第54話 大人の女性は見透かしてくる

「どうぞ、こんなものしかありませんが」


 バッグヤードのパイプ椅子に座り、目の前にコーラが差し出される。


 帰ろうとしたところで店長のめるんさんが、「遠方から来てくださってこのままお帰しするのも悪いですので」と、もてなしてくれたので、俺は彼女の気遣いを受けてバックヤードに腰を下ろした。


「すみません。失礼しますね」


 めるんさんは、長机に置いてあった紙タバコを手に取り、100円ライターで火を点けて煙をふかす。


 嗅ぎ慣れないタバコの匂い。両親はタバコを吸わない人なので、こうやって間近でタバコを吸う人は初めてだ。


「今日は本当にありがとうございます」


 タバコを吸う人のイメージって、態度が悪いイメージだけど、めるんさんはとても丁寧で、そのイメージが崩れた。


「あ、いえ……。えっと……」


 20代半ばくらいの大人の女性と喋るのは初めてなので、どう接して良いかわからず、歯切りが悪くなってしまう。


「制服がないって言うのは……?」

「あ、あはは」


 ふぅー。


 乾いた笑いと共に煙を大きく吐いて、タバコの灰を丁寧に、トントンと灰皿に入れている。彼女の表情は、申し訳ないのと、やっちまったという感情が混ざった顔をしていた。


「ウチのメイド達には店に1着と、家に1着予備で置いておくように言ってあるんです」


 説明を受け、だから有希はメイド服を持ってるんだな、と納得する。


「店にもそれぞれ1着ずつあるんですけどね。最近、店の予備の洗濯をしていなかったので、今日はお客さんも少ない日だろうし、全部やっちゃえ、と思ってやってしまったんです。そういう日に限って、私が、ゆきちちゃんの服に思いっきりケチャップ付けちゃって……。あはは。やってしまいましたよ」


 あー。なるほど。だからさっきから、めるんさんが申し訳なさそうだったのか。


「ウチのメイドはみんな家が近いのですぐに取りに行けるのですが、ゆきちちゃんだけ遠いんです。だから、守神さんには本当に申し訳なくて」

「いや、全然、大丈夫ですよ」

「でも、良かったです。同棲してる彼氏さんが持って来てくれて。さっきまで店はピークタイムでしたからね。いやいや、今日は少ないはずでしょ! って思ったんですが」


 ん?


 彼女の言葉に引っ掛かりがあった。


「同棲?」

「あれ? 違います? 予備の服持って来れるならそうですよね?」


 確かに、予備の服を持って来れるなら、そうだと捉えられてもしかたない。


「でも、素敵ですね。高校生で同棲なんて。羨ましい」

「あ、い、いやいや! 違いますよ! 同棲もしていないし、付き合ってもいません!」


 このまま肯定して話を進めると有希に怒られそうなので、きちんと否定させてもらう。


「家がたまたま隣同士なんです。合鍵預かっているので、それで取りに行った感じです」

「へ?」


 大人の女性も間抜けな声を出すのだなと思うと、その表情のまま言われてしまう。


「そっちの関係性の方が同棲よりも凄い気がするんですけど?」

「あ……」


 言われて声が漏れてしまった。


「それに、合鍵をもらって付き合ってないっていうのは無理があるんではないですか? 普通、女の子は好きな人にしか鍵を渡しませんよ?」


 言われて、ドキンと心臓が跳ねた。


 好きな人にしか鍵を渡さない。


 いやいや、冷静に考えろ。思い出せ。


 あの時は、俺が玄関のドアを開けるのが面倒で有希に鍵を渡したんだ。それで、負けず嫌いな性格の有希が対抗して──。


「鍵を預かっているだけですよ。もらってはいません」


 そうだ。預かっているだけだ。もらってはいない。


「ふぅん」


 いくつになっても女性は恋ばなが好きみたいで、めるんさんも大人の女性の顔つきから、一気に少女のような笑みに変わっていた。


「守神さんは、ゆきちちゃんのことが好きなんですか?」


 ド直球が放り込まれる。


 ここで素直にバットを振ってピッチャー返しをしても良い物なのかどうか。


 有希とは結構、互いの秘密を共有している部分があり、彼女がめるんさんにどこまで話しているのかわからない。


 俺が有希に片思いをしているのは事実。それを素直にめるんさんに話したら、有希に影響が出るかどうかわからない。


 ──なんて、グダグダと考え込んでしまうが、実際は、ただただ恥ずかしいだけだ。


「ふふ」


 大人の包容力のある笑みをこぼしためるんさんは、タバコを灰皿に押し付けて消した。


「すみません。ちょっと意地悪な質問でしたね」


 その言い方。表情。仕草。


 直感でわかる。


 バレてるわ。これ。


 見透かしたようなめるんさんは、立ち上がるとこちらへ優しく微笑んでくれる。


「せっかく来ていただいたので、ぜひウチのメニュー食べて帰ってください。私のおごりですから、好きなだけ食べてくださいね」

「ありがとうございます」

「ふふ。いえいえ。遠方から来ていただいたのと、久しぶりに面白い話を聞かせていただきましたのでね」


 その茶目っ気たっぷりなウィンクで確信した。


 有希への片思い。絶対バレている。

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