第55話 愛情たっぷりの料理
めいど・いん、カウンター席。
めるんさんに通されたカウンター席に座り、店内を見渡すと他のご主人様が増えていた。
夕方の中途半端な時間帯。遅めの昼食とも言えないし、間食の時間とも言い難い。夕飯には早すぎるなんとも言えない時間帯なのに、結構賑わいを見せている。
結構人気のお店らしいのが伺える。さっきの2組しかいないのが逆に珍しかったのかもしれないな。
人気店なのも頷ける。
めるんさんをはじめとしたメイドさんのビジュアルが高い。加えて制服が可愛い。そりゃメイドカフェに行くなら可愛いメイドさんに相手して欲しいだろう。
それと、意外にも女性のご主人様が多い。メイドカフェに来るのは大概が男性のイメージだったけど、店内の男女比率は半々くらいだ。昨今、アイドルの追っかけも女性も増えているというか、浮彫になってきているというか、その影響がメイドカフェにも出ているのだろうか。
『おかえりなさいませ。お嬢様』
あ、女性のご主人様は、お嬢様と呼ぶんだな。勉強になる。
メイドさん達の働く姿を少し観察させてもらっていると、「お待たせしました」と、聞き慣れた甘い声が聞こえてくる。
振り向くと、見慣れた銀髪の美少女が胸元に、《ゆきち》と可愛くデコレーションされた名札を付けてご登場なされた。
先程からめるんが有希のことを、ゆきちちゃんと呼んでいたのは、この店の源氏名だかららしい。
「ご主人様。本日のメニューはお決まりになられましたか?」
なんだか家とは違う雰囲気を醸し出す有希──ゆきちは、楽しそうに、ハキハキとした言葉使いで接客をしてくれる。
チラリとカウンターの先で仕事をしているめるんさんと目が合うと、ニコッと見透かしたような笑みを送ってくる。それだけで、あの人がゆきちをこちらに送り込んでくれたのだと察した。
「ええっと……」
カウンター席にある綺麗にラミネートされたメニュー表を見た。
ファミレスのメニュー表とは違い、丁寧に手作りされたメニュー表は、手書きで説明が書いてある。
めいど・いんのメイドさんが、メニューの料理を差して、『おすすめです』みたいなことが書かれており、手の込んだメニュー表だと見てわかる。
料理自体は見た目普通だが、料理名が、《にゃんにゃんハンバーグ》とか、《うさぴょんぱふぇ》みたいな、ふわふわ可愛い名前が多い。
意外にも料金はそこまでしないけど、オプションがあるみたいで、それが少し割高となっている。
おまじないとか頼むと結構するんだな。それを有希──ゆきちにやってもらっていると思うと、ものすごいサービスなんだなと実感する。
「それじゃこの、《ピヨピヨ明太パスタ》を」
「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」
飲み物か……。このページにはないので次のページをめくってみる。
ページをめくると、少しだけ違和感があるが、気にせずに注文をしてみる。
「ダーククロニクルファンタジーをください」
飲み物だけ、中二病みたいなネーミングセンスだった。というか、これがなんのメニューか全くわからない。
「ご主人様」
ちっちっちっ。と指を振られてしまう。
「DARK CHRONICLE FANTASY。ですよ」
「無駄にかっこよく、無駄に洗練された無駄のない発音」
というか、有希が中二病発言をするの、なんか萌えるな。なんとなく。
「以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では、すぐに作ってまいりますので、少々おまちくださいませ」
スカートの裾を摘まんで、軽くお辞儀をしてから去って行く。パンツが見えそうで見えない完璧な摘まみ方に感服するしかなかった。
♢
「ご主人様。お待たせしました。ダーククロニクルファンタジーです」
言われながらめるんさんが持って来たのは、先程バックヤードで飲んでいたコーラだった。
どうやら俺はすでにダーククロニクルファンタジーを飲んでいたようだ。
