第80話 大晦日の耳かき

「天一のからあげ、めちゃくちゃ美味しくありませんでした?」

「確実にレベルを上げてきているよな。めっちゃうまかった」


 有希はノリでからあげ定食を頼んでいたけど、ボリュームが凄かったので、半分食べてあげた。久しぶりに天一のからあげを食べたけど、物凄い美味しかった。次は俺もからあげ定食を頼むとしよう。


 帰りにスーパーに寄って、年越しそばと、お菓子を買って家に戻る。


 年越しそばも、カップ麺とか100円未満の安いものではなく、《年越しそば》とスーパーで大いに宣伝しているものを購入した。値段は普段見かけるものよりもちょっと値は張るものの、大晦日に食べるそばだから多少高い方が良い。


 家に帰って来て、またコタツに入ってまったりとする。


 有希が紅茶を淹れてくれたので、先程買ってきた、お菓子を並べて、午後のティータイムと洒落込む。


「あ、この紅茶。もしかして、生徒会室で飲んだやつ?」


 聞いてみると、嬉しそうな顔をして答えてくれる。


「気が付きましたか」

「うん。砂糖もなにも入れてないのに、めちゃくちゃ美味しかったからよく覚えているよ」

「晃くんが気に入ってくれたみたいなので、取り寄せました」

「へぇ。やっぱり高級品なの?」

「値段は張りますね」

「そっか。なら……」


 財布を取り出そうとすると、「大丈夫ですよ」と優しく制止される。


「でも、食費は折半だろ」

「これは食費ではなく、雑費です」

「いやいや。雑費なの?」

「雑費なんです」


 変なところで意固地な有希は、軽く紅茶を飲んで続け様に言ってくる。


「私の好きな紅茶を晃くんも好きだと言ってくれたので、私が勝手にしたまでです。晃くんがお金を出すなんてしなくて良いのです」

「でもさ。今後も飲みたいし」

「頑固なご主人様ですねぇ。いらないって言ってるでしょ」

「頑固はどっちだよ」


 お互い変な意地を張って、小さな言い争いをしていると、有希が俺の耳をジッと見てくる。


「ん?」

「そういえば、今年ももうすぐ終わりなのに、メイドの定番である耳かきをしてあげたことないと思いまして」

「いきなりだな、おい」

「そうです」


 パンと小さく手を合わせて、なにか閃いたような声を上げる。


「紅茶の折半の代わりに、この大人気美少女専属メイドのゆきちが耳かきをしてあげましょう」

「お、おお、おおん」


 なんともな声が出てしまった。


「なんです? その微妙な反応は?」

「いや、耳かきってあんまり、ピンとこないと思ってさ」

「メイドの耳かきを経験できる人なんて少ないですよ。しかも、大晦日に」

「確かに。レアといえばレアか」


 そもそも、1人暮らしの家に専属メイドがいること自体がレア過ぎる体験だがな。


「さ。おいでおいで」


 有希がコタツから出ると、正座した膝のところを、ポンポンと軽く叩く。


 そこはかとなく母性を感じてしまい、甘えたくなる。これも彼女が妖精女王ティターニアと呼ばれる由縁なのか。いや、それはないか。美少女の膝枕に男としての単純な欲求が芽生えただけだ。


 断るという選択など考えられない俺は、素直に彼女の膝に頭を乗せることにした。


 何度か経験している有希の膝枕。相変わらず極上の感触である。


 最初は、気恥ずかしさがあったし、今も心臓が、ドキドキとしてしまうが、それよりも極上の感触の方が上回ってリラックスできる。


 前回は仰向けだったが、今回は耳かきということで、有希に背を向ける形で横になる。流石に有希の方を向くのは、俺みたいな高校生には刺激が強すぎる。


「あ……」

「なんです?」

「耳かきなんて持ってないぞ」


 我が家にそんなものはない。男は黙って小指を突っ込むだ。


「ご心配なく」


 そう言って彼女は頭の部分に綿がある、どこにでも売ってそうな耳かきをどこからか取り出した。


「常備しております」

「常備してんだ……」


 完璧美少女は大晦日に耳かきを常備しているらしい。もはや、その程度では驚きもしない。


「では、失礼して……」


 細かいことは気にせずに専属メイドが耳かきを開始してくれる。


「ほぉわ」


 なんともいえない感触を耳に感じて、なんとも言えない声が出てしまう。


「痛かったですか?」

「いや……。すごく、いい……」


 うまく表現できないが、なんだろう、彼女が耳かきをしてくれていると、幸福度がめっちゃ上がっている気がする。


 それは好きな人が膝枕をしてくれて、耳かきをしてくれているからだろうか。


「ふふ。良かったです」


 嬉しそうに言いながら有希が耳かきを続けてくれる。


「そういえば有希さ」

「はい?」


 耳かきをしてくれている中で、少しだけ気になったことを聞く。


「ゆきちってあだ名? 源氏名? メイド喫茶で働いている時の名前の由来ってなんなの?」


 もしかしたら、営業成績が良くて、1万円をやたらかっさらうから、とか?


「あ、ああ。あれですか。大した理由ではないのですけどね」


 思い出したように笑いながら教えてくれる。


「ウチの店では、新人入ったらみんなであだ名を考えるのですが、色々と候補がありましてね。《ゆっきー》、《ゆきりん》、《ゆゆ》とか、色々考えていただいた中で、《ゆきっち》というのがありまして、それを店長が若干噛んで、《ゆきち》と呼んだんです。それが由来ですよ」

「はは。あだ名なんてそんなもんか」

「そんなもんです」


 言いながら、耳かきを引っ込ぬいた。どうやら終了らしい。


「さ、晃くん。反対向いてください」

「!?」


 さも、当然のテンションで言って来るが、こちらとしては大問題だ。


「は、反対……だと!?」

「なにをそんな大袈裟に言っているのですか?」

「いや……。反対を向いたら……」

「……?」


 有希は気が付いていないのか? 完璧すぎてわからないのか?


 反対を向いたら、俺の顔面が、その、女の子の大事な部分にダイレクトアタックになっちまうんだぞ。


 いや、ダイレクトではないけどね。ミニスカだけどメイド服着てるけどね。


 でも、それでも、そこに顔を埋めるのは大人のビデオだけだろ。高校生が美少女の大事なところに顔面を埋め込ませて良いわけない。


「なにを戸惑ってるのか知りませんが、さっさとこっちを向いてください」


 有希が無理やりに反対側へと向かせるために、手で俺の体を引き寄せる。


 抵抗できるほどの力。だけど抵抗しないのは、俺も男の子ってこった。


 彼女の力に従って、体を、顔を、有希の大事なところへ着陸を果たす。


「……」

「どうです?」

「あ、はい。気持ちいです」

「なんだ。やたら抵抗するから、こっちの耳は敏感なのだと思いました」

「あ、はは……」


 いや、思ってたのと違うな。うん。いや、顔面がそこに埋まることはなかった。そりゃそうだ。普通に考えて、そこには埋もれないだろ。頭の中がおさるさんになってたな。


 でも、まぁ、普通に、有希の耳かきが気持ち良すぎて、そのまま眠ってしまいそうになった。

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