第87話 侮辱してくる野郎には目の覚める一撃を

 学校のグラウンド。バックネット側。


 野球部が建てたのか、体育祭で使われるテントが、それぞれ1塁側と3塁側に設置されており、パイプ椅子やら、生徒が使う古びた机が並べてある。


「きゃああ! 船橋くーん!」

「かっこいいー! きゃああ!」

「こっち向いてー!」


 3塁側ベンチから、特殊な練習試合にも関わらず、黄色い声援が送られている。


 サッカー部のマネージャーか? それにしたって、10人近くいるな。野球部より多いやん。


 声援を送られた、船橋というのは現在、マウンドに立っている人物らしい。


 美形の今どきな感じを醸し出す、サッカー部のユニフォームを着ている人物。


 野球の試合で長袖半ズボンって違和感だし、寒くないのかと疑問に思うが、サッカー部だから仕方ないか。


 そんな美形の船橋は、声援を送ってくれている女子達に、キザったらしいポーズで返していた。


 うげっ……。そんなポーズ、平成でもやってなかったぞ。昭和だぞ? 歴史だぞ? それで返すやついるんだ。


「……」


 有希も苦い顔をしていた。同じ気持ちらしい。


「「「きゃあああ!」」」


 令和の女子高生が、昭和的キザなポーズで悶えていた。


 あー。どっかで見たことある景色だと思ったら、正吾のことが好きな女子達だわ。


 どっかで幻滅するんだろうなぁ。


 どいつもこいつも、こちらの存在には気が付いていないみたいで、船橋の1人舞台って感じだ。


 誰にも反応されず、俺達は1塁側ベンチに向かっていった。


 それにしたって、暗いなぁ……。


 6回を終えて、7対2。


 5点ビハインドの野球部のベンチはお通夜かと思うくらいに暗かった。


「ごめん……。みんな……。俺が、変な意地、張ったばかり、に……」


 野球部のキャプテンらしき人物が、泣きそうな顔で、ボソリとつぶやいた。


「キャプテンのせいじゃありません!」

「そうですよ! あんな言い方されたら誰だって、ああ返したくなります!」

「悪いのはサッカー部の奴らですよ!」

「お、お前ら……」


 野球部キャプテンは泣きそうになって、みんなを見つめていた。


 相当に追い詰められている状況みたいで笑えない。


「正吾」

「白川さん」


 机に座って、スコアを付けている白川。その隣で正吾が仁王立ちしていたので、俺と有希は声をかけると、白川だけがこちらを向いた。


「あ、大平さん。守神くん。来てくれたんだ……」


 いつもの元気な白川琥珀はどこへやら。相当、沈んで、凹んでいる白川の表情は痛々しくて見てられなかった。


 そして、自分で言うのもなんだが、正吾が俺を無視するなんて初めてだ。


「おい。正吾?」


 ポンっと肩に手を置いて彼の隣に立つと俺が、ビクッと少し震える。


 正吾は、ブチギレ寸前の、怒った顔をしていた。


 負けていても、試合が終わるまでは決して諦めず、明るい正吾が、試合中に怒っているのを初めてみた。


「なぁ、晃……。こんなの野球じゃねぇよ……」


 怒りが頂点に達しているのか、正吾らしくない、静かな声を出されてしまう。


 正吾の言っている意味がイマイチわからないでいると、キンと金属音が聞こえてきた。


 グラウンドの方を見ると、何番バッターかわからない、野球部員がセカンドフライを打ち上げてしまったらしい。


 打球を見ながらも、バタバタと走っている野球部員。


 セカンドのサッカー部員は、グローブを使わずに足でトラップ。


「ほらほら! 落ちたぞ! 全力で走れ! 野球部!」


 小馬鹿にしたような声がマウンドから上がると、全力で走る野球部員を見て、守備陣が嘲笑っている。


「オラァ!」


 セカンドの奴がシュートを打つように、ファーストへ蹴る。


