第59話 悪魔的な妖精の誘い

 目が覚めると、すこぶる気分が良かった。


 夢は見ていない。目を瞑り、有希の膝の温かさを感じ取っていると意識がなくなった。感覚で言えば数秒。


 この前もそうだが、彼女の膝枕で眠ると妙に頭がスッキリする。


 目を開けた先には有希の豊満な胸があり、その奥に綺麗な寝顔が見える。


 人間、下から見える顔というのは多少不細工に見えるはずなのに、彼女はそんな法則を無視するように美しかった。


 小さな寝息を立てているので、彼女も俺と一緒に寝てしまったのだろう。


 彼女を起こさないように、ゆっくりと起き上がり、彼女の寝姿を見る。


 室内の蛍光灯という人工的な光なのにも関わらず、キラキラと太陽の光を浴びたかのように輝く銀色の髪。輝きを放つ髪を持つ者に相応しい整った顔立ちは、いつも凛としていて強いイメージ。だが、寝顔は無防備で、可愛くって、愛おしくって、男心をくすぐられてしまう。


 ついつい俺は有希の頬を、指でつついてしまう。


「……ん……ぁ……」


 おぅふ!


 なんだこれ……? なんだこれ!?


 なんなのだ!? この背徳感!


 普段、ツンツンしているメイドがご主人様の前で無防備な姿を曝け出して、いたずらされて、ちょっとエッチな声を出している。


 なんなの!? また新しい性癖の扉が開くの!? この子は俺の性癖を開拓するのが好きなの?


 おっと……。興奮してしまった。落ち着け俺。これではただの変態だ。


「すぅ……。すぅ……」


 しかし、起きる気配がない。


 生徒会とメイドという二足の草鞋で疲れているのだろう。このまま寝かせてあげたい。だけど、このリピドーを抑えることが俺にはできない。


 今度は両手を伸ばして、有希の頬に置いた。そして、彼女の整い過ぎている顔を眺める。顔を見ただけで俺の頬が赤く染まったのが血流でわかるが、今は相手が寝ているので強気の心でそのまま見つめ続ける。


「今は私だけを見て……」


 この前のお返しと言わんばかりに言ってやる。


「どうだ。恥ずかしいだろう……」好きな人にそんなこと言われてめちゃくちゃ嬉しかったんだぞ。


 相手が寝ていると思って強気な発言をすると、「そうですね」と返答がある。


「!?」

「やっぱり、それは、恥ずかしい、ですね」

「におあぶcbくぃwbんcんcいjぁblんqlwこんc」


 声にならない声を出して、ソファーの端っこに逃げる。


「あ、ああ、あああ、あ」


 口をパクパクさせながら、「い、いつから?」とどうにかわかる質問を投げた。


「そりゃ、ほっぺた触られたら気が付きますよ。晃くん、ほっぺた好きなんです?」


 彼女の質問に答えられず、こちらが質問を続ける。


「ど、どこまで聞いてた?」

「へ? どこまでって?」

「いや、その……」

「うーん? 恥ずかしだろう? って言うから、そうですね、って答えたところです?」


 ホッと胸を撫で下ろす。


 どうやら、その後の言葉は声にならなかったらしい。自分自身のチキンハートに感謝するのもおかしな話だが、今は素直に感謝しておこう。


「不覚でした。まさか寝顔を見られるなんて」


 悔しそうに呟く彼女へ、こちらは安堵の後の妙な高揚感にかられ、テンションの高い声で言い放ってしまう。


「寝顔、可愛いかったぞ」

「!?」


 有希は、ビクッと体をひくつかせて、ソファーで体育座りをして顔を隠した。


「か、可愛いとか、簡単に言っちゃダメです」


 なに、この可愛い仕草。俺を尊死させる気?


「で、でもでも、たまになら……良いです……」


 最近この子、凛とした美しさの他に、可愛いが混じって最強の妖精になってない? どうすんの。これ以上、俺を惑わしてどうするのよ。


「でもですね! 他の女の子に使うのは禁止です! これは絶対です!」


 束縛されたのに不快感ないとか、俺はどんだけ彼女のことが好きなのだろうか。


「わかったよ」

「わかれば……良いです」


 納得した様子の有希は、切り替えるようにソファーから立ち、大きく伸びをした。


 ううーん、と大きく伸ばした体は、大きな胸が強調されている。視線がそこにいってしまうのは、俺が立派な思春期男子という証だろう。


「座って寝ていたので、体がカチカチです」


 自分の肩を揉みながら視線を窓の外に向けたので、つられて俺も窓の外に視線を向ける。


「もうすっかり朝ですね」

「だなぁ」


 先程の非現実的な瑠璃色の空は、いつの間にか日常的な冬の澄んだ青空へと変わっていた。


 立ち上がり、窓の方へと無意識に向かう。


 冬の太陽はなんだか距離が遠い気がするけれど、こうやって窓越しに照らしてくれると、暖かさを感じる。


 朝日を浴びていると言うよりは、陽が登った昼の太陽を浴びている気がして、心地が良い。


 自然と、うーんと伸びをしていたところで、「あ!」と有希が柄にもなく、大きな声を出した。


 伸びをしたまま、何事かと首を捻りながら振り返ると、有希がスマホを見せてくる。


「11時前になってます……」

「……どうりで寝起きが良い訳だ」


 太陽の陽も、よくよく見れば東というより、南に位置している気がする。


「さて、どうする? このまま一緒に仲良く遅刻でご登校でもするか?」


 そんな提案をしてみると、有希はいたずらを思いついた少女のように無邪気な笑みで俺に提案を持ちかける。


「このまま一緒に自主休講としましょう」


 意外な返答があって、ちょっとばかり面くらってしまう。


 しかし、彼女の悪戯っぽい笑みにつられて、こちらも笑みが溢れてしまう。


「そりゃ良い」


 悪魔的な誘いだが、誘うのが悪魔的に美しい女性であれば、乗らないなんて男が廃る。


 なんて自分に言い聞かせて、俺は有希と一緒に今日は自主休講と洒落込んだ。

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