第51話 名探偵をかわしきれ
どうしてこうなった。
俺の隣には有希が座っている。
いや、普通に考えて、今日は朝から荷物検査という生徒会の仕事があったのだから、弁当を作る時間がなかった。それは俺の分の弁当だけではなく、自分の分の弁当を作る時間もないということになるだろう。
だから、昼は学食になるだろうし、俺と同じ日替わり定食を注文していて、わぁ好きな人と同じメニューでうれぴー♪ なんて悠長なことを考えている場合ではない。
「勉強会の時と同じメンバーですね」
有希の方も、今から質問攻めにあうことを知らず、悠長なことを言っている。
白川は、有希のそんな呑気な言葉を聞いて、嬉しそうな顔を見せる。
「そうだねぇ。あの時と同じメンバーだね」
だ・か・ら。
なんて、小悪魔的な笑顔をいっぱいに見せ、有希へ、おねだりをするキャバクラ嬢みたいな婉容な雰囲気で言ってのける。
「大平さんの彼氏の話。ぶっちゃけて欲しいな」
「彼氏?」
心底、何の話しをしているかわかっていない様子を見せ、そのまま定食に付いてくる味噌汁を口に付けた。
次に白川ではなく、正吾が有希に言ってのける。
「文化祭の日に彼氏と一緒だったって聞いたぜ? 興味のない俺の耳にまで入って来てるから、おそらく、相当の噂になってると思うが」
ぶふっ!
横から見ると、有希が味噌汁を吹き出しているのが丸わかりだった。正面からだと多分わからないと思われる。
しかし、彼女のすごいところは、吹き出した後の切り替え。
目にも止まらぬスピードで、いつもの凛とした、クールビューティーな表情を見事に作り上げた。もはや、匠の技。一級建築士の驚きの技術力。
「私に彼氏なんていませんよ」
コトっと味噌汁を置くと、澄ました顔のまま当然のようなことを口走った。
「私も生徒会で忙しい身ですので。彼氏を作っている暇はありません」
「ええー。本当かなぁ」
白川が怪しむ声を出しているのが、その実、その声色は心底楽しんでいるように思える。
「つうか、大平が学食って珍しくないか?」
正吾が素直に疑問に思ったことを言葉にすると、有希はいつもの冷静かつ、可愛い声で即答した。
「今日は荷物検査でしたので、お弁当を作る時間がありませんでしたからね」
「あ! そういや会長さんに俺の漫画取られたんだったな」
「学校に漫画はいけませんよ」
「返してくれよぉ」
「今日は生徒会がありませんので、放課後に職員室へ取りに行ってください。生徒指導の先生に渡してありますので」
「うぃ」
バカの正吾は、勝手に自滅してくれて、話題から外れていった。
「大平さんもお弁当作ってるの?」
「はい。手作りですよ」
「へぇ」
何かを怪しむ白川は、どこかの名探偵みたいに手を顎に持っていって考え込んでいる。
「守神くんも最近お弁当で、今日が学食。大平さんも、いつもはお弁当だけど、今日は学食」
何だか、白川の頭に、探偵が被りそうな、鹿撃ち帽とパイプが幻覚で見える。
「もしかして、守神くんのお弁当を大平さんが作ってる、とか?」
ドキンと俺と有希の心臓が跳ねた。
何なのこの子。探偵なの? バカの正吾の多少のサポートがあったにしろ、非現実的だろ、その答えは。でも、非現実的でも正解してるとか、名探偵だよ。番組に出れるよ。真実はいつも1つだよ。
「え? 晃と大平付き合ってるの?」
バカ正吾が言ってくるので、『ああ! 付き合いたいよ! 馬鹿野郎!』と声を大にして言いたい。
しかし、そんなこと言えない俺は、動揺を隠しきれずに視線を右往左往させている。
ガシッ!
