第50話 怪しまれる関係
昼休みの学食はいつもと同じくらいの混雑であった。
別にめちゃくちゃ混んでいる訳でもないし、めちゃくちゃ空いている訳でもない。
人間の心理的に、知らない人とは1つ空けて座る的なことを意識しているのみたいで、ポツポツと席が穴ぼこに空いてある。
いつも通り、正吾と学食で昼食を取ることになった俺達は、いつも通りに席を確保して、いつも通りに飯を食う。
「あり? そういや、今日は弁当じゃないの?」
正吾が俺の、日替わり定食を見ながら聞いてくる。ちなみに今日の日替わりは生姜焼き定食である。生姜と醤油の香りが食欲をそそる。
「まぁなぁ」
「なんで?」
「なんでって……」
どう答えたら良いものやら。
今日は有希が朝から荷物検査で忙しかったから弁当を作る時間がなかった。
というのが理由だが、正吾には俺が作って持って来ていると言ってあるので、素直に言うわけにはいかない。
だが、うまい言い訳が思いつかなかった。
「生姜焼き食いたかったからだよ」
「うまいよな。生姜焼き。あ、そうだ、久しぶりに今度焼肉、食い放題行こうぜ」
どうしてそこで焼肉なのか疑問だが、肉繋がりで思いついただけだろうな。
「中学の頃はアホみたいに行ってたけど、最近は行ってないもんな」
「また店の人に怒られるかな?」
「いや、あれは怒られてはいないだろう。勘弁してくれって言われただけだ」
シニア──中学の時の野球の帰りに、俺の家族と、正吾の家族、芳樹の家族で焼肉の食い放題に行ったことがあった。
俺達は大食漢、とまでは言わないが、めちゃくちゃ食べていたので、店長さんに、「申し訳ありません、在庫がちょっと……」と言われたことがあるだけだ。
食べ放題の範囲で食べていたし、別にやましいことではないはずだが、あれ以来、親達は恥ずかしくて行っていないし、俺達も気遣って行ってなかった。
あれも数年前の話だし、もう解禁しても大丈夫だろう。
ともあれ、こいつから弁当の話を逸らせたからなんでも良いや。
話が弁当の話題から外れて安心していると、見知った顔がトレイを持ってウロウロしているのが見えた。
「白川ぁ」
クラスメイトの白川琥珀の名前を呼ぶと、すぐに反応し、ミディアムヘアを軽くだけ揺らしながらこちらに来てくれる。
「やー、やー。お二人さん。相変わらずの仲ですね」
「やめてくれ……」
たまにクラスメイトが俺と正吾を見ると、そういう意味で、キャーキャー言ってくるので、げんなりして答える。
白川は楽しそうに笑っているので、話を本題に戻すために彼女へ質問をする。
「席ないの?」
「あー。いや」
白川は周りを見ながら、笑っていた笑顔を苦笑いに変えた。
「あるにはあるけど、って感じだよね」
「まぁ……」
穴ぼこの席の間に入るのって意外と勇気いるよな。混雑して来たから、座ってる身からすると全然気にしないから良いんだけど、入る側は気を使う。
「だったら一緒に食えば良いだろ」
正吾がさも当然のように言ってのける。
「この前、相席してくれたし。遠慮なく座ってくれ」
「良いの?」
俺も正吾の意見には賛成なので、「もちろん」と答えると白川は、「どもども」と言いながら正吾の隣に座った。
「助かったよー」
「今日も弁当忘れたのか?」
聞くと、首を横に振られる。
「この前、3人で食べた時から、ちょこちょこ利用するようにしてるんだ。お母さんも、『洗い物なくて楽だし』って言ってランチ代くれるし」
「ま、洗い物はなくて楽だよな」
「そういう守神くんは、今日は学食なんだね」
しまったな。せっかく正吾から弁当の話題を遠ざけたのに。
「そうなんだよ白川。晃のやつ、弁当デビューしてからずっと弁当なのに、今日に限っては学食なんだよ」
思い出したように乗っかる正吾。
「ええー。彼女さんがお寝坊したとか?」
「だから彼女じゃなくてだな……」
白川にどう言い訳しようか考えていると、正吾が身を乗り出して言ってくる。
「晃! やっぱり彼女なんかぁ!? 俺という者がありながら!」
