第53話 どのお店でも責任者はしっかりしている

 最寄駅から電車で20分ほど乗った先にある繁華街。


 相変わらず人の多いこの街は、平日の夕方だというのに、お祭りと言わんばかりに人で溢れている。


 立ち止まると迷惑がかかるほどの人混みは日常的で、今日も人の流れに沿って歩いている。


 後ろから追い抜かす人。お店から出てくる人。ビルから出てくる人。


 人の流れが不規則に変化して、少しばかり気疲れをしてしまいそうだ。


 そんな中、前を歩いている大学生らしきカップルは、彼女が彼氏のポケットに手を入れて、なんとも歩きにくそうに歩いていやがるから、こちらのスピードも遅くなる。


 世の恋人がいない連中を敵に回してまでも、イチャイチャと自分達の世界を歩く姿は、正直羨ましい。


 会話の内容はよくわからないが、お互いの目が♡マークなのがわかる。


 そんな、どこのカップルかもわからない2人を見ていると、


 俺もいつかは有希とこうやって歩けたら良いのに。


 なんて願望が生まれる。


 いや、流石にポケットに手を突っ込んで一緒に歩くのは、「合理的ではありません」とか言われそうだな。


 もし、そんな風になれたらと、前を歩く2人を自分と有希に置き換えてみるて、ちょっぴりニヤッとしてしまった。


『すみませーん』


 ふと声をかけられたと思ったら、どうやらこちらではなく、前を歩くカップルだったらしい。男性がマイクを持って、その背後にはカメラマンがカップルを撮っていた。


 ワイドショーか何かのインタビューだろう。この街では珍しくもない。

 そのまま立ち止まってインタビューを受けるカップルを追い抜かす。


『クリスマスについてなんですが──』


 インタビューアーがカップルに投げかけた質問がこちらの耳に飛び込んできて、ふと思う。


「もうすぐクリスマスか……」


 クリスマスなんて、今までなんの意識もしていなかった。クリスマスなんて関係なく野球の練習、練習、ひたすら練習の日々。

 別にそれは苦でもなんでもなく、ただこちらが練習したかったからしていただけだ。

 両親は、クリスマスとかイベントごとは好きなので、ケーキを用意してくれたり、プレゼントを用意してくれたりしていた。

 そのケーキを見て、「ああ、今日はクリスマスか」と思う程度だった。プレゼントも、毎年野球道具をもらっていたな。

 それで良かった。

 いや、それが良かったと言った方が良いのかもしれない。

 それが俺の楽しいクリスマスの過ごし方だったのだ。


 だから、去年のクリスマスはなにをしたのか全然覚えていない。

 野球をしていない高校最初のクリスマスの記憶は全くない。多分、いつもの平日と変わらない日だったのだろう。


 しかし、今年は違う。今年は好きな人がいる。片思いをしている人がいる。


 だから、今年のクリスマスは意識して過ごそうかと思っている。


 有希を……誘ってみるか。







 気の早いクリスマスの予定で少しドキドキしてしまいながら、スマホに送られてきた住所の場所へと到着する。


 ここは電気街の一角。目の前には、《めいど・いん》という看板のカフェが見える。


 見た目には普通のカフェと同じように見えるのだが、ここがメイドカフェで間違いはなさそうだ。


 キョロキョロと辺りを不審者のように見渡す。大きな袋を持った男性達が多く行き交う電気街。


 これは正面から入って良いのだろうか。俺は客ではないし、裏から? でも、従業員でもないし。


 迷いながらも、俺は正面から入ることにする。


 カランカラン。


 ドアを開けると、鳴り響く鈴の音がした。


「おかえりなさいませぇ。ご主人様」


 途端に甘ったるい声がして、ショートカットの大人可愛いメイドさんが俺の方まで駆け寄ってくる。


 身長が低く、小学生くらいしかないが、顔付きは20代半ばの大人の女性のお姉さんメイドは、有希が着ているミニスカメイド服を着ている。


「本日は1人でのご帰宅ですかぁ?」

「すみません。大平有希へお届け物なのですが……」


 そう言って、実は右手に持っていた紙袋を見せると、「ゆきちちゃんの……」と納得の声を出して、キョロキョロと周りを見渡した。


 そして、耳元に顔を近づけてくる。


「すみません。こっちです……」


 背伸びをして、囁かれる大人女性ボイスを耳で存分に堪能すると、大人メイドさんが先を歩くので、俺はその後に続く。


 店内はお世辞にも広いとはいえないが、狭いとも言い難い。テーブル席が数個とカウンター席で構成された店は、この時間はピークタイムではないみたいで、店内に他のご主人様が2組程度しかいなかった。


 他のご主人様が、また違った可愛さのあるメイドさんと楽しくお喋りしているのを横目に、奥のバックヤードへと連れて行かれる。


「どうぞ、お入りください」


 丁寧に招かれたバックヤードに入ると、どこか職員室に似た匂いを感じた。


 8畳ほどの、俺の住んでいる部屋と同じくらいの広さで、所狭しとロッカーが並んであり、真ん中に長机とパイプ椅子がある。


 長机の上には、灰皿があり、大量の吸い殻が見受けられる。そして、缶コーヒーとジュースが置かれてあり、ノートパソコンがある。


 そのノートパソコンの前に、ウチの制服姿で座っている見慣れた顔と目が合った。


「あ、晃くん」


 どうやらここは学校ではないとのことで、名前呼びらしい。


 反射的に立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくれる有希へ、指定された物を出す。


「はい。これで良いんだよな」


 渡すと中身を確認して、すぐに目を合わせてくる。


「ありがとうございます。本当に助かります」


 頭を下げる有希に続いて、大人メイドさんも頭を下げる。


「ありがとうございます」


 大人メイドさんも頭を下げることにどこか違和感があったが、「いえいえ」なんて手を振って謙遜の態度を示す。


 大人メイドさんが頭を上げたところで、胸元にしてある、『めるん』という可愛いポップを強調しながら自己紹介をしてくれる。


「私、めいど・いんで店長をしております、めるんと申します。この度は、こちらの諸事情でわざわざ制服を届けてくださいましてありがとうございます」


 なるほど。店長だから有希と一緒に頭を下げてくれたのか。そりゃしっかりした大人だわな。


「初めまして、守神晃です」


 丁寧に自己紹介されたので、こちらも丁寧に返す。


「店長。着替えて出ますね」

「あ、はーい。お願いします」

「ちょ! 着替え……」


 着替えるなら出て行かないといけないのではなかろうか。


 そう思っていると、店長さんが俺の頬を優しく持って、視線を自分の顔へと向ける。


「こぉら。乙女の着替えを覗くのは、いくら彼氏でもダメだぞぉ?」

「だから出て行こうとしているのですけど」

「大丈夫。今は私だけを見て」


 なんだか勘違いしそうなセリフを聞きながら店長さんを見る。


 この人、絶対モテる女性だ。俺の中の男性ホルモンが疼いている。


「それじゃ、出ます」

「はやっ!」


 いつの間にかメイド服に着替えた有希が俺と店長の横を通し過ぎようとして、俺の前で止まる。


 すると、店長の手を解いた。


「店長。晃くんの視線を逸らしてくれたのは感謝しますが、困っているのでやめてください」

「あら、嫉妬?」

「ち、違いますよ。違いますからね」

「ふふ。そ」


 明らかにからかう態度を取られてしまい、有希は少し拗ねた様子でホールへと出て行った。

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