「コーラ好きなんですね」
めるんさんが気さくに話しかけてくれる。
てか、この人店長なのにコーラって言っちゃったよ。ダーククロニクルファンタジーじゃなくて、コーラって言っちゃったよ。
「ネーミングセンスが良いですよね。男の浪漫というか、なんというか」
「意外と女の子も好きな子多いですよ」
「へぇ。そうなんですか」
「はい。しかも、そのメニューの名前考えたのって、ゆきちちゃんなんですよ」
「ええ!?」
チラッと他のご主人様の対応をしているゆきちの方を見てみる。
他のご主人様への対応も笑顔でしているのが、少しだけ嫉妬してしまいそうになるが、それはお仕事だからと自分に言い聞かせれる。
「ゆきちちゃんは凄い子で、私の仕事も手伝えるレベルなのです。経理とかそこら辺なのですが、他のメイドさん達はパソコンが苦手だから、私かゆきちちゃんしか自ずと触れないのですがね」
ああ。だから、バックヤードでパソコンしてたのか。
「ウチとしても、物凄く助かっているのですが、あの子は頑張り屋なところがあるので心配で……。流石に働きすぎだから、シフトを減らすようにお願いしたのですが……」
そういえば、店長にシフトを減らすように言われていたと言っていたな。そのおかげで、ほぼ毎日俺の家に来てくれるようになったんだよな。
「ですので、ゆきちちゃん専属ご主人様。ゆきちちゃんの面倒の方をよろしくお願いしますね」
「なっ!?」
この人はどこまで知っているのだろうか。まさか有希が店長に言った? いや、そんなことを易々と言う人ではないだろう。だったらなんでめるんさんは知っているんだ?
「ふふ。流石に専属メイドはないですね」
あれ? 知らないの? カマかけた? なんでカマかけるの? いや、わからん。どっち? この人、見透かすように俺を見るからわからない。
『ご主人様。お待たせいたしました』
若干のパニック状態になっていると、こちらの席に料理を運んで来るゆきちの声が聞こえてくる。
ゆきちはチラリとめるんさんを見てから、なにも言わずにトレイからパスタの皿をカウンター席に置いた。
「ピヨピヨ明太パスタですぅ♪ 私が愛情いっぱいお入れしてお作りしましたぁ♪」
この上ないほどの猫なで声で俺の前に置いてくれる料理に目をやると、どうやって作ったのか、かわいい2匹のひよこが仲良く体を引っ付けて明太パスタの上に乗っている。
「では、ご主人様ぁ。仕上げに、2人で、もーっと愛情を入れるおまじないをしましょうね♡」
「え……」
ギュッっと、ゆきちは俺の左手を恋人握りで握ると、顔を近づけてくる。
「ふふ。こうやっていると、あのひよこさん達みたいに、私達も仲良しさんですよね♡♡」
「は、はい……」
これはなんていうサービスなの? こんなサービスあるの? めっちゃ料金するんじゃないの? というか、このサービスはやりすぎじゃない? 他のご主人様にもやってるの? それはいやだな。でも、今、この瞬間は、とても幸せ過ぎて、声が出ない。
「ではご主人様。右手でハートの欠片を作ってください」
これは1度経験があるので、すぐさま右手でハートを作った。
するとゆきちは左手でハートの欠片を作ってくれて、俺とゆきちのハートの欠片が重なると、1つのハートとなる。
「いきますよぉ」
ゆきちが詠唱の準備を整え、甘ったるい空気の中、おまじないを唱えた。
「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ」
「「萌え萌えキュン♡♡♡」」
俺とゆきちのおなじないが唱えられた。
「大好きなご主人様へ、たくさんの愛情入れてあります♡♡♡♡ いっぱい堪能してくださいね♡♡♡♡♡」
「は、はいぃ♡」
メイド喫茶にハマる人の気持ちが理解できた。
「なんだ……。ただの両思いか……」
めるんさんは呆れた様子で俺達を見ていた。
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