 野球部員はヘッドスライディングしたが、誰が見てもアウトのタイミング。


「ひゃひゃひゃ! 惜しかったなぁ」


 マウンドの船橋が言うと、3塁側から、拍手が送られる。


 黄色い声援を送る女子達は野球のルールを知らないらしい。純粋にサッカー部が抑えたものだと思っているのだろうな。


「なるほど。野球じゃねぇな」

「……」


 珍しく正吾はブチギレ中。今にもピッチャーへ襲いかかりそうになっているが、堪えている。


 次のバッターにはわざと四球にして、それを3回続けた。


 ワンナウト満塁の場面で、切り替えるように、バッターを3球3振で抑える。


「きゃああ! 船越くーん!」

「かっこいいー!」


 そんな声援に対して、またも古臭いポーズで返している。


 ドンッ!


 正吾より先に白川がキレて、机を思いっきり叩いた。


「なんなの!? こんなことしてなにが楽しいの!? サイテーだよ!」


 白川の嘆きの叫びを受けても、船越達、サッカー部は笑いながら答える。


「俺達はサッカー部だ。野球の細かいルールは知らないけど、蹴ったらいけないなんてルールはないはずだぜ」

「そうなんです?」


 純粋に有希が聞いてくるので答えてやる。


「スポーツマンシップに乗っ取ってない行動だから、公式戦とかなら退場だろうな。でも、ルール上はそういう記載はないと思う」


 蹴るとか普通考えないからな。投げた方が効率良いし。蹴るって発想はないからルールにも載せてないんじゃない。てか、野球ボールって蹴るもんじゃないから、単純に痛いだけだと思うけど。


 多分……。俺が野球をやっている時にはなかったと思うんだけど、最近はどうなんだろう。コロコロ変わるからね。


「それだけじゃなくて! わざと四球出して、三振にするのもサイテーだよ!」

「ははん。俺はサッカー部なんだから、コントロール乱れてもしょうがないだろうが」


 いやらしいやつだな。性根が腐ってやがる。


 それを見ても尚、応援する女子達も見る目がないな。


 だからこんな奴が付け上がるんだよ。


「だからって……。こんなの酷すぎるよ……」

「そもそも俺らはグラウンドを譲れって言っただけなのによぉ。勝手に盛り上がったのはそっちだろうがぁ。雑魚の集まりがイキった結果だわ。イラついてんならさっさと負けを認めて廃部になれ! ゴミども!」

「っ……」


 白川はなにも言い返せずに、俯いた。


「白川さん……」


 有希は白川を慰めるように声をかけると、キッとマウンドの人物を睨みつけていた。


 他の野球部も、めちゃくちゃ 言われて反論もできずにいる。


 ……野球を、野球部を侮辱しすぎだ。


 俺は、野球から逃げた。怪我をして、必要とされないとわかった時、逃げ出した。


 でも、決して嫌いになったわけでもないし、ましてや侮辱したことなんてない。


 でも、あいつは、野球を侮辱した。


 それは野球をしている人、全員を侮辱しているのと同じだ。


 逃げ出しておいて都合が良いかもしれないが、許せなかった。


「……久しぶりにキレちまった。もう我慢の限界だわ」


 正吾が今にもマウンドに殴りかかろうとしているのを、肩を掴んで静止させる。


「ここであんな奴を殴っても何の意味もない」

「で、でもよ! 晃! あんなに言われて黙ってろってのかよ!?」

「リトルの監督も、シニアの監督も、共通して教えてくれたことがあったろ?」


 ブレザーを脱ぐ。


「悔しかったらプレイで見せつけろ」

「……もしかして、晃?」

「煽られようが、わざとデッドボール当てられようが、俺達はそうやって勝ち続けただろ。公式戦だって、練習試合だってな。こんなくだらない試合だって変わらない。最後に笑うのは俺達だ」

