第61話 ラーメンが食べたい

 腹の虫が鳴り響いたのは、あてもなく通学路を逆走している途中。


 俺の壮大な音を聞いて有希が笑った。


「もうお昼ですもんね」


 優しいお姉さんのように、長い銀髪を耳にかける仕草は非常に美しかった。


 そんな美しい姿に感想の1つも言えない思春期真っ只中の俺は、お昼ということで、ふと気になったことを聞いてみる。


「弁当作ってくれてるの?」


 聞くと、彼女は少し申し訳なさそうな表情を見せる。


「すみません。昨日は眠れなくて作れていないのです。お伝えするのを忘れていましたね」

「いやいや。謝ることなんかじゃないよ」


 そもそも、1回でも作ってくれる時点でこちらが土下座で感謝しないといけないんだ。それをほとんど毎日作ってくれていて、たまたま今日作ってないのを怒るのは罰当たりもいいところだ。


 俺はそういう意味で聞いたわけではないことを彼女へ伝える。


「だったら、昼飯、どっか店で食べる?」

「あー。そうですね。そうしましょう」

「なにか食べたいものある?」


 少し卑怯かもしれないが、先にこの質問をさせてもらうことにする。


 相手が正吾なら遠慮なく、寿司とかハンバーガーとか言えるが、今日の相手はイケメンのバカではない。片思い中のメイドだ。片思い中のメイドってなんかパワーワードな気もするが、今は、そんなことはいい。


 こちらが食べたいものを提示して微妙な顔をされるのは悲しいものだ。なので、先に質問をさせてもらい、彼女の食べたいものを食すことにする。ちなみに、俺は好き嫌いはないから、なんでも良い。


「そう、ですねぇ」


 いつもの通学路の逆走。国道沿いの歩道。走る自動車やバイクの音と共に、悩みのうねり声を出す有希。


 考えること数秒後。


「ラーメン」


 ボソリと食べたいものを提示した。


「ラーメン?」


 意外な答えにおうむ返しをしてしまった。


「あ……。だめ、でした?」


 こちらの返しを否定と捉えてしまって、バツの悪そうな顔になるので、すぐさま否定してやる。


「ラーメンは大好きだし、嬉しいけど、ごめん。意外だと思って」


 彼女の口から出る料理としては見た目に反して意外だったことを伝えると、彼女はジト目で言ってくる。


「ラーメンは日本が誇る日本食ですよ」

「ラーメンって中華じゃないの?」

「あはは。まぁ色々と意見が分かれる案件ではあるみたいですね。『元々中国から来た料理だから中華』という意見もあれば、『もちろん和食でしょ』という意見もあるみたいです、特に海外の人はラーメンを和食と思っている方が多いみたいですね」

「へぇ」

「和食の定義は諸説あるので正解はありません。ですので、本人の捉え方次第だと思っています。私は、ラーメンは国内で改良に改良を重ねて、今では日本独自の料理となっているので日本食だと思っています」


 ラーメンに熱いやつだ。もしかしたら、専門家並みにラーメンを愛しているのだろうか。銀髪美少女がラーメン好き。人は見かけによらないという良い見本だな。


「まぁ食べたことないですけど」

「ないんかいっ!」


 本場、大阪ミナミの人間も褒めてくれるだろうツッコミを、ビシッと入れてやると、今回はボケ担当の有希が嬉しそうにしていた。


「いやー……。親が厳しかったですからね」

「あー……」


 そういえば有希は、No.1ハンバーガーチェーン、マックスドリームバーガーの社長令嬢だったな。ハンバーガーチェーンというか、チェーン店といえばマックスドリームバーガーみたいなところもあるし、それはそれは由緒正しき家系なのだろう。


「日本人として、日本食代表のラーメンは食べておきたいですね」

「んじゃ、ラーメン食いに行くか」

「はい」







 俺達の通学路と逆方向に向かうと、こちらにも駅がある。


 俺と有希は、マンションより北の駅を利用した方が近いが、我が校の電車通学の学生はほとんどがこちらを利用するだろう。


 正吾とかは、一緒に遊んでくれた日なんかは北の方の駅を利用するが、朝の通学とかはこっちの駅を利用する。


 こちらの駅は各駅電車しか止まらないので小さく、社会人や学生以外の利用者は少ない。なので、昼間の駅は、シンとしている。


 駅を出て徒歩数歩の場所に、チェーン展開しているラーメン屋がある。


 天上一品。略して天一。


 独特のドロドロでコッテリしたラーメンが特徴の人気ラーメンチェーン店である。確か、京都発祥で、有名人にファンも多い。俺も大好きなラーメン屋だ。


「ここが……ラーメン屋……です?」


 店の前で、肩透かしみたいな声で店を指差して言ってくる。


「なにが言いたい?」

「いえ……。もっと、こう……。ラーメン屋! みたいな感じなのかと」


 有希にしては、伝達力が皆無な内容だが、言わんとしていることはわかる。


 おそらく、もっとボロボロの木造の店に、ボロボロのノレンを付けた店構えを期待していたのだろう。


 だが、時代錯誤も良いところだ。


 昨今のラーメン屋は、外観は普通の飲食店だし、店内は綺麗にお掃除ロボットが清掃してくれている。注文方法もタブレットで注文をする店が増え、キャッシュレスも増えて、支払いもスムーズ。ラーメン屋も時代に合わせて進化している。


「最近のラーメン屋は大体こんな感じだろ」


 そう言うと、少しだけ拗ねたような顔を見せた。


「そうですかぁ」

「不服?」

「い、いえ。そう言うわけではありません」


 彼女は慌てて否定すると、「では行きましょう」と店内に入った。

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