第85話 白川琥珀の悩みの理由

 新学期初日は昼まで授業。授業というか、始業式というか。また校長のえらい長い話を聞く羽目になってしまったが、もう良い加減に慣れてしまう。


 明日からは通常授業。もう少し昼まで授業でも良いのだが、そうもいかないみたいだ。


 有希は生徒会。正吾は野球部に行ってしまい、新学期早々に1人寂しく帰宅した。


 虚しい時間を浪費していく。


 そんな中、ガチャリと玄関のドアが開いた音がした。


 瞬間、ご主人様の帰りを待っていた愛犬みたいに玄関まで駆け出す。


「おかえり」

「ただいま帰りました」


 あ、うん。この状況の意味は全くわからない。


 メイドの帰りを待つご主人様という奇妙な構図は、俺と有希だから成し得ることができるのだ。


「すみません。お待たせしてしまい。すぐにお昼にしますね」


 お昼ご飯を作るために、急いで帰ってきてくれたのだろう。学校の制服のままエプロンを着けてくれる。


「生徒会で疲れてるだろうから、無理に作らなくても大丈夫だぞ」

「全然疲れていませんのでご安心を。今日は修学旅行の調整を少々していただけですので」

「おお。修学旅行」


 その言葉を聞いて、胸が躍る。


 学校行事でもNo.1のイベントと言っても過言ではない修学旅行。


 我が校は2月に行くことになっている。学生生活最後の修学旅行である。


「北海道でウィンタースポーツと歴史学習ですね」

「今から楽しみだなぁ」

「ふふ。そうですね」


 有希は微笑みながら、勝手知ったるなんとやら。慣れた手つきで、俺の冷蔵庫を開けて食材を取り出す。


 シュタタッと見事な包丁捌きを披露しながら、雑談程度に俺に話しかけてくれる。


「すっかり、今日は近衛くんとランチに行くものと思っていましたよ」

「ごめん。正吾のやつ、野球部の助っ人に行っちゃってさ。合流して練習すんだって。たかだか練習試合なのに大袈裟だよな」


 笑いながら話すと、ピタッと有希の手が止まる。


「ん? 有希……?」

「あっと……。すみません。野球部ですか。そうですか……」


 なんとも言えない微妙な反応を示す有希が妙に気になるが、料理の邪魔になるだろうし、このタイミングで聞くのはやめておく。







「ごちそうさまでした」

「はい。おそまつさまでした」


 相変わらず極上の有希の手料理を食べた後に、気になることを突っ込んでみることにする。


「あのさ。有希と野球部ってなんかあんの?」

「え……?」


 呆気に取られたような返事をしてくる。


 やっぱりなにかあるようだ。


「もしかして、野球部が生徒会に迷惑かけているとか?」


 もしかしたらと思い、悪い予感を聞いてみると、ぶんぶんと手を振ってくる。


「いえいえ。そんなことは決してありませんよ。みなさん真面目に部活動に参加されておられますし」

「あ、そうなんだ」


 どうやら俺の勘は頼りにならないらしい。


「じゃあ、なんで野球部で反応するんだ?」


 別に野球を嫌いじゃないだろう。そうであったら、バッティングセンターに連れて行かれた説明がつかないからな。


「ええっと……」


 珍しく困り果てたような顔をしながら、頬をかく。


「まぁ、近衛くんもそのうち晃くんへ説明するでしょうし……」


 ぶつぶつと何か自分に納得付けると、有希から説明が入った。







「なんだ、そりゃ」

「ほんとですよね」


 有希の説明はこうだった。


 サッカー部が野球部にイチャモン付けているらしい。グラウンドは共有なので、人数が足りない野球部は練習するなら他でやれとか言ってきてるとかなんとか。


 それに怒った野球部キャプテンがグラウンド権をかけて野球で勝負することになる。


 野球部が勝てば2度とサッカー部は口出しをしない。


 サッカー部が勝てばグラウンドの使用を禁止。


 それで良かったのに、野球部のキャプテンが意地になって、野球で勝負する以上、野球部が負けたら廃部にするとかぬかしたらしい。


 1度出した言葉は引っ込めない。野球部顧問もやる気のない人なので大賛成だとか。


「一応、白川さんから色々と相談を受けたのですがね……」

「そういえば、冬休み前、白川のやつ、やたらと有希へ相談してたな」

「この件で、どうにかならないかと言う相談なのですが、白川さん以外の野球部全員が、キャプテンの意向を尊重する姿勢を見せており、顧問も許可を出していますからね。生徒会も結局は部外者ですから見守るしかできません」


 なるほどなぁ。


 だから白川のやつ、芳樹の連絡先を俺らに聞いてきたのか。甲子園出場の選手がいるだけで、勝率はグンと上がるもんな。


 いや、普通に考えてそんなことで芳樹は来ないけどね。


 ……いや、あいつ良い奴だから困ってる人の助けになるとか言って来るかも……。いやいやいや。いやいやいやいや。


 ま、白川は、それで、やたらと必死に正吾に頼んだってわけか。


「はぁ……。野球部バカだなぁ」

「本当に。白川さんの気持ちをなにも汲んであげていません」

「でも、野球部の気持ちもちょっとわかるかも」

「……ここにもバカがいました」

「うるせーよ」


 有希に言われて、彼女へ訪ねてみる。


「試合は?」

「今週末。学校で。お昼前にやるみたいです」


 今週末なんて、もう数えるほどしか日数がない。


「応援にでも行くつもりですか?」

「正吾と約束したからな」


 応援自体は冬休み前に行くと言っていたので、そのつもりである。


「試合に出る気で?」

「んにゃ。これは野球部の問題であって、俺は部外者だ。応援はするけど、正吾のファンとして応援するだけさ」

「そうですか」


 本当に俺は部外者だからね。そんなやつが、シャシャリでちゃいかん。


「なら、私も行きます」

「生徒会が肩入れすんの?」


 それってどうなんだろう。


「私は白川さんの応援です」

「マネージャーを応援って斬新ね」


 そう言うと、ピースサインで言ってくる。


「斬新完璧メイドゆきち♪」

「最近、まじでキャラ崩壊が始まってるぞー」

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