第78話 年末年始の予定

 クリスマスが過ぎると、世間は一気に年末ムードへと移り変わる。


 そこらで見たクリスマスツリーやリースなんかは総じて撤去されてしまい、残骸と言わんばかりにイルミネーションだけが取り残されている。


 スーパーでも、クリスマス用のチキンやらケーキやらが安売りされていると、どこか胸が痛くなる。


 世間の動きは俊敏で、名残惜しさを感じている場合ではないと言わんばかりに、正月用の飾りや食材となっており、日本の変わり身の早さには、感服するしかない。


 世の中の変化に驚きながら、買い出しにやってきた。


 いつものスーパーへと1人で入る。


 今日は、我が専属メイド様から特別なミッションをいただいたのだ。


「今日は寒いし、お鍋にしましょう」


 テンションが上がった。


 普通に鍋は好きだ。めちゃくちゃ好きだ。


 だが、鍋なんて冬にしかやらない上に、1人じゃ中々やらない。と言うか、作り方がわからない。


 しかし、今年の冬はメイド様がいらっしゃるので、鍋が食べられる。


 ただ、テンションが上がったのは良いのだけど、我が家には、土鍋がない。なので、食材を買うついでに、土鍋も買ってくるように頼まれた。スーパーに普通に売っているらしい。ついでにカセットコンロもあれば良しとの御伝達。


 上がったテンションそのままに、飛び出す勢いでスーパーへとやってきた。


 買い出しをしている間、我が専属メイド様は、俺の部屋の掃除と、自分の部屋の掃除をしてくれているらしい。いつも掃除してくれて本当に感謝しかない。


 食材を間違えて、メイド様へ手間を取らせるわけにはいかないと思い、鍋の具材を調べようとスマホを取り出したところでLOINが入っているのに気がついた。


 有希からだ。


『1人で大丈夫ですか?』

「初めてのお使いか!?」


 ついつい、文面にツッコミを入れてしまったが、その次のメッセージに買って来て欲しい材料が記載されていた。


 なるほど。俺が鍋の具材をスマホで確認することを見越して、予めLOINを入れてくれていたのか。流石は俺の専属メイド様。頭が上がりません。


 材料の中に、やたらと野菜が多いのは、しっかりと野菜も食べて、栄養を取れという有希の隠れたメッセージなのだろう。


 しかし、中にはこんなものを使うのか? とか、聞いたことはあるけどそんなもんスーパーに売っているのか? なんて代物もある。本当に鍋を作るのだろうか?


 料理初心者以下の俺が疑問に持っちゃいけないと思い、素直に書かれているものをカゴに詰めるだけの簡単な作業を終えた。


 レジをすまして、店を出る。


 ふゅううぅぅ。


 冬の冷たい風が吹いた。


「さむ、さむ。さっさと帰ろ……」


 競歩並みの速さで、俺は有希の待つ、マンションへ帰っていった。







 家の前に着くと、ポケットから黒革のキーケースを取り出した。


 普段裸で鍵を持ち歩く俺だが、これは有希からのクリスマスプレゼントだ。


「キーホルダーも付けないのは持ち運びにくいでしょうから」


 ということでもらったプレゼントだが、黒の光沢がカッコよく、気に入っている。


 散々、褒めちぎったプレゼントなので、今日も言うと、流石にくどいので、もう心の中に止めることにしている。


 有希ってファッションセンス良いから、プレゼントのセンスも良い。


 なんなの? 俺の片思いのメイドは最強なの? 最強か……。


 自問自答をしてから家の玄関を開けた。


「おかえりなさいませ」


 玄関を開けた瞬間に、玄関へ出迎えてくれる銀髪のミニスカメイド。


「ただいま」


 返事を返すと、ミニスカメイドは俺の持っている荷物を受け取ろうとする。


「いいよ。運ぶよ」

「何をご主人様の分際でよ迷いごとをほざいているのですか。これもメイドの仕事なので、とっととよこして、手洗いうがいをしてください」

「へーへー」


 若干口悪く言ってくるので、なんだか渡すのに気を使わなくなってしまう。


 ん? そういう作戦なのかな?