「ええい! ウルセェ! お前はただの親友だ!」
「……ポッ」
「頬を赤らめるな!」
「いやー」
「どうして白川が照れてんだよ!」
頭をかいて、照れている白川へ言うと、ニヤニヤしながら言ってくる。
「今のナチュラルに親友とか言えるのが凄いと思って」
「あ……」
口元に手を持っていき、変なリアクションをしてしまう。確かに、俺はとんでもなく痛い発言をしたのではないだろうか。
「彼女も、親友もいてる守神くんはリア充ですなぁ」
「だから、彼女なんかいないっての」
どうしても白川が俺に彼女がいる設定にしたいらしく、執拗に言ってくる。俺が本当に彼女持ちならば観念して言っているところだが、残念ながら絶賛片想い中なので、いると答えることはできない。
「そういえば文化祭の売り上げってどうだったんだ?」
話題を180度変えてやる。
彼女は文化祭実行委員だったので、あわよくば乗っかると思ったが、白川は思い出したように、「そうそう」と頷いて言ってくれる。
「上位の方だったよ」
なんだかうまいこと乗っかってくれたみたいだ。
「1位にはなれなかったけど、みんな頑張ってたんじゃないかな」
「へぇ。そりゃすごい」
流石に1位は無理だったみたいだが、上位なのは誇っても良いことだろう。
「じゃあ打ち上げしないとな。打ち上げ。白川頑張ってたしよ」
「打ち上げ。良い響きだよね」
正吾の案に、ノリノリな言い方をする白川。
「そだ。今度、晃と一緒に焼肉行こうって言ってたんだよ。白川も来る? それで打ち上げって感じで」
「行く行くー」
白川琥珀はめちゃくりゃフットワークの軽い女子らしい。
「ふぅん。あれあれー? 俺ってお邪魔?」
さっきの白川へのお返しと言わんばかりに、やぼったい言い方で彼女に言うと、「何言ってんだ」と正吾に言われる。
「晃が来ない焼肉なんて、肉のない焼肉と変わらんぞ」
「そうだ、そうだ。それに近衛くんに深い意味なんてないぞー」
「俺達は、
「そうだ、そうだー」
バカとノリで生きているコンビが強い。というか、俺の恋愛煽りスキルがないだけかもしれないな。
「あ、
ここで少しだけボリュームが下がり、コソコソ話をするように若干前屈みになった。
「なんか、物凄い噂になってるんだけど……。大平さんに彼氏ができたとか、なんとか」
今朝の女子生徒2人のことを思い出す。あの2人もそんな噂をしていたな。
「あー。なんか聞いたわー」
意外にも、正吾までもが噂を聞いていた。こいつはあまりそう言う噂には興味がないタイプだから、外野から声が聞こえて来たってところだろう。
「大平さんに彼氏……。大平さんが男子と喋ってると言ったら、同じクラスになった人とか、生徒会の人とかだと思うけど……。そんな感じだったのかなぁ。忙しそうにしてるから彼氏とか作らなそうなんだけど」
「そういや最近、晃って大平と仲良いよな?」
「ぬ?」
正吾の何気ない言葉に、白川の恋愛センサーが反応した。
「ど、どこが?」
「いや、やたら一緒なのを見る気がする。それに、一緒に勉強もしたし」
正吾の言葉の後に、白川がニタァと笑ってくる。
「もしかして、お弁当作ってもらってるの大平さん、とか?」
ドキン、と心臓が跳ねた。名探偵に推理されて当てられる犯人と言うのはこういう感情なのかもしれないな。
「んなわけねー」
唸る心臓をなんとか抑えて、冷静を装いなんとか口を動かして声に出せた。
「んー?」
まじまじと見つめてくる白川。可愛い顔をしているのだが、美人を見るのは有希で慣れているので、動揺はしない。
「ま、それもそうだよね。最近一緒なのは席近いからだろうし、勉強はわたしが誘ったし。たまたまだよねー」
「ウン。タマタマだよー」
コクコクコクと頷くと白川は「だからさ」と手を叩いて言ってくる。
「本人に聞いてみよう」
「え……」
白川は通路の方に声をかけた。
「大平さーん!」
白川が声をかけた方には、大平有希がいた。
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