第60話 メイドと学園脱出

 我が校にも正門の他に裏門が存在する。


 運動場の奥の奥。運動場からは死角になってはいるが、今はどこかのクラスが体育の授業らしく、元気な声がこちらまで届いてくる。


 昔は使用されていたのかどうかわからないが、随分と長い間使用されていないみたいだ。


 メンテナンスされていないのか、門は錆び付いており、ところどころハゲているところが見受けられる。ただ、南京錠とチェーンは何年かに1度くらいは取り替えているのか、門よりは新しいみたいだ。


「んで? サボるったって、どうすんだ?」

「サボりではありません。自主休講です」

「はいはい」


 それはどちらでも構わないが、こんなところで突っ立っているとその内先生に見つかって、無事に生徒指導室へと連行させられそうである。


 俺は別に生徒指導室で生徒指導の先生にお説教を受けようが、大したダメージでもないが、有希はその限りではないだろう。


 生徒の見本となる生徒会長が、白昼堂々サボろうとしているなんて、お説教の他に周りの評価が下がってしまうなんて事態になりかねない。


 そんな状況にも関わらず、俺よりも随分と余裕そうに門を見つめる有希は、なにか閃いたみたいに指を立てた。


「乗り越えましょう」

「随分と古典的な方法だことで」


 頭のキレる生徒会長様だから、もっとスタイリッシュで華麗な脱走方法でも思いつくかと思った。だが、道具もなにもない状況では、それしか方法はないのかもしれない。


 しかしだ。身長的に、俺はなんとかいけそうだが、有希は門の頭に届かないだろう。


 先ほどから、一生懸命にジャンプをしてはギリギリで届かない。


 俺はというと、ジャンプする度に揺れるスカートの奥、水色ストライプのパンツをガッツリ見させてもらっている。


 しっかり者なのに、こういうところは抜けているよな。俺はこれをおかずに今夜抜くけどな。なんつって。


「晃くん。手伝ってください」

「ふぇっと!?」


 今夜のおかずが決まり、どこでフィニッシュをしようか、仕様書を頭の中で作成しているところに有希が突然言ってくるもんだから、ものすごく変な声が出てしまった。


「て、手伝うって?」

「抱っこしてください」

「抱っこぉ?」


 いきなり抱っこをして欲しいって言ってくる。


 こちらの疑問を無視して、有希は俺の正面に立つと若干だけ両腕を上げて脇に隙間を作る。


「高い、高いの要領でお願いします」

「高い高いって、あの?」

「赤ちゃんをあやす時に使用する技です」

「あれって技なの?」


 こちらの疑問をまたしても無視して有希は、「お願いします」と言ってくる。


 言われるまま、俺は有希の両脇に両手を突っ込んだ。


 ほんわか、少し温かい彼女の脇の感触の他に、少しだけ上っ面の胸の感触が手のひらの下の方で感じる。


 そして、正面には綺麗な顔があり、感情がめちゃくちゃになりながらも、元野球部の腕力を見せつける。


「わっ! 晃くん! すごいすごい!」


 まるで、本当に、高い、高いをしてもらっている赤子のように無邪気に喜ぶ有希。


 持ち上げる前までは、幸せな感触に包まれていた俺の手のひらも、今ではそんな余裕がなくなっている。


 そりゃ、人間なんて重いもんだ。有希はシンデレラ体型なのかもしれないが、それでも絶対40キロ以上はあるはずだ。いや、有希の身長を考えれば50キロはあるのか……。いや、女性の体重を詮索するのは失礼だな。うん。


 とにかくだ。そんなもんを抱えながら自分の肩よりも上に持ってくるなんて、長いこと続くはずもなく、腕がプルプルと震え出す。


「なぁ、有希……」

「んー? なんですぅ?」


 高いところが好きなのか、ご機嫌に聞き返してくる彼女へ真実を伝える。


「正面で抱っこは意味ないんじゃないか?」

「あ……」


 気がついていなかったのか。


 有希の間抜けな声を聞き入れたと同時にバランスが崩れかける。


「きゃ!」


 可愛い悲鳴が聞こえてきたので、ギュッと彼女を強く抱きしめる形でなんとか落とさずに済んだ。


「あっぶ、な」


 今のはちょっと危なかったな。流石は元野球部の俺。ナイスキャッチである。


 自画自賛で自分を褒めていると、「うう……」と胸元からうめき声が聞こえてくる。


「こ、くん……。くるちぃです……」

「あっと……」


 ついつい力が入っていたらしく、強く有希を抱きしめ過ぎていたらしい。


 反射的に力を弱めると、「ふぅ……」と解放されたような息を漏らし、それが俺の胸元にかかる。


 それが引き金になったかのように、今の状況がどえらいことだと自覚する。


 俺は今、好きな人を学校で抱きしめている。


 そう意識すると、有希の良い匂いが鼻を通り、頭がクラクラとしてしまう。


 なんなの、この状況。最高なの?