 そう思うと、この子の気遣いってえぐいな。


「うーうー。さみぃさみぃ」


 外が寒かったので、独り言みたいに呟いてから部屋に上がる。


「外は相当寒かったみたいですね」


 こちらの独り言を拾ってくれるメイド様の優しさを感じながら言葉を返す。


「めっちゃ寒かったぞぉ。早くコタツでぬくぬくしたいわ」

「じーっ」


 有希は、じっと俺の顔を見つめてくる。何か付いているのかと思わせるほど見てくると


「えいっ」


 なんて可愛いらしい短い声を発して、手を俺の頬へと持ってくる。


 彼女の手がなんだか微妙にぬるかった。


「ひゃぁ。ちめたぁ」


 有希が俺の頬を触って、氷でも触ったかのような反応を示す。


「私の手よりも冷たいなんて異常事態ですね」

「認めてるんだな。自分の手が冷たいの」

「これはすぐに鍋の用意をしないと。野菜たっぷり専属メイドの萌え萌え鍋、をすぐにご用意しますので、上がって待っててください」

「はーい」


 自分の家なのに、メイドに招かれるみたいに自分の家へと入っていった。







「ふぃ。うまかったぁ。ごちそうさまぁ」

「お粗末さまです。いかがでしたか? 専属メイドの萌え萌え鍋のお味は?」

「めっちゃ萌えたわぁ。萌え萌えキュンだったわ」

「でしょー」


 なんだか、冗談のような会話だが、決して冗談ではなく、三つ星レストランの料理を食べた気分である。


 このメイドのすごいところは、市販の鍋の素を使わずに、自分で調合した出汁で鍋を作ってくれたことだ。もはや、メイドというか、料理研究家と言うか、料理人と呼んでも過言ではないだろう。


「そういえば晃くん」

「んー?」


 まだ、美味しかった鍋の味をかみしめていると、有希から質問が入った。


「お正月はどうなさるのです? 実家に帰省なさるのですか?」

「正月かぁ……」


 そういえば深くは考えていなかった。


 家賃を出してやっているのに顔を見せないなんて親不孝者めが。


 なんていうタイプの両親じゃない。


 そもそも、ちょこちょこと母親は気分で俺の顔見に来ている。


 父親は、1人の時間が好きな人だから、別にどっちでも良いって言うだろうし。


「帰ったところでって言うのはあるよなぁ」

「帰らないんです?」

「この前母さんが顔見に来たしなぁ……」


 そう言った後


「有希は──」


 帰らないのか?


 なんて聞こうとしてやめた。


 彼女の家庭環境は複雑だ。俺から話を振って良い話題ではないだろう。それに、今までの感じから、彼女が帰省をしないのは明白だ。


 名前を呼んでから止まったものだから、彼女が首を傾げている。


「有希の年越しそば食べたいから、俺は帰らないよ」


 言葉の急カーブを受け取り、彼女が小さく笑った。


「私と一緒に年越ししたいのですか?」

「ま、まぁ、そのだな……。有希の萌え萌え年越しそばを食べたい」

「食い意地で誤魔化してます?」

「有希の料理は美味しいからな」

「流石にそばは市販ですよ?」

「それでも、有希のが良いんだよ」


 市販でもなんでも、有希が作ってくれたそばを食べて、ゆったりと年を越すということがしたい。いや、重要なのは、2人で一緒に過ごしたいってことだ。


「そうですか。市販で……。ふふ、安上がりでエコなご主人様ですねー」

「うるせ」


 失礼なことを言われたので、ちょっと不機嫌に返すと、小さく微笑んでくる。


「……ありがとうございます」

「なにが?」

「なんでもないですよーだ」


 べっと舌を出されてしまうと、機嫌良く鍋の片付けをしてくれた。

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