第67話 冬のイベント前には試練がある

 今年も残りわずかとなってきている。


 もういくつ寝るとお正月。


 の前に、クリスマスがあったり、大晦日があったりと、イベントが盛り沢山だ。


 更に言うと、学生には期末試験だなんて、楽しいイベントを前に乗り越えないといけないイベントがあるんだがな。そんなイベントはいらねぇんだよ。と泣き言をいってもどうにもならんだろう。


 しかし、今はそれらのイベント前。代り映えしない、いつもの教室内。


 授業が終わり、教室内ではグループで集まり談笑している声が外野から聞こえてきている。


「……ん?」


 いつもの日常かと思ったが、そうでもないみたい。


 窓際の席から見えるのは中庭の風景。


 授業合間のたった10分休みで正吾が、ドスドスと巨体を揺らしてどこかに行った。


 珍しく連れションを誘って来なかったかと思ったら、中庭のベンチの前に立ち、女子生徒となにやら喋っているのが伺えた。


「毎年の恒例か……」

「恒例って?」


 窓の外を眺めがら、ポロリとでた言葉をすくい上げるように、後ろの席の有希が聞いてくる。


 愛用している手帳から、わざわざ顔を上げて聞いてくれたみたいなので隠さずに彼女へ内容を伝えた。


「クリスマスの時期になると、やたらと正吾は告白されるんだよな」

「……クリスマスの時期に?」


 なにかを思い出したかのように、むっとした表情の彼女へ教えてやる。


「そりゃ、クリスマスは好きな人と過ごしたいだろ」

「その気持ちはわからなくもないのですが、クリスマス前に告白するのでは遅いのでは?」

「ぬ?」

「いえ。クリスマスを過ごしたいのであれば、もっと早くアプローチしないと間に合わないのではないでしょうか?」

「確かに」


 有希の言うことがど真ん中の的を射る発言すぎて、深く頷いてしまう。


 だけど、なんかやたらとイラついた口調で言われてしまった。


「てか、なんで俺が若干怒られてるの?」

「別に晃くんには怒っていませんよ」


 もはや、教室に人がいるくらいでは普通に名前で呼んでくる。嬉しいんだけど、大

丈夫なのだろうか。


「ただ、はぁ……」


 思い出して有希は深いため息を吐いた。


 それを見て、「あー」と思い出し、納得してしまう。


 彼女の怒っている理由は、最近やたらと告白されるからだろう。


 学校中のそこら辺で告白されているから、俺もこの前の一件以来、数回目撃してしまった。


 クリスマスを好きな人と過ごしたい。そんな思いが男子を突き動かし、青春の行動にかられてしまう。向かう先は妖精女王ティターニア


 絶対に手の届かない存在。だからこそ青春は抑えられない。


 もしかしたらワンチャン……。


 淡い期待を抱きながらも、突きつけられる残酷な現実。届かない思いはそのまま散り続ける。妖精女王ティターニアに切り捨てられた死体の山を見てもなお、青春の衝動はおさえられない。


 みたいな感じなのかな。


 流石の妖精女王ティターニアも、何回も告白されて嫌気が差しているのだろう。


 告白する方は勇気が必要だが、断る方にだって勇気がいるもんだ。相手を傷付けるとわかっている分、辛いだろう。


 それがわかっているからか、クリスマス前の記念告白みたいことをしてくる輩にお怒りなのだろう。


「『クリスマスを一緒に過ごしてください』、『共にイブを楽しもう』、『聖なる夜を性なる夜へ。トゥナイト』……。こんなのばっか。クリスマスに予定もないし、断る言い訳がいちいち面倒なんですよね」


 正吾の状況を自分に重ね、ふつふつと怒りが溢れ出している。


 そう見受けられる


 てか、告白で下ネタ言う奴いんのかよ。ナンセンスが過ぎるんよ。


「専属メイドは困っております」


 急に普通のテンションで言って来るもんだから、瞬時に周りを見渡す。


 おいおい。ここ教室だぞ。


 だが、どうやらクラスメイト達は、特にこちらの会話には耳を傾けていない様子だった。


「それなのにご主人様はなにもしてくれないのですね」


 言葉の節々に彼女の隠しスキル、腹黒が見えた気がして、聞こえないフリをする。


「所詮はメイド……。私はご主人様にとって都合の良いメイド……」


 言いながら、頬杖ついて、悲観的に窓の外を見上げた。


「冬の寒空の下、ただのメイドの私はこのままご主人様の言いなりとして一生を終える……。それはそれであり……」

「ありなの?」

「……」


 有希は沈黙を唱えた。


「あ、みてください」

「ねぇ? ありなの?」

「やはり……。だめみたいでしたね」

「さっきのなかったことになってる?」

「近衛くんは女子生徒から人気の男子生徒ですものね。高嶺の花と言ったところですよね」

「あんなゴリゴリの高嶺の花いやだわ」

「クリスマスを過ごしたいなら」


 うん。なにを言っても、さっきのはなかったことになってる。有希のチートスキル、ゴリ押しが発動してるわ。


「夏くらいからアプローチしないとですよね。それもお互いの秘密を知っているくらいの関係でないと」

「えっと……。ん?」

「や、ほんと、私はなにを言っているのでしょうかね……」


 有希は顔を赤くして視線を伏せた。


 かと思うと、上目遣いで睨んでくる。


「こ、こんなにメイドが悩んでいるのに、ご主人様はなにもしてくれないのですね」

「どないしろってんだよ……」


 まぁ……。もしかしたら、流れ的にクリスマスを誘えと言ってきているのかもしれない。


 約束を入れていたら告白される時の断る言い訳にもなるってところか。


 いや、まぁ、そもそも期末が終わったら誘おうと思っていたから、別に今日でも良いんだけど……。


 でも、ここ学校だぞ。教室だぞ。


 帰って家でも良いんじゃないだろうか。


 しかし、彼女の目からは、「さっさと誘ってこんかい」と言わんとする眼圧を感じる。


「ええっとだな、有希……」

「はい……」


 上目遣いで見られてしまい、次のセリフを言うのがめちゃくちゃ恥ずかしい。


「クリスマス、どっか出かけない?」


 なんとか噛まずに言えると、有希は雪解けの花のように綺麗な笑顔で言ってくれる。


「はい。一緒に出掛けましょ」


 そう言うと、どこか勝ち誇った顔をして言って来る。


「あ、勘違いしないでくださいね。告白を断る言い訳じゃなく、あくまでも、私が晃くんとクリスマスを過ごしたいだけですので」

「へーへー」


 相変わらずのツンツンした言葉を受け取り……。


「ん……?」


 有希の言い回し、なんだかおかしかった気が……。


 彼女を見てみると、本人も自覚しているのか、顔をゆでタコみたいに赤くしていた。


「あ、や、いま、の、は……」


 唐突に彼女は立ち上がり、震える唇を言ってのける。


「と、とと、といれ──バラの木伐採して参ります!」


 そう言って物凄い競歩で教室を出て行った。


 かと思ったら、チャイムが鳴り響き、クルッと回れ右して戻って来る。


 ちゃんと着席をした。


「ほ、ほら。授業が始まりますよ。前を向いてください」


 流石は生徒会長の妖精女王ティターニアである。その精神力も伊達ではない。

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