第75話 逆に礼儀に反する
直通エレベーターがノンストップで最上階を目指している。
背後はガラス張りになっており、大都会の様子が伺える。
クリスマスイヴの昼前。沢山の人が行き交う中で、スーツ姿の人が1人で歩く女性に声をかけていたのが見えた。
ナンパ……ではなく、芸能事務所のスカウトだろうか。
大都会だからそういったものも珍しくはないのだろうが、初めて見たな。
「ふふ。もしかして、高いところは苦手ですか?」
声をかけられて視線を向けると、この人こそが芸能界デビューをするべきだろう美少女が小さく笑っていた。
エレベーターに乗っているカップルの男性も有希の美貌に見惚れてしまい、彼女さんに軽くドつかれていた。
「まぁ、苦手だな」
芸能人にスカウトされている人を見てた。とか、なんの話しの派生にもならないだろうから、そういうことにしておく。
実際、高いところは苦手だし。
「へぇ。素直に答えるのですね。晃くんなら強がりそうなものですが」
「この高さでちょっとビビッてる」
「そうですか、そうですか」
うんうんと彼女が頷いて、
「晃くんは高いところが苦手。覚えておきます」
なんて、彼女の記憶媒体に俺が高いところが苦手なことが記憶されてしまった。
まぁ有希ならば、それを利用してなにかしようと企むことはしないと思う。
……しないよね……?
そんな大層な会話もできる時間がないエレベーター内の時間はあっという間に過ぎて、最上階の映画館に到着した。
エレベーターが空いた瞬間、ポップコーンの良い匂いがこちらまでやってくる。
「良い匂いがしますね」
有希も同じらしく、まずは嗅覚で感じた感想が出ていた。
次に視覚での感想が飛んでくる。
「映画館って独特な雰囲気が出ていますよね。薄暗くいけど、その暗さは嫌じゃないというか……」
「わかる。この雰囲気は映画館でしか感じられないよな」
薄暗いけど全体が見渡せる映画館のロビー。殺風景でだだっ広いロビーには、無音の映画告知動画がそこらの壁に埋め込まれたモニターで宣伝されている。
館内にある限定ショップには、今、上映されている映画のグッズが色々と売られている。
フードコーナーには、映画館の定番のポップコーンをはじめ、ホットドッグやピザなんかも売られている。デザート系もクレープやらアイスやらがある。もちろんドリンクも豊富だ。
「ええっと……チケットは……」
あまり映画館には来ないので、チケット販売のレジを探していると、トントンと肩を叩かれた。
「晃くん。あそこではないですか?」
有希が指差した先にあるセルフレジの真上の壁におしゃれな文字で、『TICKET』と書いてあるので、間違いなくあれがチケット販売のレジだろう。
「今はなんでもセルフレジだよな」
セルフレジに並びながら、ポツリと呟くと有希がその話題を拾ってくれた。
「そうですね。私としてはセルフレジがありがたいですけど」
「そうなんだ。現代っ子だねぇ」
「やはり便利ですね。特に、最近のイロンでは店舗によって有無が生じますが、買い物専用スマホを持ち歩いて、それでバーコードをスキャンして、専用レジで会計してそのまま終わりなんですよ。便利過ぎます」
「観点が主婦なんよなぁ」
「主婦じゃないです。あなたのメイドです」
濁りのない、真っすぐな目をして言うセリフかよ。
そうツッコミたいが、嬉しくてツッコめずにいた。
♢
チケットを購入して、3番のスクリーンに進む。
ズラッと、いくつもの座席が段になり、スクリーンに向かって並んである。
席は結構埋まっていたが、真ん中よりちょっと後ろの席が2つ連なって空いていたので、そこにすることにした。
予約をしていた人が良い席を確保できているようだが、当日チケットにしては悪くない席だろう。
「Ⅰの……10と11……」
チケットで座席を確認しながら席を探すと、自然と視線が他のお客さんに向いてしまう。
やっぱりと言うべきか、ほとんどがカップルで来ているみたいだ。
ただ、年齢層がめちゃくちゃ広い。俺達みたいな中高生カップルもいれば、大人のカップルもいるし、初老の夫婦もいたりした。
「あ、晃くん。ここですね」
有希が段の小さな階段を先に上がっていると、立ち止まった足元に、Ⅰと書かれているのがわかった。
「そうみたいだな」
