第74話 遅ればせながら
すっかり枯れてしまった寂しい街路樹達に見守られながら、大都会に出没した
ほんの数mだけの旅路にピリオドをうつように、ゆっくりと駆け出した足が弱まり、ついには立ち止まってしまう。
「あの……」
白い息と共に吐かれる、少し恥じらいを感じられる疑問の声。
有希は手を離すと、少し頬を染めて、もじもじとしながら小さく尋ねてくる。
「きょ、今日は、どこに行くんですか?」
「ぷっ」
彼女の疑問に、ついつい吹き出してしまった。
「いきなり走り出すから、どっか行きたいところでもあるのかと思ったよ」
「……ぅっ……」
小さくダメージを受けたような声を漏らしていた。
しかし、開き直ったかのように胸を張り、恥を隠すように言ってくる。
「し、しょうがないじゃないですか。クリスマスだからテンション上がったんですよ」
セリフを放った後に、自分でも恥ずかしい言葉を発したのに気がついたみたいで、更に頬を赤く染めていた。
最近、有希のこういう人間として可愛らしい姿を見る機会が多い気がする。
ちょっと前までは、クールで凛としていて強くて完璧な生徒会長ってイメージだった。弱点などなく、どこか近寄り難い。そんなイメージだったのに、こんなにも可愛い一面を見せてくれて嬉しい限りである。
「そこ。ニヤニヤしないでください」
どうやら、無意識に顔がニヤけていたみたいで、無意識に手が顔にいってしまう。
やばいな。こんな大都会でニヤニヤしてたら、真の変態となってしまう。
なんとか顔を元通りに戻して、彼女がしてくれた質問に答えることにする。
「まずは映画でも見よう」
立ち止まったところの目の前のビルは、最上階に映画館がある三角形のビルだ。1階の玄関口には大きな映画の広告がズラリと並んである。それらを指差して提案する。
こちとらクリスマスデートなんて初めてだ。
ネットと本屋の知識を借りて、色々と考えた結果、映画からのランチでとりあえず前半戦はいこうと思っている。
後半戦は、ショッピングからのイルミネーションを見て、様子を見ながらの帰宅かディナーと計画をうってある。
超有名なテーマパークも考えたのだが、あちらは恋人同士の方が良いとか、付き合う前にそこで告白するのが良いとか。いやいや、それは重いとか、それくらいがロマンチックだとか……。
多種多様な意見がありすぎて、混乱してしまった。
そのため、無難な大都会デートをチョイスすることにした。
「映画、ですか」
呟くように言った後に彼女は、ニコッと微笑んで答えてくれる。
「良いですね、映画。見ましょう」
有希が嬉しそうに返事をしてくれたので、内心、ホッと安心する。
もし有希に、映画は好きではない、と言われたどうしようかと少し不安だったが、ノリ気で応えてくれて良かった。
お互い、現在上映中である数枚の広告の前に立つと、それらを見比べる。
アクションに純愛にホラー。アニメやコメディもある。
種類がありすぎて逆に決められない心理状態。
「なにか見たいのある?」
見たいものがあるのなら有希の見たいものを優先しよう。という、男しては少し情けないが、理に叶っている作戦に出る。
「そうですねぇ……」
選んでいる視線の先がホラー映画の広告であった。
やっべ。俺、ホラーってめっちゃ苦手なんだよな。
夜におしっこ行けなくなるレベルでビビりだから、できればやめて欲しいのだけど、有希が見たいというのなら男らしく見て、散るとしよう。
3日3晩はまともに寝れないだろうな……。
「これが良いです」
指を差した瞬間、3日は寝れないのを覚悟を決めた。
「へ……」
なんとも拍子抜けな声が出てしまった。
「なんです? 私が純愛ものを選ぶのが変ですか?」
彼女が選んだのは視線の先になかった純愛ものの映画であった。
「い、いやいや」
予想外の安堵の声を漏らしながら、ブンブンと手を横に振った。
「本当にそういう意味じゃなくてさ。視線の先がホラーだったから、てっきりそれを選ぶと思って」
「あ、あー。確かに、このポスターを見ていましたね」
納得してくれて、有希は顔を少しだけ歪める。
「私、ホラーって苦手で……。見たら3日3晩はまともに寝れないだろうなぁ。と思いながら眺めていただけです」
俺と全く同じ思考回路に、嬉しくなってしまって笑ってしまう。
「ぷっ。くく」
「あ、あー! 笑いました! 晃くんが笑いました!」
「いや、ちがっ……。くくっ……」
「何が違うんですか!? 言ってください! 言わないと、晃くんの人生にピリオドをうちます!」
顔を赤くして必死に怒る彼女へ思いの丈を伝える。
「俺もさ、有希と同じでホラー苦手なんだよ。だから、同じだなぁって思って」
そういうと、唇を尖らせて拗ねたような顔を見した。
「同じなんだったら笑う権利はないと思うのですが……」
「だって、有希と同じだと思ったら嬉しかったからさ」
「う、嬉しいって……」
有希は視線を伏せた後に、恥ずかしそうに睨んでくる。それを見て、自分の言ったセリフが随分と恥ずかしいものだと気がついてしまった。
「そ、そんなことを言う晃くんには罰が必要です。今度、一緒にホラー映画をレンタルの刑です」
「それって自分の首もしめてない?」
「……」
こちらの指摘に少しの沈黙が流れた後、有希は自信満々に言ってくる。
「誰かが怖がっていたら、私はマウントを取ってイケる口です」
「腹黒というか、最低というか」
そう言うとお互い笑い合い、「行きましょ」と、最上階にある映画館直通のエレベーターを待つ。
「あ、そういえば忘れてたな」
エレベーターを待っている間に、忘れていたことがある。
「どうかしました?」
首を傾げる有希へ、彼女の全体を見ながら言い放つ。
「今日の有希のファッション。すごく似合ってるよ」
「……なっ!?」
ボンッと一気に有希の顔が沸騰した。
「い、いい、いきなり、なんですか!? エレベーターを待つ暇つぶしでからかってくるなんて……」
「本当はもっと早く言いたかったんだけど、テレビの取材と、いきなり有希が走り出したから言うの遅れちゃってな」
ネットと本にも、女の子のファッションは褒めるべきだと書いてあったので、これだけは言っておかないとと思っていた。
「普段、制服とメイド服しか見ないからな。有希はなに着ても似合うと思ってたけど、今日の服は特別似合ってる」
とにかく褒めろ、とのご教授を得ているので褒めまくる。
「や、そ、その、は、はい……。ありがとう、ございます……」
いつも、ハキハキと喋る有希には珍しく、ゴニョニョと小さく呪文を唱えるような小さな声。
「あ、ほ、ほら、エレベーターきましたよ。乗りますよ」
「お、おう」
効果はあったように感じるが、今のは服を褒めた感じになってしまっただろうか……。もっと、可愛いとか、その服は有希のために存在するって言った方が良かったか?
流石にそれは恋人同士じゃないといえないか……。
今はこれで精一杯である。
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