第48話 ようやくの連絡先交換
我が校の文化祭は、土、日で開催される。
休日の学校行事ということで、月曜日と火曜日は振替休日をもらえることになっている。
レアな平日休み。
体調不良じゃない平日に出る外の世界は、休日に出る世界とはほんのちょっぴりだけ違って見える。
家の北にあるスーパー。
夏休み明けに有希が専属メイドになってくれた時、食材を買いに来たスーパーへとやって来ていた。
平日の昼前ということで、主婦の方々が多いスーパー内。
ちょこちょこと若い男性を目撃する。
昨今、フリーランスを選択する人が多いのと、あとは夜勤明けの人達かな、と思う。
俺が子供の頃なら、若い男性が平日の日にスーパーにいると、おばちゃんに絡まれたところを見たことがある。
しかしながら、ネット社会となった今、そういう職業の人達がいるという情報が高校生の俺ですら流れてくる。
だから、平日のスーパーに若い男性がいても不思議に思わない。
そんなスーパーに、今日は何の用事かというと、料理の食材を探しに来た。
そりゃスーパーに来たのだからそうだろうと思われそうだ。
どうして振替休日をもらった日にわざわざ来たかというと、原因は大平有希である。
今の俺は有希のヒモ同然。
ヒモみたいな俺では一生、片思いで終わってしまうだろう。
彼女と肩を並べられるくらいじゃないと。
もちろん、一長一短で並べられるとは思っていない。
だけど、千里の道も一歩から。
ちょっとでもまともな男であるということ、いつまでも彼女に頼らなくとも、逆に頼られる男になるため、料理の1つでもできておきたいというのが目的だ。
記念すべき、最初の料理はオムライスを作ろうと思う。
またオムライスか、と自分でも思う。
だが、有希が俺に最初に作ってくれた料理でもあるため、これはおさえておきたい。
あと、本音で言えば、昨日帰り際に言われた有希の言葉。
『卵。晃くんのところに置かしていただきますね。めちゃくちゃ余ってますので』
というわけで、家の小さな冷蔵庫には大量の卵が入っている。それを処理してあげなければならないのが本音である。
「えっと……。オムライスの材料は……?」
今の時代は本当に便利だ。いつでもどこでも料理の材料がスマホで確認できる。
現代の発明の利器を使用して、俺は慣れないスーパーを右往左往しながらもなんとか材料を買って帰れることに成功した。
♢
なんとか材料集めに成功した俺は、ようやくと家に帰って来る。
いつも通り、無意識に鍵を開けて玄関を開けた瞬間、ブォォォンという謎の音が聞こえて来た。
一瞬、パニックになった。
部屋が潰れた。
そう思い、固まってしまったのだが、視線の先に見慣れた靴が玄関にあった。
それを見て瞬時に理解する。
「あ……」
玄関を開けた先の真っすぐ伸びた廊下。その先のドアは開かれており、俺の部屋を掃除する有希の姿があった。
今日も今日とてミニスカメイド服姿の彼女は、昨日のロングスカートの恰好とは雰囲気がやはり違う。
個人的にはこっちの方が似合っていると思う。ロングスカートも良いけど、生足は見えた方が萌えるね。
有希はどうやら俺の部屋に掃除機をかけてくれたらしく、掃除機を止めると、パタパタとこちらにやって来る。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
なんだか、初めて言葉の意味と合致したメイドの挨拶をもらった気がする。それがやけに嬉しくて、ニヤけそうになるのを、グッと堪える。
「ただいま。来てたんだな」
「すみません。勝手に上がらせていただきました」
「いやいや、全然大丈夫」
勝手に上がって掃除をしてくれているなんて、どんだけ契約に忠実なメイドなんだと褒めてあげたいところだ。
そう言った後に、ふと思ったことがある。
「連絡先知らないから、不在だった時、1言、声をかけるのもできないもんな」
「そういえば、そうですね。今まで、気にしたことなかったです」
「隣同士だし、別に早急に連絡しないといけないことなんてないもんな」
