第66話 初恋は高校2年生(メイドver)

 校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下。その一角にちょっとした休憩スペースがある。


 文字通り、本当にちょっとしたもので、自動販売機とベンチしかない。


 あまり使われていないため、ベンチもいつの時代のものか、かなり年季の入ったハゲ具代である。自動販売機の内容もいつの時代かわからないジュースが売られていたりするが、設置業者が毎日来ているみたいで、外観は意外と綺麗だ。


 学食にある自動販売機に好きなジュースが売り切れていたので、ここまで足を伸ばした次第だが。


 本当に誰も利用していないな。穴場スポットというかなんというか。自動販売機の種類も古臭いものしかないから、使われないのも納得だが、こういう秘密基地的なノリは好きなんだけどな。俺がお子ちゃまなだけか?


『ずっと、あなたのことが好きでした!』


 !?


 唐突に聞こえてきた男子の告白の声に、ついつい柱へと身を隠してしまう。


 細い柱なので、余裕でバレバレなんだけど、反射的にそんな行動を取ってしまう。


 一応、そろりと声のした方を見ると、どこか見覚えのある男子生徒と……。


「有希……」


 男子生徒の告白の相手は生徒会長、別名、妖精女王ティターニアの大平有希であった。


 あまり利用されていない場所とはいえ、まさか白昼堂々と告白とは。しかも相手は妖精女王ティターニアとか。あの男子学生もやりよるの。


「へい旦那。誰を尾行中で?」


 ふと目の前に現れたのは、先ほどまで共に昼食をしていた白川琥珀だった。


 ミディアムヘアを揺らして、こちらを覗き込むように、ノリの良い声で尋ねてくる。


 そこに、先ほどまでのなんともいえない空気は感じられず、いつもの白川琥珀の明るい空気を感じる。


 この子から見たら、俺は探偵ごっこをしているのだと思われたようだ。


「しっ」


 人差し指を立てて静止を促すと、その立てた指を現場に向ける。


「わぁぉ」


 アメリカンなリアクションをいただくと、白川はしゃがみ込み、俺と同じ細い柱から告白現場を覗き込む。


「ボス。あれは青春の衝動的行動、告白ってやつですかい?」

「あの青春の衝動的行動の波動は間違いなく告白だ」


 さっき、好きって言ってたからな。


「まさか、この令和のご時世にダイレクトアタックなんてあり得るんですかい?」

「我々Z世代の中でも奴はバブル世代の血を受け継いだ男と見える」

「バブル世代……。聞いたことがありやす。札束で踊り狂い、朝までパーリナイト族」

「奴はその生き残りだ」

「!? ……まさか、そんな歴史の産物が……。ありえやせん。まだ白亜紀にタイムスリップした方が理解が追いつきやす」

「……いや、普通にバブル世代生きてるから。俺らのおじいちゃん、おばあちゃんだから」

「あ、守神くん、謎のコントをやってる場合じゃないよ!」


 唐突に謎のコントが終わりを告げた。


『付き合ってください!』


 本当に、やってる場合じゃなかった。


 男子生徒は有希へと手を差し伸べていた。その手が震えているのがここからでもわかる。


『ごめんなさい』


 即答だった。


 ちょっと迷ったりとかするのかと思ったが、バッサリと切り捨てた。


 そりゃ、人気の生徒会長の有希からすれば告白をされているなんて慣れているだろう。今までもこうやって何人もフってきた。この一件も、数十件のうちの一つでしかない。


『そ、そうだよね。あんまり喋ったこともないのに、いきなり、ごめん』


 相手の男子生徒は、どうやら話のわかる奴らしく、清々しく言ってのける。


『好きな人がいる、とか?』

『はい』


 そこも即答で答える。


『そうなんだ。どんな人か聞いても良い?』

『初恋の人です』


 最後のはなむけみたいに、有希は素直に彼に自分の好きな人を教えた。


『高2で初めて好きになった、初恋の人です』


 ドキン。


 心臓の一撃が強く叩かれてる。


 立っている今の場所が、まるで雲の上に立っているような感覚に陥る。


 あれって、俺の言葉と同じ……。


『初恋か……。良いね。うん……。大平さんの初恋、実ると良いね。それじゃ』


 フラれた相手にそんな言葉を送る彼は、きっとこの先に素敵な女性と出会うだろうと思いながらも、呼吸が乱れてる。


「高2で初恋かぁ……。大平さんの初恋相手って……」


 白川がこちらを見てくるが、心臓が強く鼓動を放ち、うまいこと見えない。


「お二人とも」


 ビクッ!


 2人して肩を震えさせた。


 先ほどのドキドキとは違った、ドキドキがやってきて、俺の心臓がめちゃくちゃになる。


 錆びついたロボットみたいに、ギギギと首を後ろに向ける。


「告白を覗き見するのは感心しませんね」


 呆れた様子で立つ有希は、ため息まじりで言ってくる。


「あー、あはは。バレてた?」


 白川はあっけらかんとした様子で明るく笑っていた。


「バレバレですよ」

「やーやー。失敬、失敬」

「はぁ……。まぁ、故意的というよりも、たまたまの通りすがりに見たようですし、誰かが通るだろう場所での告白なのはあの人もわかってのことだと思います。ですので、今回は注意だけとしますが、次からはこのような行動は慎んでくださいね」

「はーい」


 流石は生徒会長という注意に白川は素直に返事をすると、切り替えるように有希へ尋ねる。


「大平さん、今から時間って取れる? ちょっと相談があって」

「構いませんよ。話は生徒会でもよろしいですか?」

「うん。どこでも大丈夫」

「では先に生徒会室へ入っていてください。鍵は開いております。ソファーにかけてお待ちください」

「わかった。じゃあ、後でね。守神くんも、バイバイ」


 手を大きく振って白川は元気良く生徒会室へと駆けて行った。


 ジー。


 有希がジト目で俺を見てくる。


「いつから見てました?」

「……好きです、から」


 素直に答えると、そうですか、と呟いて、チラリと俺を見てくる。


「では、私の返事も聞こえていた、ということですよね?」

「ま、まぁ……」


 息を出す程度の応答をしてから、やっぱり気になって彼女に問う。


「あれってのは……」


 初恋のことを聞こうとした瞬間に、人差し指を立てて口元に持っていった。


「今はまだ、秘密、です」


 茶目っ気たっぷりのあざと可愛い仕草に、また違ったベクトルのドキドキがやってきて破裂しそうだ。


「ふふっ」


 妖精女王ティターニアは、妖精みたいな悪戯っぽい笑みを零すと、その場で踊るように機嫌良く回れ右をした。


「それでは晃くん。私は生徒会室へ行かねばなりませんので、これで失礼しますね」


 丁寧に言ってのけた後、こちらを振り返り。


「また後でね」


 なんて、可愛く手を振ってこられて惚れない男なんているかってんだ。

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