第77話 クリスマスプレゼント

「日が沈むのも早いよな」


 自分の部屋のカーテンを開けると、綺麗な月が見えていた。


 イタリアンレストランから家に戻る途中、駅の中でクリスマスケーキの叩き売りがしてあるので、大きなホールケーキを購入してから帰宅した。


 家に帰ってから、ちょっとゆっくり過ごしただけで、もうすっかりと辺りは暗く、夜と表現できる景色に変わっていた。


「ケーキ、出します!?」


 いつもはミニスカメイドの有希が、クラシカルエレガント風の可愛いファッションで部屋にいるのが新鮮である。そんな彼女は、妙にソワソワしていた。


「まだ早いだろ……」


 冬の日没は早い。外は夜と思えるが、時間的に言えばまだ夕方と言える時間。


 遅めの昼食だったため、お腹もそこまで空いていない。


「そ、そうですよね……。あはは……」


 シュンと、少し寂しそうな声を出す有希。


「お腹空いたのか?」


 聞くと、ブンブンと手を振られてしまう。


「いえ。お腹はそんなに空いていません」


 そう言いながらも彼女はスマホを取り出して言ってくる。


「クリスマスイヴと言えばピザですよね?」

「そうだなぁ。チキンとピザとケーキってイメージだな」


 人それぞれにクリスマスイヴのディナーのイメージってあると思うけど、俺はそのイメージが強い。


「だったら、ピザを予約しましょう」

「腹減ってんじゃん」

「減ってません。クリスマスイヴの予約はいっぱいなので、今から予約しないと」


 そう言い訳しながら有希がスマホを操作すると、その画面を見してくる。


「ほら見たことですか。今から予約したら2時間待ちです」

「お、おお。さすがクリスマスイヴ」


 今が17:30だから、19:30に届く。ちょうど晩御飯に良い時間になる。


「晃くん、晃くん。どれにします?」


 有希が楽しそうにこちらに近づいてくる。


 彼女がスマホを見せるために、顔を近づけてくるので、自ずと真横に有希の顔がある。


「いっぱい種類があって迷ってしまいますね」


 確かに、スマホの中には色々な種類のピザがある。


 しかし、そんなことよりも、こちらは好きな人の顔が近すぎてそんな場合ではない。


「この4種類のピザが楽しめるやつは欲しいですよね。あ、ですが、カニのピザも美味しそうです。冬といえばカニですよね。でも、今日はイヴだし、カニといえば年末年始のイメージの方が強いかもですね。だったら、普通にマルゲリータでも……。でもでも、せっかく日頃食べないデリバリーのピザですし……」


