第81話 膝枕の年越し

 ふと気がつくと、目の前に有希の顔が下から見えた。


「あ、れ……?」

「おはようございます」

「おは、よ……?」


 起きがり窓の外をボーッと見ると、すっかり日が暮れていた。


「……また、寝てた?」

「はい。気がついたら、すやすやと寝てましたよ」


 答えると、クスリと笑ってくる。


「私の膝枕、そんなに気持ちが良いいのですかね?」

「……ぅん……」


 ここで恥ずかしくて否定してしまうと、怒って膝枕をしてくれなくなりそうだから、素直に頷いておく。


 実際、彼女の膝枕は心地が良い。


 有希の温もりが優しさとなり、俺を頭から全身にかけて包んでくれるような感覚。好きな人の膝枕だからってのもあるけど、緊張よりも癒しが勝つ。


「な、なんじかん、何時間くらい寝てた?」

「そんな何時間も寝てませんよ。30分くらいでしょうか」


 言いながら彼女がスマホを見せる。


 17:32の数字が見えた。


「ほら、ね?」

「本当だな」


 さっきまで明るかったのに、起きたら暗くなっていた。加えて脳みそがかなりスッキリしているので、何時間も寝たと思ってしまう。


 今日に限って寝てしまうのは勿体無い。やはり年末年始は起きて年を越したいからな。


 相変わらず、有希の膝枕は効果抜群だ。


「さて、ご主人様も起きたことですし、晩御飯の支度でもしますか」

「お、今日はなんだろうな?」

「え……?」


 こちらの何気ない言葉に有希は小首を傾げた。


「なにって、一緒に買ったじゃないですか。おそば」

「ぬ?」


 有希の言葉にこちらも小首を傾げてしまう。


「年越しそばは晩御飯を食べた後に食べるもんだろ?」

「晩御飯の後におそばなんて、私、そんなに食べれませんけど」

「天一のからあげセット食ってたくせに?」

「ぐぬぅ……」


 珍しく有希を論破してしまった。賢い人の悔しがる顔ってのはちょっと優越感が芽生えてしまうな。


「ち、知識のない晃くんに説明してあげましょう」


 論破されたのが悔しいのか、知識で対抗して来やがる。


 プライドの高い妖精女王ティターニアなこって。まぁ、そうじゃなきゃ有希じゃないけどね。


「年越しそばってのは正直、大晦日のどのタイミングで食べても良いのです。朝でも昼でも夜でも。1年を労う意味を込めて、夜に食べる人が多いようですね。ただし注意として、年越しそばを残してしまったり、年を越した後に食べると金運が減少したりすると言われております。ですので、大晦日中に残さず食べるということが重要です」