彼女が先に、「すみません」と座ってる人達に言いながら先陣をきって席に向かうので、俺も真似して、「すみません」とカニ歩くで座席に到着する。
新幹線みたいな座席のお尻の部分が折りたたまれているので、座席を広げて腰を下ろす。
有希は座席に座ると、小さめのショルダーバッグを膝元に置き、マフラーも外して軽く畳んで、バッグの上に置く。そして、ベレー帽も外して、マフラーの上に丁寧に置いた。
彼女は、手櫛で髪の毛を整えると、チラリとこちらを上目遣いで見てくる。
「晃くん。髪の毛、変じゃないですか?」
「いや……」
パッと見た感じは変にはなっていない。段になっていたり、跳ねていたり、そんなことはなく、いつもの綺麗な銀髪である。
俺は自然と彼女の頭に手を置いて、髪の毛を優しく撫でるように触ってみた。
「全然、変じゃないよ」
「ちょ、ちょっと、晃くん……!? こんな人前で……!」
「あ、ご、ごめん!」
つい、その美しい銀髪に触れてしまい、咄嗟に手を引っ込めた。
そりゃ、いきなり髪の毛を触られたらいやだろう。
「触る気がなかったというか、いや、触りたかったんだけど……、その、なんていうか……」
どう説明すれば良いのかわからなくなり、しどろもどろになって言い訳をしてみせる。
「や……。勘違いしないでください。別に晃くんに触られたくないわけではなくて、周りに人がいるのに頭を撫でられるのが恥ずかしいというか……」
珍しいタイプの勘違いしないでをもらい、困惑に拍車がかかりながらも周りを見渡す。
こんな公共の場で、頭を撫でるなんて真似して、他の人の迷惑になっていないだろうか。
『主演の女優がめちゃくちゃ可愛いんだよね』
『なのちゃんの方が可愛いに決まってるだろ♡』
『まさきゅん♡』
「「……」」
『今日も可愛いよ、えりりん♡』
『みぃくんもかっこ良すぎて他の女に取られないか不安だよ』
『何言ってんだよ、俺はえりりん意外興味ないっての』
『みぃきゅん♡』
「「……」」
俺達はフリーズしてしまったが、先にフリーズを解除したのは有希の方だった。
「頭撫でてください」
「え、ええ?」
「郷に入っては郷に従え、です。これは逆に頭を撫でてくれないと礼儀に反します」
「礼儀に反するの?」
「そうです。さぁ、存分に頭を撫でてください」
そう言って、頭を差し出してくるので
「じゃ、じゃあ……」
と遠慮なく彼女の頭を撫でることにする。
さわ、さわ……。
きめ細かく、艶やかな彼女の銀髪を撫でる。
撫でる度にシャンプーの匂いと、有希の匂いが混ざった香りがして、頭がボーっとしてしまう。
俺は映画館で片思いの女の子の頭を撫でている。
どんな状況だよ……。
「な、なんで無言なんです?」
「な、なにを言えば良いんだよ……」
「お、女の子の、頭を撫でて感想の1つもよこさないなんて、礼儀に反します」
「これも礼儀に反するのか」
「そうです。なにか言わないとだめです。さ、さぁ、感想をよこしてください」
言われて、頭を撫でながら正直に言う。
「い、良い匂いが、好きな匂いがする……」
結構勇気を出して踏み込んだ感想を言った瞬間に辺りが一気に暗くなった。
それにビクッとなって、手を引っ込めた。
「は、はじまりますね。ええ。始まりますよ」
有希は若干、呂律が回っていない様子で言うと、スクリーンを見た。
さっきの踏み込んだセリフはスルーされてしまったが、よくよく考えると恥ずか死するようなセリフなので、そのままスルーでも良いと思ってしまう。
暗くなり、スクリーンの光だけがこの場所を照らし出す。
「あ、あなたの……」
スクリーンに映し出されるCMを見ながら、有希がポツリと呟いた。
「頭なでなでは、き、嫌いじゃありません……」
いえ、と言いながら、顔をこちらに向けてくれる。
「好きな、なでなでです。ですので、また今度頭を撫でさせてあげます」
そう言うと有希は、恥ずかしさを隠すように、視線を再度スクリーンに向けた。
俺も、恥ずかしさを隠すように、視線をスクリーンに向けたが、チラッと、薄暗い中での有希の横顔を見つめてしまう。
やっぱり、この子のこと好きだわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます