第83話 おみくじの結果なんて意味がない

「おまたせしました」


 早朝4時過ぎの玄関を開けると、強烈な冷気の風が室内へと入って来る。


 一瞬で冷えてしまう体。吐く息は濃く、白い。


「……」

「なんです? その不満そうな顔は」

「え……?」


 なぜか有希に、ジト目で見られてしまう。


 有希の今の恰好は厚手のコートに厚めのマフラーと手袋で、完璧な防寒対策を施している。


 確かに、早朝4時の冬の外出は冷蔵庫を思わせるほどの寒さだ。しっかりと防寒対策をしていても、めちゃくちゃに寒い。


 厚手のマフラーに髪がすっぽりと入っており、それによって出来た髪の膨らみを見て、「可愛いな。この子はどんな髪型でも本当に似合うなぁ」と思っていたところでの、不機嫌なジト目。なんで俺が若干怒られているのだろうか。


「『振袖姿じゃないなんて残念だぜ』なんて思ってるのでは?」

「は? 思ってないのだが?」

「本当ですかねぇ? 晃くんは女性の扱いを知らないでしょうから、こんな寒空の下でも、自分の欲求を満たすためなら女の子に振袖を着させる、鬼畜ご主人様ですからね。私でなければ付いていけませんよ?」

「ど畜生が過ぎるだろ。そんなこと思ってないわ!」

「じゃ、さっきの無言の間はなんです?」


 問い詰められてしまい。どう答えたら良いか悩んでしまう。


「ほら、答えられない。『なんでメイドのくせに振袖着てないんだぜ』とか思っているのですよ」

「語尾に『ぜ』を使ったことないんだけど」

「論点をずらそうとしてもそうはいきませんよ、ド畜生ご主人様」

「……」


 このままでは俺はド畜生ご主人様の汚名を背負うことになってしまう。


 そもそも、彼女にはそう思われているのかもしれないが、片思いの人にそう思われていると確信を得てしまうのは避けたい。


 恥ずかしいが……。


「有希のマフラーに入った髪型を見て、可愛いって思っただけだよ……」


 言葉にすると恥ずかしいので、顔を逸らして言うと、有希は、あわあわと慌てだす。


「よ、よくもまぁ、新年早々、玄関開けてそんなこと言えますね」

「あんたが変な勘違いするからだろ」

「こ、こんな髪型が良いとか、言うなんて、変態です。新年早々に変態です! 変態ご主人様です!」


 素直に答えたら変態認定されてしまった。


 ド畜生ご主人様と、変態ご主人様。どっちが正しかったのか早朝4時の脳みそでは正解はわからない。







 新年早々に汚名を背負ってしまうことになったが、それでも好きな人と初詣に行けるので、今年も良いことがありそうな予感。


 近所の神社にでも行くのかと思っていたが、有希が駅の方へと歩いて行くので、電車の始発はまだなのでは? と思って問うとすぐさま答えてくれる。


「年始は特別ダイヤで運行中ですよ。二年参りとか行く人もいますからね」


 ということらしい。


 流石は博識な妖精女王ティターニア。電車の運行時間も管理できているとは恐れ多い。


 そんなわけで、近所に国宝なり世界遺産なりの神社や寺が大量にある、古都へと電車でやってくる。


 流石はそこらに国宝なり世界遺産がある古都だ。早朝4時過ぎにも関わらず、人の数が休日の昼間くらいにいる。


 清水の舞台から飛び降りる、で有名な寺院の表参道にやってきた。


 石畳の坂になっており、瓦屋根のと焼杉板の町並みが立ち並んである。道の両側に雑貨屋や土産屋、甘味処と食事処が早朝4時なのに開いているのは流石は年始。


「こんな暗い中、ここを通るのは初めてです」


 表参道を歩きながら有希が嬉しそうに言い放つ。


「暗い中は初めてなら、昼間とかによく来るの?」

「ええ。近所ですし、散歩がてら」

「へぇ。歴女?」

「流石にそこまでは言えませんね。ですが、ちょっとくらいならわかりますよ。この坂を上る前の坂は、《三年坂》。その前は、《二年坂》。そこから豊臣秀吉の正室である、ねねが秀吉を弔うために創ったお寺へと行けたりしますね」

