第79話 大晦日のお昼

 大晦日がやってきた。


 1年の締めくくりの日である最後の日。


 大晦日って俺は好きだな。なんだか世間が特別な日って感じがするし。


 子供の頃は、両親が夜更かししても良いよって言ってくれるから、頑張ってオールしようと試みるけども、結局、眠たくなって、いつの間にか寝て年を越していたってことの繰り返しだった覚えがある。でも、それが毎年楽しくもある。


 しかし、なんだ……。


 元汚部屋住人の俺が言うのもなんだとは思うが、今日は大掃除をして来年を迎える日と思うのだけど……。


「有希さんやぃ」

「なんですぅ?」

「なにもしなくて良いの?」


 大晦日のお昼前。


 外は寒そうな木枯らしが吹いているのがわかる部屋の中。


 俺と有希は、コタツでまったりと湯呑みに入った茶をすすっていた。


 温かいコタツで温かいお茶を飲み、静かにゆっくりと過ぎる時間。なんだか、おじいさんとおばあさんみたいなことをしているが、目の前にいるのは相変わらず、ミニスカメイドの銀髪美少女である。


「俺が言うのもなんだけど、今日って大掃除をする日なのでは?」


 問うと、有希は湯呑みを置いて、「ちっちっちっ」と指を振って教えてくれる。


「1年の最後の日である大晦日は、神様をお迎えする日なのです。神様をお迎えするのに、バタバタと慌ただしく掃除していては、神様も中に入りにくいのですよ。ですので、大晦日はこうやってまったりと過ごして神様をお迎えするのが礼儀なのです」

「なるほど。だから、前々から掃除をしていたのか」

「ですです」


 だから、こうやってコタツでまったりしているのか。このまったりにも意味があるとは、さすが完璧メイド。博識である。


「そもそもですよご主人様。なにもしなくても良いとは聞きますが、ご主人様になにかできることがあります?」

「できません」

「素直でよろしい」


 メイドからお褒めの言葉をもらう。


「今日は2人でまったり、のんびりと過ごすのが良いのですよ」

「良い日ですなぁ……」


 なんだか、温泉にでも浸かっているような声を出す。


 2人だけの時間が流れていると、油断したのか


 ギュルルル


 なんて腹の虫が鳴いてしまった。


 ──ん?


 いや、今のは俺じゃないな。


 一瞬、俺かと思ったけど、これ俺じゃないやつだわ。


 目の前を見ると、さっきまでまったり気分だった有希の顔面が、湯上がりみたいに熱っていた。


「ご、ごご、ご主人様ぁ? もうお昼ですものねぇ? お腹もすきますよねぇ?」

「おっと。2人っきりなのに誤魔化しにくるスタイルね。無謀な挑戦だが受けて立つわ」


 年末恒例の格闘技の試合開始を知らせるゴングのように、カンっと音が脳内で響いた気がした。


「なにを言っているのですか? 今のは、明らかに晃くんだったではないですか」


 有希の口撃はジャブのような嘘を放ってくる。


「清々しいほどに見苦しい言い訳。続けて」


 それを華麗に交わして、余裕の笑みで口撃を仕掛ける。


「自分のお腹が鳴っているのに気がつかないなんて、どんだけ鈍感なんですか? アホウドリの方がマシですよ」


 少しだけ重めの口撃がくるが、隠し通すつもりの後ろめたさがあるのか、いつもの有希に比べたらキレはない。


「おいおい。もう良いだろ。諦めろよ。有希がどんだけ美少女でも、腹は減るんだし、俺はなんとも思ってないっての」

「美少女……。くっ……」


 結果的に、俺の口撃がカウンターとなり、有希はダウンしたかのように、言葉を詰まらせた。


 しかし、ダウンから復活するように、有希は立ち上がって言い放ってくる。


「ど、どど、どうして普段鈍感なくせして、今日に限って鋭敏なんですか!?」


 なんだかヤケクソのような感じに聞こえてくる。


「そりゃ自分の腹の音くらいわかるだろ。ていうか、俺って普段鈍感なの?」

「鈍感です! 不協和音です! レクイエムです!」

「ファッションもおしゃれなら、悪口のレパートリーもなんかおしゃれだな」

「ばかばか!」


 とうとう、有希が単純で端的な口撃になってしまう。こうなったら勝負はついたも同然。


「晃くんはご主人様なんだからメイドを庇ってくださいよ!」

「2人っきりで庇うってどういうことよ?」

「うっさいです! とにかく、私のお腹が鳴ったのは晃くんのせいですので!」

「あ、認めた」

「ううう! うるさいですよ!」


 ビシッと指を差してくる。


「罰として今から天一を奢ってもらいます!」

「気に入ったの? コッテリラーメン」

「はい♪ あれを食べると元気が出ます」


 どうやら試合は終了した。


 なんだか、勝負に勝って喧嘩に負けたような結果になってしまったが、そんなことはどうでも良い。


 それよりも、自分の好きなラーメンを、好きな人が気に入ってくれたことが嬉しかった。


「じゃ、食べに行くか」

「行きましょ、行きましょ。今日はからあげ定食にします♪」

「ガッツリ腹減ってたんだな」

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