第72話 終業式

 終業式が行われた。


 体育館に詰め込まれた俺達学生は、南極とは言わないものの、暖房もない最悪な環境のもとで、校長先生を始めとする偉い人達のありがたいお言葉を頂く羽目になっている。


 夏の始業式と変わらずに、えー、とか、あー、なんて話下手な校長の長い話と、冷蔵庫並みに冷えた体育館が合わさって、学期末も地獄を味わうこととなった。


 もう、ほんと、誰も気に留めてないからやめて。マジで。


 夏と違い、寒すぎて逆にイライラはしない。イライラはしないが、凍えるような寒さにみな体を震わせている。鼻を啜る音や、くしゃみを連発する生徒も続出している。


 それでも話をやめない校長。よく見ると、校長の口からも白い息が出ているのが見えて、震えているのがわかる。


 寒いのならやめれば良いのに、なぜやめないのか。あの校長、凍っても喋り続けそうだな。


『えー。校長先生。ありがとうございました』


 流石の教員も、こちらの震えに気がついて、強制的に話をやめさせた。


 それに対し、ご不満の様子。どんだけ喋りたいんだよ。と、体育館にいる全員が思ったことだろう。


 もう、全員が寒さの限界を迎えている中、校長と入れ替わりでステージに上がる銀髪の美少女を見た瞬間、生徒達の雰囲気が変わった。


 まるで、雪山で美しい妖精に出会ったかよようなファンタジー体験。


『みなさん。おはようございます』


 挨拶1つで、皆が寒さを忘れ、妖精女王ティターニアへと注目をする。


「いや、まじで妖精女王ティターニアだわ」


 隣のクラスの男子達の、コソコソとした話声が聞こえる。


「あれで彼氏なしってまじなん?」

「あれ? 文化祭の噂じゃ彼氏と回ったって……」

「いやいや。あれはもう、みんなただの噂ってことで、みんなクリスマス前に告りまくってたぞ」

「まじで? それで、誰か付き合えたのか?」

「無理みたいだな。サッカー部の船橋ふなばしでさえも無理だったらしい」

「まじかよ。あの、近衛の次にモテモテの船橋でもかよ?」

「ああ。近衛の次にモテモテの船橋でも無理だったんだ」


 正吾の次にモテモテの船橋、なんかめっちゃ噛ませ犬みたいな感じに言われてるな。


 てか、やっぱ正吾ってモテる認識なんだな。まぁ、同性からしてもイケメンってわかるし、そこらの芸能人より顔だけは良いもんな。


「あんな美人とクリスマスデートしたいよなぁ」

「夢みたいだよなぁ。あー、良いなぁ。男の理想だよなぁ」

「なぁ? もし、妖精女王ティターニアに彼氏がいて、クリスマスデートしてたらどうする?」

「とりあえず、最初はグーだな」

「おんおん。そっからの、チョキいってからの」

「「パーでフィニッシュ」」


 隣で、やたらと物騒な話をしている。


 どうやら有希とのクリスマスデートがバレた場合、俺はジャンケンの要領でしばかれるらしい。


 注意しないと……。


 そう思いながら、ステージで演説のように喋っている有希を見てみる。


 遠目から見ても、そのキラキラと光る銀髪が美しく、整った綺麗な顔立ちがわかる。


 ここから有希を見ていると、彼女の存在が、本当にファンタジーに出てくる妖精に思え、遠く、手の届かない存在に感じる。


 俺は本当にあの妖精のような彼女と、近しいのだろうか。


 彼女の存在が美しく、眩しく、儚く、なんだか無性に不安になってしまう。


「……」


 なんとなく、周りにバレないように彼女へピースサインを送ってみた。


 あちらから、こちらは見えないだろう。


 ──ピッ。


 そう思っていたが、有希はピースサインを返してくれた。


 ザワッ。


 体育館が騒ついた。


 そりゃいきなり、生徒会長が終業式の挨拶の途中でピースしたら何事かと思うのが通常の思考回路。


『あ、あー。ええっと……』


 焦ってる、焦ってる。


 見た目には、そこまで動揺していないように振る舞っているだろうが、俺にはわかる。あれは相当テンパってる有希だ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


『みなさんっ! 冬休み、さいっこうの冬休みにしましょうねっ! イェイ♪』


 有希はそのままピースサインを全員に向けて言い放つ。


 なにそれ、めっちゃ可愛いんですけど。


 イェーイ!!