「わぁ。博識ぃ!」

「どもどもー」


 拍手を送ってやると、有希は照れ臭そうにしていた。


「つまりは、夜深くなくても、いつでも良いから、有希は晩ご飯にそばって考えたわけね」

「ですです」

「でもさ、ごめんなんだけど、そばだけじゃ足りないかな……」


 育ち盛りな男子高校生の晩御飯がそばだけってのは物足りない。


「わかってますよ。ちゃんと、年越しそばセットにしますのでご安心を」

「わーい」




 ♢




 有希が作ってくれた年越しそばセットを平らげる。


 天ぷらそばに炊き込みご飯のおにぎりのセットは、シンプルながらにめちゃくちゃ美味しかった。


「大晦日のご飯が麺、麺になってしまいましたね」

「良いんじゃないか? 好きなもの食えて」

「それもそうですね」


 晩御飯を食べると、スマホをテレビ代わりに、色々と流し見をしていると、いつの間にかもうすぐ年が明けそうになっていた。


「年末っぽい過ごし方をしていると、もう、今年も終わりそうですね」


 有希が、流し見をしているスマホを見ながら言った。


「だなぁ。これぞ、年末って感じで良きよな」

「今年は色々とありましたね」


 有希がボソリと言うので、それを拾い上げて答えてやる。


「まさか、生徒会長の妖精女王ティターニアがメイド喫茶でバイトしているなんてな」

「もぅ。そのあだ名、本当に恥ずかしいのでやめてください」


 頬を膨らませながら可愛く怒る彼女へ、「ごみんごみん」と笑って謝る。


「その生徒会長様に脅されたんだよなぁ」

「脅してなんていません。お願いをしたのです」

「密室で?」

「秘密の話なのですから密室でしょ」

「鍵もかけて、あれ、本当怖かったから」

「あら。こんな美少女と密室になれたのにご不満で?」


 そう言われて、なにも言い返せれなかった。


「ちょ、ちょっと、言い返してくださいよ」

「いや、間違ってないし」

「わ、私が自分を美少女と思ってるナルシストみたいじゃないですか!」

「違うの? ちょこちょこ、自分を美少女とか言ってるよ? キミ」

「!? もぅ! 晃くんのバカバカ!」


 ぽこぽこと叩かれてしまう。


「あはは。ごめん、ごめん」

「もう言いません?」

「言いません。俺の専属メイドは美少女です」

「あー! また言った! バカにしてますぅ」

「あはははは! ごめんて!」

「許さないです……。ふん……」


 有希は、ふんっと明後日の方向を向いてしまった。


「まぁそっから専属メイドになってくれたんだよなぁ」

「知りません。ふん……」

「んで、色々あったよなぁ」

「ツーン」


 あらら。怒っちゃったな。


 もうすぐ年が明けるのに、このまま明けるのも良くない。


 素直に謝ってもダメだろうから、真剣な声で言ってやる。


「今年は本当に世話になったよ。ありがとう。有希」


 そう言うと、プルプルと若干震えて、ゆっくりとこっちを向いてくれる。


「ずるいですよ。そんな言い方されたら反応しないわけにはいかないじゃないですか」

「あはは」


 とりあえず笑って誤魔化した。


「来年もよろしくお願いします」

「当然です。晃くんは放っておくと、すぐに汚部屋にする能力の持ち主ですからね。私がいないといけません」

「本当、いつもありがとうございます」


 深々と頭を下げると、有希がじっと俺を見てくる。


 なにを考えているのかわからないが、なにを考えていても相変わらず綺麗な顔に見惚れてしまう。


「今年最後のメイドのわがままを聞いてもらっても良いですか?」

「良いけど。もう、今年も終わりだぞ?」

「大丈夫です。すぐにできるものなので」


 そう言うと、座っている俺の膝に有希が頭を乗せてくる。


「膝枕してください」

「ちょ!?」


 いきなり俺の膝に綺麗な顔の人が下から覗き込んでくるようにこちらを見てくるので、今年最後の動揺をしてしまった。


「晃くん、いつも私の膝枕で気持ち良さそうに眠っているので、どんなものかと気になりまして」

「お、とこの膝枕なんて、気持ち良くもないだろうに……」

「そんなことありませんよ。とっても安心します。癒されている気分です」


 寝返りをうつと、彼女の綺麗な髪が俺の膝をズボン越に擦れて、くすぐったいが、それは嫌なくすぐりでは決してなく、愛おしいくすぐったさがあった。


「ふふ……。晃くんが、寝てしまうのも……。わかる気がします……。これは、やばい、ですね……」

「眠たいのか? 寝ても良いぞ」

「ダメですよ……。一緒に年越したいです、し……」


 そう言うわりに、めちゃくちゃ眠たそうにしている。トロンと溶けそうな声がその証拠だ。


「無理すんなよ……」

「私も……」

「ん?」

「私の方が、晃くんにお世話になって……います……よ。私のご主人様になって、くれて、ありがとう、ございます……」


 もうほとんど寝言みたいな掠れた声を聞いて、有希はそのうち寝息を立てて眠ってしまった。


 流しっぱなしにしているスマホには、年が明けたので、みんなで大盛り上がりをしている動画が見える。


 今年の年越しは、専属メイドを膝枕してでの年越しとなった。


「有希。明けましておめでとう。今年もよろしくな」


 そう言いながら彼女の綺麗な銀髪を撫でた。

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