「……ッ」
どうやら、こちらの動揺を察して、有希が俺の足を踏んでくれたみたいだ。
好きな人に足を踏まれるご褒美。
嬉しい気持ちが生まれるが、向こうも相当焦っているみたいで、涙目になるくらいに思いっきり踏まれて痛い。
この、なんとも絶妙な感情のバランス。
「ふぇー。大平も弁当なんだ。だったらよぉ? 俺の分の弁当も作ってくれよ。毎朝作るのだるくてさぁ」
足は痛いが、新しい性癖の扉が開かれた今、俺の脳は覚醒を果たしており、なんとも応用の効いた言葉を発することができた。
有希は目を、キランと輝かせて、「ナイスです」とアイコンタクトを送ってドヤ顔で言ってのける。
「そういえば守神くんは1人暮らしでしたね。食費さえ頂ければ、私と一緒のもので良ければお作りしましょうか?」
俺が1人暮らしをしていることを、このメンバーだけは知っているので、それを利用してのナチュラルな演技は流石は生徒会長様。
この流れを俺も利用しよう。
「あー、ごめんごめん。冗談だ、よ? 流石にマジに弁当作ってもらうなんて、彼氏に悪いだろうし」
「ですから、彼氏なんていません。ですので、守神くんのお弁当も食費を頂ければお作りしますよ。1人分も2人分も同じですのでね」
ここで、本当にしている食費の折半も織り交ぜてくるうまさ。あっぱれとしかいえない。
そんな会話をしていると、正吾が嬉しそうに言う。
「良いんじゃないか? 晃も1人暮らしで弁当なんて作るのしんどいだろ。学食よりは安上がりになるだろうし、頼むのありじゃね?」
そして、そのまま正吾は有希へ気遣うように言ってのける。
「もちろん、大平の負担になるならいつでもやめてもらうのを条件にさ」
「負担にはなりませんよ。ですが、守神くんがいらないと言ったのならやめることにします」
「うーん……」
悩んでるふりをして、数秒の間を空けて言ってのける。
「じゃあお願いしてみようかな」
「わかりました。でしたら明日から持って来るとしますね」
「本当に良いの?」
「はい。大丈夫ですよ」
そんな、八百長じみた会話を聞いていた白川は目を細めて言ってくる。
「なんかぁ」
そのまま、ジトーっと俺と有希を見比べる。
「「な、なに?」」
俺と有希が重なり、白川へ問いかける。
「2人の会話。甘くない?」
「「あ、甘い?」」
有希と顔を見合わせて、またも声が重なってしまう。
「クラスメイトとか、席が前後だから良く喋ってるとか、そんな次元じゃない気がするんだよねぇ。もっとなんか、親密な関係を感じるというか」
今の会話で? 今の会話で甘いところあった? 普通だっただろ?
この子、なんでこんなに鋭いの? 野球部のマネージャーやってるから? マネジメントしてると推理力上がるの? てか、普通に親密な関係とか言われれると嬉しいんですけど。
「ねぇ? 近衛くんはどう思う?」
「んぁ? どうだろう」
正吾はいきなり話を振られて、腕を組んで考える。
「晃は昔から女子と喋る時、こんな感じだと思うけど」
「へぇ……。他の女性と同じですか」
正吾の答えに、有希が眉をひくつかせた。そして、ガシッと、先ほどよりの高威力の足踏みをされる。
「それは光栄です♪ 女性に優しいのですね。守神くん」
一瞬、インド象にでも踏まれたのかと錯覚してしまったが、なんとか耐え抜いた。
「あ、あはは」
「そうかぁ。幼馴染の近衛くんが言うならそうなんだろうね」
ここで、白川が納得してくれるような雰囲気だったので、このまま話を切り替えてやる。
「弁当作ってくれるのはありがたいんだけどさ。その、大平と一緒だった男子? に悪いんじゃない? 大平はどう思ってるかわからないけど、その男子は大平のこと好きかもよ」
そのまま俺のことを伏せて話題に出すと、『なんで話題をぶり返しているんですか』と言わんばかりに、足踏みの連打がやってくる。
もはや痛すぎて痛覚が消えた。
「どうでしょうね。そもそも、たまたま一緒に回ってくれた方ですので」
「たまたまなんだ」
「ええ。生徒会が終わって、たまたまお互い1人でしたので、ご一緒いただいただけです」
「ふーん」
たまたまねぇ。俺は場酔いした妖精に導かれた気がするが、この場ではそうしておくのがベストだな。
下手に、男子と回っていないと言うのは、目撃者がいるので通じないだろうし、たまたまとしておくのが今回は良いだろう。
「ね、ね、その男子って誰?」
「それは、その方にも迷惑がかかるだろうし言えません。これ以上、噂を大きくしてはその方の迷惑になるだろうし」
「あー。それもそうだよね。ごめん」
ん? 白川はここまで結構しつこく聞いて来ていたのに、ここで引き下がったな。
「いえ。わかっていただけたら幸いです」
有希は何だか悟りを開いた人みたいな感じを出していた。
「噂というは面白いものですし、私みたいな男性の気配がない者が、男性と歩いていたので噂になると言うのはわからないでもありませんが、やはりこれは私だけの問題ではありません。その方にも迷惑がかかるので、あまり深読みはやめてくださると良いのですが」
「そうだよな」
うんうん、と正吾がわかりみの深さを出していた。
「俺も噂を流してる奴がいたら注意するようにするよ」
「近衛くん。ありがとうございます」
正吾は、ただただ良い奴だった。
「それも、そうだね」
白川は俺と有希を見比べて、怪しむような素振りを見せながらも、そんな言葉を口にしていた。
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