「……だな。わり、晃。ちょっと感情的になっちまったよ」


 正吾が落ち着いたところで、背中を叩いて専属メイドを見た。


「有希」


 声をかけると、綺麗な顔がこちらに向くので、ブレザーを投げた。


「預かっててくれ」

「……はい。かしこまりました」


 俺がなにをしようとしているか察した有希は、素直に俺のブレザーを畳んで、胸元で大事に抱え込むように預かってくれた。


 適当なバットを手に持ち打席へ入ろうとしているネクストバッターズサークルの野球部員に声をかけた。


「でしゃばってすまない。でも、ここは俺にいかせてくれないか?」


 そういうと、野球部員は少し戸惑ったが、素直に頷いてベンチへ戻ってくれた。


「晃!」


 ベンチでは何事かと、野球部が全員こちらに注目していた。その中で、すっかり元通りになった正吾が大きく声をかけてくれる。


「ツーアウト満塁で、なんか作戦でもあんのか?」

「バックスクリーンに叩き込め!」

「学校にバックスクリーンなんてねーよ!」

「あ! そっかぁ!」


 いつもの正吾らしい阿呆なセリフの後に、聞き慣れた可愛い声が聞こえてくる。


「じゃあ満塁ホームラン!」


 有希はそう言って俺を見つめてくる。


「それ以外は晩御飯抜き!」


 彼女の作戦に、ニカッと笑みが溢れてしまう。


「オッケー。流石は生徒会長様。単純でわかりやすい作戦だ!」


 言い残して俺は左バッターボックスに立つ。


「んだ? また助っ人か? 近衛の次は……。近衛の金魚のフンの……」

「口わっる……」


 俺ってそんな印象持たれてるんだ。これなら、存在感ない方がマシだわ。


「しかも、なんで大平に……。意味わかんねぇ。陰キャのフンが……」


 なんか知らんが、性根の腐った船橋が、やたらとイライラしているように見える。


「クソザコがぁ!」


 船橋の1球は、ものすごいキレのあるスライダー。


 右ピッチャーのスライダーは左バッターの俺の胸元をえぐるようにスライスしてくる。


「ストライク」


 審判がストライク判定を取る。うん。今のはストライクだ。


 続いての2球目。


 スライダーか。ストレートだと思ってたら、ものすごい球がやってくる。


 左バッターの俺から逃げるように落ちていく変化球。シンカーだ。


「ストライク」


 うん。これも入ってる。


 てか、シンカー投げるサッカー部員ってなんだよ。野球部入れよ。


「イキって出てきた割に大したことねぇなぁ。陰キャのフンがっ!」


 陰気なキャラと金魚のフンを掛け合わした最低なあだ名だな。


 だが、今は気にするな。


 次の球の予想を立てろ。


 まぁ、この手のタイプのピッチャーは次になにを投げるか大体予想がつく。


「もう勝負の決まってる試合にノコノコ出てきてんじゃねぇよ! クズがっ! 三振して醜態晒して帰れ!」


 やっぱり、ストレートが来る。


 ツーアウト。ストレートで三球三振。ピッチャーが気持ち良く、そしてカッコよくマウンドを降りれる。


 だけど、そうはいくか。


 目測で大体130キロ。サッカー部にしては速すぎるストレート。


 キーン!


 俺のフルスイングしたバットは真芯でボールを捉えた。


 誰も打球の行方をおえていない。


 みんなが気が付いた時には、ボールは学校の外に出ていっていた。


 特大のセンターオーバーのホームラン。


 バックスクリーンがあったらぶち当たっていたな。


「野球部からすれば打ちごろのストレートだな」


 俺はバットを放り投げて、1塁側へ拳を突き出してからゆっくりと歩き出す。


 すると、一瞬なにが起こったのか把握できていないベンチだったが。


 うおおおおお!


 騒ぎ立てるベンチを見ながら、嬉しい笑みが出てしまう。


 元気が出て良かったよ。


 ダイヤモンドを1周していると、マウンド上で俺を睨みつけている船橋と目が合った。


 そんな彼へ、こんな言葉を送ってやる。


「勝負の決まっている試合なんて存在しない。野球だって、サッカーだってそうだろ? 侮辱するような人間にドラマは起こらない。ドラマはいつだって逆境を背負ってる方に起こるもんさ。今回みたいにな」


 キザッたらしく言ってホームベースを踏んだ。


 6対7。試合はまだまだこれからだ。

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