「さ、流石生徒会長様。歴史もばっちりですね」

「これくらいは……」


 少し謙遜しながら言い放ったあとに、こちらをジト目で見てくる。


「晃くん、もしかして知りませんでした?」

「あ、あははぁ」


 苦笑いを浮かべてどう言い訳しようか考える。


「あ、ほら。俺は一応天下の台所出身だから。古都生まれじゃないから。ギリギリ」

「見苦しい言い訳ですね」


 呆れた物言いをされてしまうと、夜空は暗いのに、両脇にある店の光で明るい表参道を見て、彼女は呟いた。


「なんだかお祭りみたいで楽しいですよね」

「本当、夏祭りみたいだな」

「夏、祭りですか……」


 なんだか寂しそうに呟く彼女の顔は、クリスマス前のような、どこか寂しそうな顔をしていた。


「なぁ。夏になったらさ。祭り……一緒に行かない?」


 もしかしたら、彼女は夏祭りも行ったことがないのではないかと思い、思い切って誘ってみる。


 彼女は珍しく目を大きく丸めて、酷く驚いた顔をした後に、「ぷっ」と吹き出した。


「今から夏のお誘いですか? 随分と気が早いのですね」

「う、うっせ……」


 からかわれているような返され方に、拗ねてしまう。しかも、彼女の言っていることが正しいので、尚のこと恥ずかしい。


 まだ年が明けたばかりなのに夏祭りの誘いなんて気が早すぎるだろう。


「ふふ。しょうがないですね。晃くんが、どうしてもと言うから行ってあげますよ」

「そうですかい」


 随分と上から申してくるが、こちらが誘った側なので甘んじて受け入れるしかない。







 季節外れの約束をしたら、坂を上りきって超有名な寺院に到着。


 流石は修学旅行の行先№1と言っても過言ではない寺院で、早朝も5時を過ぎた辺りなのに、人の数が多い。


 さて、参拝する前に色々とルールがあるらしいので、有希と一緒に参拝前に色々とやることにする。


 まずはお清め。


 右手で柄杓を持って、左手を清める。続いて、左手に柄杓を持ち換えて右手を清める。


 再度、柄杓を右手に持って、左手で水をすくって、口をすすぐ。最後に左手を清めて、お清めは終了。この時に柄杓に口をつけるのは絶対にダメらしい。


 そして、観音さまへとお線香をお供えする。本堂でお供え用のお線香を購入し、ろうそくで火をつけて、線香を香炉に立ててお供えする。


 ここまでやって、本堂の観音様へとお参りを開始する。


 観音様の正面に立ち、その場でお辞儀。お賽銭を入れて、静かに合掌。







「いやー。清まったわ」


 正しく参拝をすると、観音様が見守ってくれているかのような気分となり、心が、スゥーっと軽くなる。


 心穏やかになり有希を見る。


「さっき、一生懸命なにをお願いしてたんだ?」

「え!?」


 意表をつかれたような声を出してすぐに答える。


「ヒ、ヒミツに決まってるでしょ!」

「ま、それもそっか」

「晃くんだって言えないでしょ?」

「俺は、有希が教えてくれるのなら、教えるけど?」


 若干余裕ぶって答えると、有希は唸った。


「晃くんのお願いをいじりたいけど、それはリスクが高いですね……」

「おい。人の願いをいじるなよ」

「冗談ですよ」


『あれ? 妖精女王ティターニアじゃない?』


 ふと、聞き慣れたあだ名が飛んでくる。


 そんなあだ名は世の中、中々にないだろう。


 チラリと参拝者に紛れて声の方を向く。


『え? どこよ?』

『ほら、あそこ。男の人と歩いてない?』

『え? どこどこ?』


 やばいな。このままじゃ見つかってしまう。まぁ見つかったからなんだという話なのだが。


「晃くん。行きますよ」


 ピタッと、冷たい有希の手で手を握られる。参拝のために手袋を取っていたので、彼女の体温がそのままこちらに伝わって来る。


 彼女の冷たい手の感触を味わっている暇もなく、早足で本堂を抜けた。







 ほぼ競歩で本堂を抜け出した俺達は清水坂へと戻って来た。


 先程よりも人の数は少なくなっているが、今から参拝に向かう人、帰る人、寄り道する人で賑わっている。


「見つかっちゃったな」

「そうですね」

「あれ? 意外にも平気?」


 もう少し慌てると思っていたが、有希はあまり気にしてなさそうな返事をした。


「もうあなたとの関係も長くなってきましたらね。別にバレたところでって感じですね」

「じゃあ、逃げなくても良かったのでは?」

「仲良くもない人達の前に出る必要もないでしょ?」

「言えてるな」


 そんな会話の中で、随分と有希の心にも変化が出て来たのが嬉しく思う。


 最初は絡んでくるなとか言われたからな。そこから考えると、今の発言は相当に嬉しい。


「それに、そろそろ時間ですしね」

「時間?」


 聞くと、彼女は空を指差した。


 そこには太陽がひょっこりと顔を出しているのが伺える。


「初日の出、です」

「お、おお」


 初日の出が出る瞬間なんて初めて見た。今まで、寝正月だったので、これは貴重な体験だ。


「綺麗ですね」

「まったくだ」


 俺達だけではなく、他の人達も、足を止めて空の様子を見ていた。


「あ、そうです」


 有希が思い出したかのように言うと、こちらに向かって頭を下げる。


「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」


 一応、有希が寝てる時に挨拶はしたのだが、改めて、新年の挨拶をする。


「明けましておめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」


 お互い頭を下げ、同時に頭を上げると、笑い合った。


「初詣もしましたし、帰りましょうか」

「そうだな」


 彼女の提案に頷いた後に、「あ……」と思い出してしまう。


「おみくじ引いてない」


 そう言うと、有希は澄ました顔して言って来る。


「あなたがご主人様で十分に大吉なんです。結果のわかってるくじを引く必要はありません」


 ズドンと心を射抜いてくるセリフになにも言い返せなかった。


 ずるいわ、この子。

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