第86話 遅刻してるけどレア体験

「晃くん。起きて下さい」

「──ぬぁ……?」


 完璧に無断していたところで、ベッドの毛布を剥がされたのでまだ脳内が追いついていない。


 今日は確か学校が休みのはず。


 でも、寝起きで見る銀髪美少女の格好は、ミニスカメイドではなく、学校の制服姿である。


 有希が制服である以上、俺の記憶なんて正しくない。有希が正解。というか、彼女の存在が正解。


 結果、今日は平日だ。


 慌てて、スマホ見てみると、正吾からLOINが届いているのと、時刻は10:28を示したいた。


「っべ」


 俺は慌てて、有希を見る。


 膝をついて、俺のことを起こしてくれていたみたいなので、視線が俺よりも少し低い。


 なので、なんかわからんが、とりあえず頭をなでておいた。


「ご、ごめん有希。何回も起こしてくれたんだろうな。めっちゃ遅刻なっちまって。本当ごめん。今度お詫びになんでも奢るから」


 なでなでして謝罪を入れておく。


 この程度では誤魔化しにはならないだろうが、有希は、悪くないというような顔で、ネコみたく撫でられていた。


「……はっ」


 ふと、我に返ったような表情をすると、ムスッと怒ったような表情へと移ろう。


「あの……晃くん。私の頭を撫でればなんでも許されると思ってません?」

「あ、いや。これは、その……」


 寝起き過ぎて、頭が回ってないので、反論できない。多分、寝起きじゃなくてもできていないだろうけど。


「あながち間違いではありませんけど……」

「へ?」

「な、なんでもありません!」


 ちょっと怒りながら、有稀は立ちあがると、自然となでなでを終了させられてしまう。


「今日はお休みですよ」

「はへ? へ? あへ?」


 有希から衝撃の一言を浴びせてくるので、相当間抜けな声が出てしまう。


 口をぱくぱくとさせて、有希が制服なことを指を差して知らせる。


「今日は一緒に野球部の応援に行くことをお忘れですか?」

「あ、あー。ああー」


 脳が今日のイベントを思い出し、無事に覚醒を果たす。


 そうだ。今日は休みの日だけど、正吾の応援に行こうとしていたのだ。


 全てを思い出し、スマホを確認する。


 正吾からのメッセージも、平日に学校をサボって、『どうした?』のメッセージじゃなかった。


『まだ寝てるよな。すまねぇ。試合、昼前の11時から予定が、10時からになるみたいだ。起きて、時間あったらで良いから来てくれよ』

「試合時間早なってるやん」

「え?」


 有希の、聞いてない、と言わんばかりの声を出すので、正吾からのメッセージを見せた。


「あら。本当ですね」

「せっかく有希にアラームを頼んだのに余裕で遅刻じゃんかよ」

「これはまた唐突ですねぇ。どうします? 朝ごはん食べずに行きます?」

「有希は? お腹空いてない?」

「私は晃くんに合わせ──」


 ギュルルと腹の虫が鳴った。


「……」

「……」

「えと」

「晃くん!? 寝起きでお腹空くとか、成長期が過ぎますよ!」

「この件、もうやったからやめない?」







 とりあえず、サクッと朝飯を食べて家を出た。


 休みの日に制服を着て学校に行くなんてレアだ。


 しかも、たかだか応援だから、鞄を置いてきた。


 手ぶらで通学路を歩くなんて、なんか違和感だな。


「有希は、鞄持って来てるんだな」


 ふと思ったことを言葉に出してしまう。


 彼女はいつも通りのスクールバックを持って来ていた。


「色々、必要になると思いますので」

「ふぅん」


 生徒会長だから、ついでに学校に行って仕事でもやろうということなのだろうか。


 それなら、手伝っても良いかもしれないな。


「ふふ」


 ふと、髪を耳にかけながら、笑う有希へ首を傾げる。


「どうかした?」

「いえ。晃くんと一緒に休みの日に学校に行くなんてレアだと思いまして」

「あ、俺も思ってた」


 有希と同じ考えだったのが嬉しくて、つい言ってしまうと、有希は小さく笑った。


「同じですね」


 彼女は小さく笑いながら、どこか、からかうような顔をして言ってくる。


「こんなところを学校の人バレでもしたら、噂の彼氏が晃くんとバレてしまいますね」

「一緒に文化祭を回ってバレてないのに?」

「晃くん、存在感薄いですもんねぇ」

「どうせ陰キャですよー」


 友達も少ないし、目立たないし、そう言われても仕方ない。


「ま、私とすれば、すごく助かりますけどね」

「そりゃ、彼氏の噂は結局噂で片付けられるだろうからなぁ」

「それだけじゃないですよ」

「ん?」


 首を傾げると、有希はちょっとだけ拗ねた様子で歩みを早める。


「わからないのなら良いですー」

「なんだよ? 教えてくれよ」


 こちらも歩みを早めて彼女に並ぶ。


「わからないご主人様に教える義理はありませーん」

「なんだよー。それー」

「ほらほら。早く行きましょう。ただでさえ、遅れているのですから」


 結局、最後まで有希は、なにを言いたかった教えてはくれなかった。


 それも気になったけど、ちょっとショックなことがあって、そのことは少し忘れてしまう。


 正吾がいるのに、野球部対サッカー部の試合は、2対7で野球部が負けていたから。

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