「ええっと、有希? 離れないの?」


 このままだと俺の理性が持たないので、チキンハート炸裂の質問を投げかけるが、彼女は呆然とした様子で、その場に止まっている。


「有希?」

「あ? へ?」


 最近よく聞く間抜けな可愛い声を漏らすと、俺の胸元で、あわあわと慌て出す。


「べ、べべ、別に! 晃くんの胸元が心地良いとか思ってません!」

「俺の胸って心地良くないの?」


 そりゃ男だから固そうだけどな。自分の胸の心地良さはわからない。


「や! 素直に受けとられても……」


 モゴモゴと言いながら、「じゃなく!」と言ってくる。


「晃くんがホールドしてるから離れられないだけです!」

「あ、それもそうだな」


 納得の回答をいただき、すぐに腕のホールドを止めると、「あ……」と儚い声が漏れていた。


 解放したはずなのに、有希はその場を離れようとしない。


「有希?」

「あ、ど、どうもです。ええ。はい」


 名残惜しいが、彼女が俺の胸元からバイバイすると、視線を逸らしながら言ってくる。


「この作戦は失敗です。次の案を考えます」

「お願いします」







「う、上を見たらダメですからね!」

「へいへい」


 そんな返事をしてみるが、内心はキョドりまくりである。


 学校の裏門からの脱出を試みている俺達は先ほどの、高い高い作戦の反省を活かし、次は肩車作戦を実行していた。


 これなら確実に門の頭に手が届くだろうと発案した有希。肩車なら有希を軽々と持ち上げることができるので簡単だ。


 だが、これには問題点が2つある。


 1つは視線を上に向ければ有希の水色ストライプをモロ見えできる点。


 もう1つは継続的に、有希の股の感触が首根っこに感じている点。


 1つは見なければ良いし、多分見てもバレない。というか、さっき散々見たから別に良い。


 問題は継続的に有希の股の感触を感じていることだ。


 いや、問題とか言っているが、その実態はただの俺へのご褒美である。


 今日はやけに有希と密着できているご褒美。神様、こんな俺へご褒美をたくさんくれてありがとう。


「──とぅ」


 そのご褒美も終焉を迎えてしまった。


 有希は門から、正義のヒーローみたいにカッコよく着地を果たした。


 最後の最後に、ヒーローマントみたいに、ヒラヒラとスカートが靡いて、最後のおまけと言わんばかりにパンツを見せてくれる。


 今日はなんでこんなに下半身を中心にご褒美をくれるのだろうか。


「晃くん。いけそうですか?」

「んぁ。いけるよ」


 神の加護とばかりに有希の下半身の加護を受けたテンションのまま、俺は門の頭に手をかけて、門から飛び降りた。


 スタッと、体操選手顔負けの着地を見せると、有希がパチパチと純粋な顔をして拍手を送ってくれる。


「すごい、すごい。流石は野球部です。運動神経抜群ですね」

「元、だけどな」


 拍手をされて、照れ臭かったので、ついついそんな素っ気ない返答をしてしまう。


 すぐに後悔をして、こちらから話題を振った。


「しかし、学校を抜け出すなんて初めてだな」

「え?」


 心底予想外な顔を見せてくる。


「意外ですね。授業とか平気でサボってそうなのに」


 表情と同じ、予想外だと言わんばかりに言われてしまう。


「野球部はそういうのに厳しいんだよ。バレたらレギュラーから外されちまう」

「でも、中学の頃って学校外の野球部なんですよね? だったらバレないのでは?」

「生徒指導の先生って偉大だよな。学校外でも生徒の情報を得て指導をしてくれるんだから」

「なるほど。悪いことはできないですね」


 楽しそうに簡単な返事をする彼女へ、こちらも予想外と言わんとする言い草で言ってやる。


「有希の方こそ意外だったけどな。学校をサボって抜け出すなんて」

「サボりではなく自主休講ですって」

「はいはい」


 あくまでもそう言い張りたいらしい。


「生徒会長なんてしてたらそう思われるのも仕方ありませんね」


 ため息を吐いて空を見上げた。ちょうど、幸せの象徴である鳩が2匹飛んで行くのが見えた。


「生徒の見本にならなければならないのはわかります。けど、たまにはこうやって抜け出したくなるもんですよ」

「ガス抜きは必要だよな。息が詰まっちまう」


 そう言うと、彼女は罪悪感から解放されたかのような顔をして、にっこりと言ってくる。


「ま、私も学校をサボるなんて初めてなんですけどね」


 なんだかその表情がすごく安心できて、俺も笑って言ってやる。


「今、サボりって言った」

「あ!」


 咄嗟に口元に手を持っていくと目が合い、お互いに大きく笑った。


「ほんじゃ、同じ初めて同士、仲良くサボりますか」

「はい」


 彼女が返事をしてくれて、俺達は目的地を決めずに並んで歩みを始めた。

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