第71話 久しぶりのボーイズトーク

「ちくしょぉ……」


 涙を流しながら、牛丼の特盛を流し込む正吾の隣で大盛り牛丼を食べる。


 期末テストが終了すると、冬休みまで半日授業が続く。


 有希は年末に向けて生徒会が忙しくなるみたいだ。なので、正吾と久しぶりに2人で昼食を取ることになった。


 回転寿司と悩んだが、牛丼が食べたくなったので、有名牛丼チェーンの吉信屋にやってきた。最近の牛丼屋はドリンクバーもあって、楽しい場所になってきている。


 ちなみに今日は、期末テスト結果が返ってきた日。


「あと1点くらいおまけしてくれよなぁ……。てやんでぇ、バーロー……」


 正吾は数学が1点足らず、見事赤点になってしまったらしい。赤点を取ったら、クリスマスイブの日とクリスマスの日に補修になってしまう。


「白川と仲良くな」


 どうやら白川も数学で赤点を取ってしまったみたいだ。


 確かに、今回の数学はめちゃくちゃ難しかった。先生の嫌がらせではないかと思うほどで、平均点も異常に低かった。


 あれ、マジで先生がクリスマスを妬んだ嫌がらせなのではないだろうか……。


 それでも、赤点は赤点。嫌なクリスマスプレゼントを受け取ってしまうことには変わりなし。


「うう……。晃は良いよなぁ……。補修じゃなくってよぉ……」

「ああ」


 有希に散々しごかれたからな。


 メイドが鬼と化し、鞭打つ勢いで勉強を教えてくれた。


 そのおかげで余裕で赤点を超えられたから、感謝しないといけない。


 でも、あの鬼の授業はもうこりごりである。


「まぁまぁ。そう泣くなって。ほら、紅生姜食えよ。俺のおごりだ」


 無料の紅生姜を取り皿に入れて正吾に渡してやる。


「う、う……。ありがとよぉ。こぉ……」


 正吾は取り皿の紅生姜をそのまま食べた。


「晃の紅生姜。染みるぜぇ」


 正吾は無料の紅生姜を食べて立ち直った。


「あ、そうそう」


 思い出したように、一旦、丼を置いて、こちらに新規の話題を振ってくる。


「白川と言えばよぉ。この前、晃の家でやった勉強会の帰りに誘われたんだよな」

「え……」


 まさか……。白川って正吾狙いだったのか。


 ふむ。


 別にそこまで驚愕することでもないのか。


 正吾は見た目だけは高嶺の花みたいな存在だ。


 それを狙う美少女、白川琥珀。


 2人が並んで繁華街を歩くのを容易に想像できる。それも思想的カップルとして。


「野球部」

「んだよ」


 パチンと、膝を叩いてしまう。


 とうとう、正吾から色恋沙汰を聞けると思ったのに。正吾のくせに倒置法を使ってくんなよ。


「ん? てか、野球部?」

「まぁ、野球部って言っても、助っ人だけどな」

「ああ。助っ人ね」


 そう聞いて納得する。2年のこの時期に正部員として誘うなんてことはほとんどないだろうしな。


「1月に練習試合するんだけど、1人足りなくて、経験者なら来てくれって言われてな」

「練習試合……」


 ひぃ、と昔を思い出してしまった。


「この寒い時期に、悴む手で野球とかえぐいよなぁ」


 キャッチボールすら痛くてしたくないってのに、よくもまぁ、練習試合なんて組んだものだ。かといって基礎トレは嫌だし。野球部にとって冬はマジの地獄よ、本当に。


「で? 行くのか?」

「まぁ、暇だしな。ウチの学校でやるみたいだし、オッケーした」


 でもなぁ、と正吾は何か引っ掛かりがあるような声を零していた。


「でも?」

「いや、たかだか練習試合なのに、なんか切羽詰まってるっていうか。えらい窮地に追い込まれてるっていうか。白川のやつ、そんな感じだったんだよな」

「ふぅん。練習試合、だよな?」

「練習試合だと思うけどなぁ」

「まぁ、こんな時期に公式戦なんかないもんなぁ。仮にあったとしても、もう選手登録も終わってるだろうし」

「だよなぁ」


 なんだかシコリの残るような話題だが、俺達が深く考えても答えはでないだろう。


「とりあえず正吾が試合に出るってこったろ? 応援、言ってやろうか?」

「応援に来るなら晃も出ろよ」

「いや、俺が出たら部員が出れないだろうが。部員差し置いて助っ人が出るなんてできるかよ」

「あ、それもそっか」


 納得した正吾は頷いて、キメ顔で言ってくる。


「晃が応援してくれるなら、俺は頑張れるぜ」

「それを女子に言えや。俺に言っても仕方ないだろうに」

「女子なぁ……」


 呟いて天井を見上げた。


 珍しい。


 いつものならその手の話題ってのはスルーなのだけど、今日は乗ってくる。


 こちらの顔付きに、さすがの正吾も察したみたいで、説明口調で語り出す。


