第88話 チートな晃くん
「晃!」
ベンチに戻ると正吾が拳を作って待ってくれていたので、こちらも拳を作って、コツンと合わせた。
白川はスコアも付けずにこちらを目を丸めて見てきてるので尋ねてみる。
「ちょっとはスカッとしたか?」
白川は、というか、野球部全員が船橋にめちくちゃ言われていたので、ちょっとでも彼女達の気持ちが、先の満塁ホームランで晴れてくれたら良いのだが。
「……」
まだ、なにが起こったか理解できていないような顔をして俺を見つめていた。
でも、次の瞬間、大きく吹き出して、いつもの笑みで言ってくる。
「まだ全然スカッとしてないかな」
「満塁ホームランじゃ、ご不満か?」
そう言うと、バックネットにあるスコアを指差して言われてしまう。
「だってまだ負けてるし」
「そりゃそうだ」
彼女の言い分が十分に理解できたので、こちらも、ついつい笑ってしまう。
「なら、勝てばスカッとするんだな?」
「うん」
「おっけ」
清々しいほどの頷きに、俺は微笑んでベンチに座る。
すると、いつ見てもとんでもない銀髪の美少女が声をかけてくた。
「ナイスバッティング。です」
「なんとか晩飯を死守できて良かったよ」
ちょっと冗談めかして言うと、彼女も俺のノリに付き合ってくれる。
「でも、まだ負けていますからね。今のままでは超ヘルシーな野菜生活をお送りいたします」
「健康面を考えたら、このままでも良いと思えるな」
「勝てば、萌え萌えキュンなご馳走です」
「それは、勝たないとな」
ヘルシーな料理も魅力的だが、萌え萌えキュンには遠く及ばない。
船橋は、俺の次のバッターをアウトに取ってチェンジ。回は7回へと進んだ。
後、7、8、9回の攻撃で逆転すれば萌え萌えキュンのご馳走と考えると、やる気がみなぎってくる。
「守神?」
チェンジになり、野球部側が守備につこうとしたところで、さっきまで、メソメソしていたキャプテンが話しかけてきた。
「あ、ごめん、でしゃばって代打で出ちまった」
ペコっと頭を下げると、「いやいや」とすぐに否定してくれる。
「なんで謝るんでよ。感謝しかない。本当にありがとう」
帽子を取って、深々と頭を下げられてしまうので、こちらはもう1度ペコっておく。
「それでさ、ウチは控えがいないから、代わった部員の代わりに守神には守備についてもらわないといけないんだけど……」
野球とサッカーは、1回選手交代をするとその試合に出ることはできない。よってルール上、俺は代打で代わった野球部員の代わりに出ないといけない。
「あ、うん。ポジションは?」
「それなんだけど。近衛から聞いて、守神はシニアでピッチャーだったって聞いたんだけど……。まじ?」
チラッと正吾を見ると、あの野郎、キャッチャー防具を着けて嬉しそうに笑ってやがる。
「まぁ……」
言うと、再び頭を下げられてしまう。
「ピッチャーお願いしても良いかな? 絶対俺が投げるより良さそうだし」
「良いのか? 野球部員でもない俺が投げて」
「もちろん。理由はどうであれ、こっちは存続がかかっているんだ。可能性のある方を選ぶ」
キャプテンの意向を固そうだ。
周りを見ると、他の野球部員も、俺の満塁ホームランを見て、信用を得ているのだろう、うんうんと頷いている。
「わかった。じゃあ、グローブを借りても良いか?」
元々出る気はなかったので、野球道具なんて持ってきていない。その為、グローブを借りようとしたところ。
「やっぱり捨てなくて正解でしたね」
「え……?」
隣に座っている有希が鞄から、俺の愛用していたピッチャー用のグローブを出してくれる。
「これ……捨ててくれって頼んだ……」
「あなたの壮大な過去を聞いて、こういう日もくるやと思い取っておいたのです。それが今日という日でしたね」
有希……。どんだけできるメイドなんだよ。
「バッティングセンターで見せてくれた、チートな晃くん。また見たいです」
「任せとけ」
そう言って俺はマウンドへと駆け出した。
♢
「チートな晃くん、か。違いねぇな」
俺と有希の会話が聞こえていた正吾が、キャッチャー防具を着けてマウンドに来てくれる。
「なんで己がキャッチャーなんだよ。ファーストだろ」
「お前のジャイロボールを初見で捕れるのは俺か芳樹だけだろ」
「ありがとよ」
笑いながら言って、サッカー部のいる3塁側ベンチを見る。
敵意丸出しでやたらと睨みつけてきている。
怖いね。
「サインはシニアの時のサインで良いか?」
俺が正吾に聞くと、首を横に振った。
「あんな奴らに変化球なんていらねぇよ。全部ジャイロボールで片付けようぜ。そっちの方がスカッとするし、なによりかっこいい」
「お前も案外性格悪いよな」
「サッカー部よりはマシだっての」
「顔も性格も正吾には敵わねぇよ」
「お? やっぱり大平より俺狙い?」
「やかましっ! さっさとポジションにつけや」
「ははっ!」
正吾は楽しそうに、駆け足で、ポジションであるホームベースの後ろに立った。
そして、それぞれのポジションについている野球部員に言ってのける。
「しまっていこおおおぜえええ!」
おおおおおお!!
さっきの悲壮感は完全に消えて、元気な野球少年達の声がグラウンドに響きわたる。
そうそう。野球は元気に楽しくってな。
楽しい気分になってきている俺の前に、サッカー部のバッターが右バッターボックスに立つ。
「ッ……」
俺をやたらと睨んでくる。
闘志というか、喧嘩腰だな。
まぁいきなり、ノコノコやって来て、満塁ホームランぶちかまして目立っちゃ、相手さんからしたら面白くもないわな。
「すぅ。はぁ……」
形はどうであれ、久しぶりのマウンド。もう立つこともないと思った場所。
中学までの相棒である愛用のグローブを見て、軽く撫でる。
「すまねぇな。もうちょいだけ付き合ってくれよ」
パンッとボールをグローブの中に入れて遊んでいると、「プレイ」なんて審判が7回表を告げるコールを発した。
大きく振りかぶって、投げた。
ジャイロボール。
普通のストレートは縦回転なのに対して、ジャイロボールはドリル回転。螺旋状に回転する。
縦に落ちるスライダーみたいなボールの軌道に似ているので、ジャイロボールは、それの投げ損ないなんて言われていたりもするのだけど。
俺のジャイロボールは落ちない。
「ストライク」
全く落ちない。
「ストライク」
バッターから見ると、ソフトボールのライズボールみたいに、手元で上がって見えるらしい。
俺のジャイロは幻球なんて言われていた。
それが日本代表に選ばれた大きな理由だ。
「ストライク! バッターアウト!」
元日本代表の球を、サッカー部が打てるかよ。
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