 有希は俺との距離なんて関係なく、ピザを吟味している。


「あ、晃くん。チキンとポテトが付いたお得なセットがあります。これは迷いなくポチるでしょ♪」


 なんだか幼い子供が、家族でクリスマスを過ごすみたいに、純粋で、無邪気で、見ていて微笑ましい気持ちになる。


「晃くんはどうしますか?」


 有希はスマホから俺の顔へ視線を向ける。


 そこで、彼女がようやくとキスできる距離まで詰め寄っていることに気がついたらしい。


「え、えと、ええっと……」


 彼女は距離を離すことはなく、そのまま視線をスマホに向けて少し恥じらった。


 いつもなら、なにか言ったり、距離を少し取られたりするもんなのに、今日はそんなことしなかった。クリスマスイヴだからだろうか。


「お、俺はカニのやつが、食べたいかな」


 そう言うと、有希から恥じらいの感情が消えて、嬉しそうに声を出した。


「やっぱりカニのやつ美味しそうですよね。私もそれを考えてたのですよ。良かったら、半分こしません?」

「う、うん。半分こしよう」

「じゃあ、他は──」


 さっきの恥じらいはなんだったのか、すぐに彼女は無邪気に次のメニューを決めようとしている。


 有希の情緒が少し変であった。







「すごく美味しかったですね」

「めちゃくちゃ美味しかった」

「「カニのやつ」」


 俺と有希の声が重なると、「あはは♪」と、部屋に楽しい俺と有希の笑い声が重なった。


「こ、今度こそ、ケーキ出します!?」


 どんだけケーキが食べたいんだって思って、小さく笑いながら彼女へ言ってやる。


「ベストタイミングだな」

「はい♪ では早速、ケーキを出しましょう」


 有希は立ち上がり、すぐそこのキッチンの小さな冷蔵庫から、駅で買ったホールケーキの入った箱を取り出した。


 それをコタツテーブルの上へ置くと、「おーぷん♪」と、るんるんな声で箱を開けた。


「おおー」


 実物は叩き売りされているところのサンプルで見たが、部屋で見るとまた違って見える。


 普通のイチゴの生クリームのケーキ。至ってシンプルでなんの変哲もないないホールケーキ。


 ケーキの頂上には、可愛いサンタとトナカイが仲良さそうに、ちょこんと乗っている。


「念願のケーキだな」


 からかうように言ってやるが


「念願のケーキです♪」


 いつもの彼女らしくなく、素直に踊るような声で言われてしまう。


「切り分けますね」

「念願なら、有希が全部食べても良いけど?」

「もう。こんなに食べられません」


 次のからかいはいつもみたいに返してくれたのだが


「一緒に仲良く食べましょ」


 そんな感じで返してくれるとは思っていなかった。


 相当素直な彼女へ、「仲良く食べよう」とこちらも素直な気持ちで頷いた。







 ケーキを食べている最中、有希はずっと嬉しそうに喋りながらケーキを頬張っていた。


 昼のテーブルマナーはどこへやら、子供みたいに口いっぱいにケーキを食べて、嬉しそうに、楽しそうにしていた。


 いつもはお姉さんみたいなメイドが、今日に限っては幼い妹のように感じてしまう。


 最後のサンタとトナカイも、有希へあげようと思ったが、「仲良く食べましょ」と言われたので、俺がサンタをもらい、有希がトナカイを食べた。


 クリスマスイヴのディナーが終わり、ゆったりとした時間が流れている。


 タイミング的には、今が最適だろう。


「あのさ、有希」


 俺は小さな長方形の包みを持って彼女の名前を呼んだ。


「これ、クリスマスプレゼント」


 恥ずかしくて、ちょっとぶっきらぼうな口調になってしまった。


 もちろん、クリスマスデートなのだからプレゼントを用意していた。前々から色々とリサーチをして、自分の中では中々に良いチョイスのプレゼントだと自負している。


 渡すタイミングが、いつに渡すか迷っていたが、今がこのタイミングだと思った。


「クリスマス……プレゼント……」


 まるで、長年求め続けたものを見るかのように、綺麗に包装された俺のプレゼントを眺めていた。


「あ、開けても?」

「もちろん。あ、でも、期待はするなよ」


 こちらの後半のセリフはまるで頭に入っていないのか、本当にサンタからプレゼントをもらった少女みたいに、わくわくしながら包装紙を綺麗に開けて、中身を取り出した。


「わぁ……」


 嬉しそうにプレゼントのペンを眺めていた。


 自分では買わないだろう高級ペン。


「有希は生徒会とメイド喫茶のバイトで忙しいだろうし、手帳に記入するのをよく見てたから、ペンが良いと思って」


 ペアものは恋人でもないし、高すぎるブランドものは重すぎる。


 普段使用するもので、自分では買わないものを選んだ結果、自分の中では中々に良いプレゼントをチョイスできたと思う。


「嬉しいです……」


 ギュッと、宝石を大事に守るみたいに胸元で抱える。


「そ、そこまで喜んでくれると俺も嬉しいよ」

「晃くんからのプレゼントならなんでも嬉しいですよ」


 自然とポロッと出たような言葉に、恥じらいもなく有希は続けた。


「例え、野の花でも、100円のブローチでも、お菓子でも……。晃くんが、クリスマスプレゼントとしてくれたのであればなんでも嬉しいんです」

「流石にそれは安上がりというか、失礼だろ」


 言うと、彼女はゆっくり首を横に振りながら、思い出すように言ってくれる。


「私は、今までクリスマスを誰かと過ごしたことがありません。家族はもちろん、大好きなお祖父様も、お店で忙しかったので、ずっと、1人でした」


 有希の家庭環境は、彼女から軽く聞いている。なので、そうなのかなとは多少思えてしまう。


「それが普通になってしまい、クリスマスなんてただの平日だと思っていたのですが、そんなのただの強がりです。本当は誰かと一緒に過ごしたかった。ずっと誰かと過ごしたかったのです。でも、私には、一緒に過ごしてくれる、家族も、友人も、いませんでした」


 有希は軽く俺の手を握ってくる。相変わらず冷たい彼女の手を温めるように握り返した。


「今日、晃くんが私とクリスマスを過ごしてくれて……。私の初めてのクリスマスを、晃くんが過ごしてくれて、映画見て、ランチして、ケーキも食べれて、はしゃいで、楽しい時間を過ごせて……。それだけでも十分幸せなのに、その上、プレゼントまでもらって……」


 そして、こちらへと微笑んでくれる。


「ありがとうございます。あなたがご主人様で私は果報者ですよ」


 真っ直ぐな彼女の言葉を受けて、上手い言葉が出てこない。


 なので、俺は彼女の綺麗な銀髪を撫でることにした。


「あ、あの……晃くん……」

「なんて返したら良いかわからないからさ」

「別に返さなくても良いんですよ? 私の素直な言葉ですし」

「それじゃ失礼というか……」

「返す言葉に困ったからって頭撫でるっていうのもどうなんですかね?」

「だめだった?」

「べ、別にだめじゃありませんけど……」


 拗ねたような物言いに、小さく笑ってしまう。


「じゃ、しばらくこのままで」

「で、でもでも、私もプレゼント渡したいのですが」

「今は、なでさせてくれるのがプレゼントってことで」

「むぅ。ずるいです」


 そして小さく言ってくる。


「そんなの、あなたの、なでなでが好きな私は断れないじゃないですか……」


 嬉しいことを言ってくれる彼女の言葉を聞いていないフリをして、聖なる夜は、専属メイドの頭をなでて過ぎていった。

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