「今まで晃と芳樹としか連んで来なかったからよ。女子とどう接して良いかなんてわかんねぇ」


 本心をサラッと言って、こちらを見てくる。


「それは晃も同じだと思ってたけど、晃は大平と付き合ってるしな」

「つ、つつ、付き合ってはないぞ?」


 いきなりこちらの話題になるので、ちょっと言葉が詰まってしまった。


「あー」


 ジト目で見てくる。


「結婚してんだっけか?」

「し、してねぇわ。てか、できるかっ。まだ17じゃい」

「あはは。動揺してやんの」


 珍しくこちらをイジってきやがる。正吾はどこか満足そうに笑った後、真剣に言ってくる。


「同じだと思ってたけど違う。晃は、形はどうであれ、女子と親密な仲になっている。俺は晃を言い訳にして女子を避けていたんだと思ったよ。晃を見習って前進しないといけないのかもな。いつまでも、晃に依存してたら、お前達の迷惑だし」

「いや」


 俺は首を横に振って否定させてもらう。


「依存してるのは俺の方だ」


 これだけは譲れない真実だ。


 正吾がいなかったら今の俺はあり得ない。あの時、怪我をして絶望に打ちのめされていた俺の手を引いてくれたのは間違いなく正吾だ。

 俺は正吾に感謝しているし、これからも感謝し続けるだろう。


「ほんじゃ、まぁお互いに依存してたってこったな」


 しかし、正吾もその部分を否定するつもりはないらしい。


 その話題が本題ではないだろうから、この件は置いておき、正吾の話を聞くことにする。


「なんであれ、いつまでも晃に依存してちゃいけねぇ。俺も、告白してくれる女子の気持ちを真剣に考えないと」


 まさか正吾の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。


「もしくは、好きな人を作るとかな」

「好きな人、かぁ……」


 深く、しみじみと言った後、不安そうに言ってくる。


「今更、できっかな?」

「なに言ってんだ」


 バカにしたわけではないが、ついつい鼻で笑ってしまう。


「まだ2年の冬だぞ。来年は受験だけど、まだまだこれからじゃねぇかよ」

「まだまだこれから、か」


 正吾は深く考えると、頭をかきむしってから俺に頭を下げてくる。


「師匠! 恋愛を教えてくれ!」

「牛丼屋でいきなり大声で言ってきやがるな、ちくしょうめっ!」


 あー! こいつの大声に、昼休憩のサラリーマンが睨んできてる。高校生の分際で恋愛語ってんじゃねぇよ、みたいな雰囲気で睨んでいる。めっちゃ怖い。


「頭上げろ。そんなもん、俺が聞きたいっての」


 頭を上げると正吾が言ってくる。


妖精女王ティターニア捕まえておいてなにをビギナーぶっているんだよ、晃」

「ビギナーだわ。彼女いない歴=年齢はビギナーもビギナーだわ」

「ビギナーズラックで妖精女王ティターニアは最高のビギナーズラックだな」

「ちょっとうまいこと言うやん。正吾のくせに」

「だろ」


 ビッと親指を突き立てて、互いに拳を合わせた。こういう男子ノリもなんだか久しぶりだ。


「で? クリスマスは大平と過ごすのか?」

「まぁ……」


 正吾には隠してもしょうがないので、素直に白状しておくと、意外にも興味ありそうに質問を続けてくる。


「デートの場所とかは決まってるのか?」

「一応、考えてはいるが……」


 ネットだけだけど、そこらへんで調べてはある。ただ、デートなんてしたことない。ネットだけで調べて良いものかすらわからない。

 本当に右も左もわからないので、とりあえず本屋にも立ち寄り、色々と調べるつもりではある。


「おお! 流石は俺の師匠」

「恥ずい恥ずい。やめてくれ。マジで」


 ネットの知識しかないのに、マジに言ってきやがる。本当にやめて。


「今度参考にするから、教えてくれよな」

「ええ。いやだ」

「なんでだよぉ! こぉ!」

「色々恥ずいからだよ」

「こぉ!」

「ええい。気色悪い。離れろ!」


 正吾は俺を無視して、抱きついてくる。


 牛丼屋で男子高校生が抱きつくとかなんの罰ゲームだよ……。


 正吾を引き剥がそうとすると、牛丼屋に貼ってあるポスターに無意識に目がいってしまった。


《特別牛丼クリスマスプレゼント実施中》って大きく告知してある牛丼を見ながらも、視線はそこではなく、《クリスマスプレゼント》の文字の部分。


 もうすぐクリスマス。


 聖なる日に有希とデート。


 今から既に気持ちが昂ってくるが、クリスマスプレゼント用意しないとな。

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