第46話 メイドと、あーん

 効果絶大の共同萌え萌えキュンなオムライスを食べ終え、キッチンで洗い物をしている有希を見つめる。


 片思いの女の子の方へと視線が行ってしまうのは、あるあるだと思う。どうしても意識してしまう。


 そして普通なら、可愛いなとか、綺麗だな、なんて単純で安っぽい思想に支配されて、でも、片思いで脳がとろけているから、そんなこと以外考えられないだろう。


 俺もそうだ。有希の姿を見て、そんな思想が巡っている。


 しかしながら、まだ片思いが浅いからか、それ以外の感情もあるにはある。


 このままじゃ振り向かれないよな……。


 俺と有希の関係は、ご主人様とメイド、生徒会長と一般生徒、席が前後のクラスメイト。


 家に来て家事をしてくれたり、一緒に喋ったりできる環境なのは恵まれすぎているのだが、それは契約上仕方なくだ。


 契約がなければこんな恵まれた状況にはならなかっただろう。彼女は契約上、メイドとしてこうやって世話をしてくれているのであって、これはずっと一緒の幼馴染がお節介を焼いたりしているわけではない。


 片思いだけで終わるつもりもない。できればその先の関係に進みたい。となれば、今の状況はまずいよな。俺はただのヒモみたいなポジションになってしまっているし。


「どうかしたのです?」

「ふぇ?」


 ふと、顔を覗き込むように有希が現れたので、俺はなんとも滑稽な声が出てしまう。


「珍しく難しい顔をしていましたが」

「そんな顔してた?」

「それはもう。こぉんな顔してましたよ?」


 有希はわざとらしく、眉間にシワを寄せて、定期テストで意味不明な文章が出た時の学生みたく、難しい顔を作った。


「そんな顔してたんだ」

「なに考えてたんです?」


 表情を戻して、軽く首を傾げて聞いてくる。その時に軽く揺れるツインテールに視線が向かう。片思いをしてから彼女の仕草にいちいちドキドキさせられてしまう。


「もしかして……」


 こちらが答える前に、彼女が仮定を立てて聞いてくる。


「また自分の過去と葛藤してたのでは?」

「違う違う!」


 そんな大層なことを考えていたわけではないので、すぐに首を横に振って否定する。


「そうですか。なら、良いです」


 心配してくれていたのか、どこか安心したような声で言ってくれる。俺のことを気にかけてくれるのは凄くありがたい、というか、素直に嬉しい。


「そろそろ帰るのか?」


 キッチンで洗い物を終えたらいつも彼女は帰ってしまう。本当はいて欲しいけど、今日は文化祭で色々疲れているだろうし、無理に引き止める上手い理由が思いつかない。


 俺のところに来たのも、帰りの挨拶をするためだろう。


「そうですね」


 質問に肯定をしようとして、「あ……」となにかを思い出したような声を出すと、彼女はポケットからチョコレートのお菓子であるキット○ットを取り出した。


「そういえば占いをしてもらってもらったのを忘れていました」

「もらってたな」

「食後のデザート。というわけではありませんが、食べます?」

「仲良く食べてって言ってたし、半分こしようぜ」

「はい」


 有希は袋を開けると、綺麗に半分に割ってから渡そうとしてくれて手を止めた。


「あ、ちょっと溶けてしまってますね」


 ポケットに入れていたからか、チョコレートなので少し溶けており、有希の手には軽くチョコが付いてしまっていた。


 それを見つめ、数秒固まったと思ったら、俺の口元へそれを持ってくる。


「え、な、なに?」

「わざわざ晃くんが手を汚す必要性がないので、食べさせてあげます」


 それは、とどのつまり、あの、かの有名な、伝説の……?


「あーん……?」

「い、言わないでください! こ、これは、そうであって、そうではありません。あくまでも、ご主人様の手を汚さないメイドの配慮であって、それ以上でもそれ以下でもありません」

「そ、そっか……」


 以前ならなにも気にしなかったけど、片思い中のその言葉はちょっと距離を感じて、残念な気持ちになる。


「あ、あーん」

「言ってんじゃん」


 自分は言わないでくださいとか言ってるわりに、俺の口元に持って行く時は声に出してしまっている。


「う、うっさいです! 食べさしてあげませんよ?」

「それは、困るな」


 そう言って、素直に口を開ける。


「あーん」

「あーん……」


 唇に若干溶けたチョコが付く。でも、歯で噛むと、サクッとまだまだ気持ちの良い音がした。


 彼女が、あーんをしてくれたチョコレートは、そのチョコの甘さではない、他のなにか違う甘さを感じた気がした。いや、甘さというか、ただ単に恥ずかしいだけというか。


「どうです?」


 聞かれているのは味の話しだろう。別にそこまで真剣に答えるものではないだろうが、今回に限っては真剣に答えたいので、「貸して」と彼女から、もう半分のチョコをもらう。


 そして、彼女と同じように、俺は有希の口元へチョコを近づける。


「や、やや! 自分で食べれますよ!?」

「1回食べてみて」

「え、ええ、そ、それは……」

「良いから食べろ。ご主人様命令」


 あんまり言いたくないが、この時だけはちょっと強気で言ってみる。


「うう」


 普段強気の性格の有希は、こちらの強い言葉に押されて素直に口を開けた。


「あ、あーん……」


 え、なにこれ、すごい可愛い。


 可愛らしく口を開ける彼女の姿が可愛くて、ドギマギしてしまう。ずっと見ていたくなるような姿。親鳥が雛に餌をあげる時の気持ちを堪能しながら、「あーん」をしてあげる。


 サクッとチョコを噛み、味わって食べると一言。


「なんだか、甘いんですが、その……」

「恥ずかしくて、なんともだろ?」


 こちらの意図が伝わったのか有希は、コクコクと頷いた。


 彼女も相当恥ずかしかったみたいだな。

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