「ですが、今日みたいな日があるやも知れませんし、連絡先を交換しておくのは大事なのでは?」
そう言われて、心の底から嬉しくなる。
こんなにもナチュラルに好きな人と連絡先の交換ができるんなんてな。毎日、来てくれるから感覚が麻痺してしまっているが、好きな人の連絡先なんて、男子なら死んでも欲しいくらいだろう。
「交換しよう」
素直に言うと、有希は顔を逸らしながら、少し恥ずかしそうに言ってくる。
「ぎょ、業務上、ひ、必要です、からね」
「あはは。業務上ね」
から笑いを出しながら、彼女と連絡先を交換する。俺のスマホに、大平有希が新規登録されてから嬉しくれ、ピョンピョン跳ねだしそうな気分をおさえる。
ただ、さっきの有希の言葉がちょっぴり寂しかったので、からかうように言ってやる。
「プライベートの事とかめっちゃ質問する文送ろうかな」
もちろんそんなことはしないし、多分、できないだろう。
冗談のつもりで言ったのだが、有希は顔を逸らしたまま言ってくる。
「べ、別に……送りたかったら、送れば良いのでは……?」
「え? 良いの?」
「ひ、暇な時に返してあげます」
言うと、腕を組んで、「ま、まぁ?」と続けてくる。
「私は忙しい身ですので、暇な時というのはあまりございませんが」
「それもそうだな」
有希は忙しい身だ。そんな忙しい身で、俺の面倒をみてくれている上に連絡もするなんておこがましいにも程があるだろう。
彼女へは、本当に必要な時だけで連絡を取ろう。
「ところで」
話しを切り替えるように、有希は俺の手に持っている買い物袋に視線を送る。
「晃くんが休みの日なのに、昼前に起きてまで行った場所は、スーパーですか?」
グサっと、なにげなくクズ男認定されているような気がしたが、事実、俺は休みの日は昼まで寝ているので、言い返すことができない。
「ま、まぁな」
「私に要望があるのなら、私が買い物に行ったのに」
「いや、自分で作ろうと思って」
言いながら、ここでようやくと靴を脱いで家に上がる。
キッチンの調理版へ荷物を置くと、有希が目を丸くしているのが伺えた。
「明日は嵐が来ますね」
「明日も絶好の洗濯日和らしいぞ」
「や、嫌味ですが?」
「わかってるよ」
言い合いながら、俺は買い物袋から食材を取り出していく。
「ど、どど、どうしたのです? 熱でもおありで?」
言いながら、有希の冷たい手が俺の額に当たってくる。ドキッとしたのと、ヒヤッとしたので、ビクッと反応してしまう。
「熱い……。これは高熱では?」
「あんたの手が冷たいだけだ」
そう言って、そのままいたいけど、反射的に相手の手を振りほどいた。
「冗談はさておき、どういう心変わりでしょう」
「なんとなくだよ。ほんと」
買い物袋を適当にくくって、キッチンの引き出しに雑に入れた。
「ま、俺も有希を見習って料理の1つくらいは、って感じだよ」
本来の芯を捉えた目的は隠しつつ、嘘はついていない。
それを聞いた有希は、少し拗ねたような顔をしていた。
「別に、晃くんが料理できなくても、食べたいものがあるなら私が作ってあげるのに」
ボソリと呟く小さな本音らしき言葉。部屋が静かなので、もろに聞こえてしまった。
「えっと……」
そんなこと言われたらこちらは照れてしまうのだが、向こうはこっちが聞こえてないと思っているのか、ノーリアクションであった。
「あ、あのさ……。有希。やっぱり、いきなり料理はできなさそうだから、作ってくれない?」
言うと、パアァと笑顔になったかと思うと、凛としたいつもの顔立ちに戻る。
「しょ、しょうがないですね。まぁあなたが作るより私が作った方が良いでしょうね。なんでも言ってください」
「それじゃ、その材料で作れそうなものを」
「かしこまりました」
有希は鼻歌混じりでキッチンに立つと、あっという間にチャーハンを作ってくれた。
そのチャーハンがまた絶品で……。
うん。料理の練習はまた今度にしよう。
だって、好きな人にそんなこと言われたら、作ってもらいたくなるし。
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