 ノリの良い人達による拍手喝采が起き上がり、有希はスタンディングオベーション並みの喝采の中、そそくさとステージを降りて行った。







 ようやくの終業式が終わった。


 皆、安堵の息を吐き、白い息が交差する中、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下を使って校舎内へと戻って行く。


「なんか妖精女王ティターニアのテンションおかしくなかった?」

「どこのトップアイドルだよって感じで、尊死したわ」

「わかりみが深み。あんなんそこら辺のアイドルより推せるわ」


 そんな会話を外野で聞きながら、校舎へ戻ろうとすると、「晃くん」と名前を呼ばれた。


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには妖精女王ティターニアの姿があった。


 美しくも堂々と渡り廊下に立っている姿は、まさに妖精女王ティターニアに相応しい。


 だが、妖精女王ティターニアとの契約では、学校内、それも他の人の目があるところでの名前の呼び合いは禁忌タブー


 しかしながら、どうやら、自分で禁忌タブーを破っていることに気がついていないらしい。


 だから、何人かの生徒が俺と有希を見比べて、どういう関係か気になると言った様子で見比べていた。


 そこで、ようやくと自分の禁忌タブーに気がついた有希はいきり、「HEY!」とポップな感じを出してくる。


「ヒデアキ コウくん。カモン、ジョイナス! イエッ!」


 誰だよ、ヒデアキ コウくん。


 しかし、俺と有希を見比べていた生徒は、「……?」と、シコリの残るような表情を残していた。そりゃ、真面目な生徒会長が、いきなりフランクな感じで登場してたら不審に思うのも無理はない。だが、本人に聞くほどでもないのか、なにも言わずに去って行った。


 ここで逆に行かないのは不自然なので、彼女のところへと駆け寄る。


「ふぃ。機転の利いた偽名でなんとか誤魔化せましたね」

「本当にあれで誤魔化せているのか?」

「完璧です」


 判定はグレイゾーンな気がするが……。


「有希ってたまにバグるよな。さっきのピースもそうだけどさ」


 笑いながら言うと、「そうです!」と思い出し、若干怒った口調で問いかける。


「さっきのピースはなんなんです?」

「え、あれは……」


 なんか情緒不安になってやってみた、とか言うと、気持ちがられるかもしれないから、言葉に困る。


「嬉しくって、つい返しちゃったじゃないですか」

「嬉しかった?」

「はわっ」


 素のリアクションで、手を口元に持っていった。


「や、あれは、その……」


 ゴニョゴニョと声にならない言葉を呪文みたいに唱えていると、キリッと睨んでくる。


「あ、あなたのせいで私は変な子認定されてしまいました」

「いや、アイドル認定されてたけど?」

「これは罰が必要ですね」

「てかさ、さっきの、ヒデアキ コウくんの方が変な子認定されたんじゃない?」

「今から一緒に体育館の片付けです」

「でたよ。話を聞かずにゴリ押しするチート」


 彼女は俺の話を聞かずに、ビシッと指を差してくる。


「あなたに拒否権はありません。さ、行きますよ」


 そう言われて、どこか笑みを零してしまう。


「はいはい。やりますよぉ」

「むぅ。なんか、罰を受けるのに余裕なのがムカつきます」

「片付けが終わったら冬休みだしな。そりゃ、余裕も生まれるってもんだ」


 思ってもいないことで誤魔化した。


 本当は、学校でも好きな人と一緒にいられれば嬉しいに決まっている。


「冬休み、ですね」


 こちらの言葉をすくいあげて、呟くと、有希はこちらへ微笑んでくれる。


「最高の冬休みにしましょうね♪」


 さっきみんなに向けた言葉を、今は俺だけに向けて放ってくれる。


 その言葉を受け、さっきの不安は完全に消え、冬休みを迎えることができた。

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