第57話 眠れずに迎える朝のテンションは少しおかしい
ベッドに横になること数時間。
真っ暗な部屋で時折、国道を走る車のライトがカーテン越しに当たると、ほんのちょっぴりだけ明るくなる。風が吹けば小さく窓が揺れて音を出す。いつもなら気にもしない小さな事柄に敏感に気がつく。
要約すると眠れなかった。
そりゃ、だって、昨日はなんか幸せな時間だったし、今日だって有希が来てくれるって思うと、胸が高鳴って眠れやしない。
これが恋──片想いってやつなのか。
世の中の人達はもっと早くこれを経験して高校生になっているのだろう。生憎、俺は野球少年だったために、恋というものから縁遠かったし、正直興味がなかった。その反動もあっての今の状況なのか。
否、違う。
有希が魅力的過ぎるのが悪いのだ。
あんな銀髪の美少女が隣に住んでるとか、惚れて当たり前なんだ。だから、俺のこの感情は当たり前のものなんだ。だから、好きな人を考えて眠れない乙女な俺を恥じることなんてない。むしろ堂々としているのが自然だ。だって、惚れて当たり前なんだからね。
自分に言い聞かせるように言い訳をして、枕元のスマホを光らせる。
暗闇の部屋でのブルーライトは目によろしくないが、ついつい暗い部屋で見てしまう。
「……もう5時なんだ……」
ベッドに入ってからそんなに時間が過ぎていたのか。
有希は言っていた。『それはそれは早朝に来ます』と。
どれくらいの早朝なのかわからないが、今更寝ていても眠れないので起きるとしよう。
俺はベッドフレームに、アレンジで付けたシーリングライトのスイッチ入れから、スイッチを取り出して、電気を点け、スイッチを元の場所に戻した。
早朝5時に灯りを灯すのは初めてだ。
シンとした空間。
7時くらいなら国道を走る車の音や、鳥の鳴き声とかが聞こえてくるのに、この時間はなにも聞こえてこない。
まるで音のない世界に来たかのような違和感にかられながらも、ベッドから起き上がり、のそのそと廊下へと出た。
目的地は風呂だ。眠れなかったからめちゃくちゃ眠たい。起きているが、脳が覚醒をしていない感じだ。シャワーでも浴びて、目をシャキっとさせよう。
この家に脱衣所なんてものはない。廊下に風呂の扉があるので、服を着たまま風呂の中に行き、給湯を点けるとシャワーをひねる。初期に出てくる水を冬に浴びようものならショックで心臓が止まってしまうから、こうして先にシャワーを出して、すぐにお湯を浴びれるようにする。
ある程度の時間が過ぎて、廊下で服を脱ぎ捨てると、寒過ぎるからさっさとシャワーを浴びる。
足元からゆっくりとお湯をかけてやり、徐々に体に馴染ませて、冬の朝シャンを堪能する。
水道代とガス代が勿体無いが、シャワーのみで体を温める。
しかしながら、脳の覚醒とまではいかなかった。
やはり、脳を覚醒させるには、眠るのが1番であると実感しながら、風呂を出る。
「「あ……」」
風呂から上がると、制服姿に身を包んだ有希とバッチリ目が合った。
こちとら、1人暮らしなので、股間にタオルなんて巻いておらず、息子が丸出しの状態で湯気と共にご登場したもんだから、有希の目が点になってやがる。
有希は少し動揺している様子を見せると、「コホン」と咳払いをしてから微笑んだ。
「可愛らしい息子様ですね」
「それ褒めてないよね」
♢
「あの……晃くん。すみませんでした」
朝ごはんを素早く作ってくれた有希は、こたつテーブルに朝食を並べながら謝罪の言葉を投げてくれる。
「いや、謝ることでもないと思うけど」
これが逆なら大問題だが、俺は裸を見られても大したことない。プールの授業とか半裸だしな。
「立派な息子様と言うべきでしたね」
「そっち!?」
言葉のチョイスを謝ってるのか。それは謝るべきだな。
「しかし、お世辞でも、そう言うのはちょっとはばかれます」
「はばかれんな! そこはお世辞でも馬並と言っておけ!」
「それはないです」
はっきりと言われて、少し複雑な気持ちのまま、有希が疑問の念を送ってくる。
「しかし、今日は早いですね。私が来るよりも早く起きているとは思いもしませんでした」
「ああ。眠れなかったんだよ」
「ふぅん。なんでですか?」
「なんでって……」
昨日、すごく楽しい時間を過ごせた余韻が凄かったからと言うのは、それこそはばかれる。
「有希が早朝に来るって脅すからだろ」
適当な嘘で誤魔化すと、有希は少し申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。流石に朝早過ぎて迷惑でしたよね」
本気で謝ってくるので、慌てて訂正する。
「いやいや。まぁ、それだけじゃないというか。まぁ色々あって眠れなかったから」
「色々ですか」
「そうそう色々」
言いながら有希の作ってくれた朝食を食そうとすると、覗き込むように俺を見てくる。
「晃くん。色々ってなんですか? どうして眠れなかったんですか?」
「おうおう。今日はやけに詮索してくるな」
「気になります。教えてください」
「有希のスリーサイズを教えてくれたら教えてやるぞ」
喉から手が出るほどに欲しい情報だが、知らないのならそれはそれで妄想で楽しめるから良しのことを、冗談混じりで言ってやる。
「上から、はち──」
「ちょーい、ちょい!」
マジに言ってきそうになる有希に静止をかける。
「なに早朝からぶっちゃけようとしてんだよ」
「いえ。スリーサイズを言えとおっしゃいましたので」
「へいへい。らしくないぜ有希。いつものお前なら俺の顔面にパンチを繰り出しているところだろうよ」
「流石に顔面は目立つので腹パンにしますが」
「理由がサイコパス」
「スリーサイズを教える程度で、晃くんが眠れなかった理由を知れるなら安いものですよ」
俺の眠れなかった理由ってそんなに価値があるの?
「ごめんごめん。別に大した理由じゃないから。スリーサイズなんて言わなくて良いよ」
「私のスリーサイズに興味ないのですか?」
頬を膨らませて、拗ねた声を出される。
「いや……。そりゃ知りたいけど……」
あのメロンを包むくらいのバストって数値にするとどうなるのか気にならない男子はいないはず。
「……エッチですね」
なんなのこの子。今日、すごく面倒臭い。でも、なんだかいつもと違って可愛い。
「ご飯食べようぜ。ご飯。腹減ったからよ」
言いながら、有希の作ってくれた朝食に手をつける。いつも通り美味しい朝の食卓。いつもと違うのは、時間が早すぎると言うのと、有希のテンションがいつもと微妙に違うところだ。
「あの、晃くん」
「ん?」
「今日は一緒に学校行きませんか?」
やっぱり、今日の有希のテンションは少しおかしいみたいだ。
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