る。


「わり。正吾」


 それだけ言うと、察してくれたみたいで、正吾は手を挙げて、ニカッと笑ってくれる。


「明日の夜の恋ばなを楽しみしてるぜ」

「やかまし、ボケ正吾」


 彼に言い残して、俺は逆走して体育館を目指した。







 体育館に、わざわざ有希に話しかけに行くなんて、また噂されてしまうな。なんて思うものの、今日という日を有希と一緒に帰りたい欲が強すぎて来てしまった。


 体育館を覗いて見ると、そこには誰もいなかった。


 生徒会が体育館に残っていたから、もしかしたら最後の段取りでもしていると思ったけど、検討違いだったみたいだ。


 これがスマホもない時代だったら、足であちこち探しまくるのだろうな。付き合ってもいない憧れの生徒会長を足で駆けずり回って探すってのも、ちとストーカーチックだけど、見方を変えれば青春の1ページとも受けめられるよな。


 どちらにせよ、今の時代は簡単に連絡ができる。


 絶望に打ちひしがれることのない時代に生まれて良かったと思いながら体育館を後にしようと思ったところで。


 トントン。


 左肩を叩かれてしまうので素直に振り返ると俺の左頬に、ひんやりと冷たい指が当たる。


「ぷくく。引っ掛かりましたね」


 嬉しそうに笑うのは、先程、この体育館を大盛況の渦に巻き込んだ妖精女王ティターニアこと、大平有希であった。


 さっきの、凛とした結団式の様子から一変、無邪気で可愛らしい一面を見せてくれる。


「また古典的な……」


 呆れた物言いだが、本当は探していた人物が向こうからやってきて、悪戯をしかけてきたことに舞い上がりそうになるくらい嬉しい。それを我慢しながら、ジト目で見てやる。


「その古典的な悪戯に引っ掛かるなんて、間抜けなご主人様ですね」


 有希はそんな俺の目つきなど、気にもならないと言った具合な態度であった。


「こんなところでなにしてるんです?」

「答えるから、その指を離そうか」

「いやですよ。晃くんのほっぺた、柔らかくて好きですし」

「このやろ」


 言いながら有希のほっぺたを触ってやると、「ひゃ」と可愛い悲鳴を上げる。


「こ、ここ、晃くん!? なにするんですか!」

「俺も有希のほっぺた好きだから、触りたいと思って」

「ちょ、ちょっと! ここ学校ですよ!? 家でなら好きに触って良いので、やめてください!」

「わかった。俺も家でなら好きに触って良いから、せーのっ、で離そう」

「わかりました。では……」

「「せーのっ」」


 お互いに声を掛け合い、手は離さない。


「……」

「……」


 お互い目を細めると、「「ぷっ」」と同時に吹き出した。


「あはは! 有希! 卑怯だぞ!」

「あはは! 晃くんの方こそ卑怯です!」


 体育館に響く、俺達の笑い声を聞きながら、自然と互いに指を離した。


 ひとしきり笑った後に、有希が改めて質問を投げてくる。


「それで? どうして体育館なんです? もしかして、今度はバスケ部の助っ人を頼まれて秘密の特訓とかです?」

「ちげーよ。もし、助っ人を頼まれても、今日は練習しないだろ」

「それもそうですね」


 じゃあ、と、からかうような表情でこちらに言ってくる。


「もしかして、私が体育館に残ってるかも、って思って来たとかです? いやですね、晃くん。学校でもメイドを求めるなんて、強欲が過ぎますよぉ。私、忙しいんですよぉ?」

「そうだよなぁ。学校でも有希を求めるなんて強欲だよなぁ」


 有希の言葉が、否定することもない完璧な答えだったので、素直に答える。


「へ?」


 有希は予想外の答えに、間抜けな声を出していた。他の奴は聞いたことがないだろう、完璧生徒会長の間抜けな声。


「結団式が終わって、渡り廊下歩いていたらさ、学生最後の旅行って思うと、なんか有希と一緒に帰りたくなって」


 さっき思ってたことをストレートに伝えると、有希は規格外のパンチを受けたみたいな顔をしている。


「強欲だったな。修学旅行前日なんだし、生徒会で忙しいよな。じゃ──」

「忙しくないです!」


 強めの言葉と共に、俺のブレザーの袖をつままれてしまう。


「忙しくないですし、私も晃くんと帰りたいと思ってて。そしたら、晃くんが体育館に戻って行ったので来たんです」


 顔を赤めて言って来る有希が可愛くて仕方なかった。


「なら、一緒に帰れる?」


 コクコクと頷いてくれる有希に改めて誘う。


「じゃ、一緒に帰ろう」

「うう……。なんで今日はこんなに素直なんですか」

「修学旅行前日の、場酔いみたいな?」

「こ、ここ、こんなところ見られたら、噂がまた広まりますよ?」

「修学旅行が終われば有希もちょっとは落ち着くだろ。その時に有希にも質問が飛んでくるだろうから、その時は俺達得意の折半な」

「噂の折半……」


 ぷっ、と可愛く吹き出して有希は綺麗に微笑んだ。


「いやな折半」

「だからこそ俺と有希で半分こな」

「はい。わかりました」


 そんな約束をして、体育館の屋根に雨が当たる音を聞きながら、俺達は2人で体育館を後にした。

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