第44話 騙せる自信があると思ってただけ

 ロングスカートのメイド服を着た妖精に手を握られて走ること数秒。階段の踊り場で立ち止まると長い銀髪を靡かせて、その愛らしい顔を見せてくれる。


「晃くん。文化祭、一緒に回りましょう」

「いや、えっと……」


 唐突に連れてこられたので、少しだけ状況がわからなかった。


「生徒会、は?」


 端的な質問を投げると、彼女は拗ねた顔をして言い放つ。


「逃げて来ちゃいました」

「逃げたのか」


 だって、と拗ねた顔のまま軽く唇を尖らせた。


「今年は去年よりも忙しくて、ずっと見回りでしたもん。それにそこらでアクシデントがあったりして、クラスのお手伝いもできずでしたし」

「結局、生徒会が忙し過ぎてメイド喫茶には行けなかったのな」


 ん? そこで疑問が生じる。


「じゃあ、なんでウチのクラスのメイド服着てるんだ?」


 メイド喫茶で働いていたところを抜け出したのなら、まだ話はわかる。しかし、彼女は生徒会を逃げ出したと言っていた。なのにメイド服とはどういうことだろうか。


 彼女は指を軽く口元に持っていき、うーんと考え込む。


「変装です♪」


 文化祭マジックが有希にもかかっているのか、普段ではあまり聞けないだろう、茶目っ気たっぷりの声を放つ。


「変装って……」


 変装にしては下手すぎる。そのトレードマークである銀髪を隠さないことには意味がないだろうし、むしろ美人がメイド服を着て目立っている感が否めない。


「それじゃ、すぐに見つかるぞ」

「ふふふ。甘いですね晃くん」

「学校で名前呼びは禁止じゃ?」

「変装中だから大丈夫です」


 独自のルールを開拓し、サラッと言ってのける。


 さらに、と声高々に放つと、ポケットから2つのリボンを取り出して、髪の毛を束ねる。


 慣れた手つきで2つのリボンを付けると、あっという間にツインテールの完成だ。


「おお」


 銀髪ツインテールの有希はなんか、うん、非常に良い。幼さの中に大人の魅力があって、男性心を揺り動かされる。守ってあげたくなる雰囲気。


「で?」

「え?」

「いや、ツインテールにしてどうしたん?」


 似合っているし、普段の凜とした雰囲気から、妹みたいな雰囲気へとジョブチェンジを果たしている。好きか嫌いかで言えば、大好きな髪型なんだけど。


 ガシッと腰に手を置いて、かっこいいモデルポーズで言ってくる。


「完璧な変装です!」

「無理があるだろ」


 呆れて言うと、「安心してください」と自信満々に言い放つ。


「策はこれだけではございません」

「策?」







 文化祭も終盤を迎えていると言っても、まだまだ人の数は多い方と言える。廊下を行き交う人達が俺達、特に有希の方を注目して歩き去って行く。


 長い銀髪をツインテールにした、ロングスカートのメイド服美少女。情報量が多いが確実に目を奪われる容姿は、男女関係なく注目の的となっている。


 私服姿、他校の制服の男女が、「綺麗……」とか、「めっちゃ美人じゃん」と息を呑むように呟いて通り過ぎて行く。

 そりゃ外部から来た人は、この妖精さんを見たらそんな反応になるだろうし、彼らに対して言えば、こちらが目立っても構わない。


 しかし、この文化祭は我が校の文化祭。もちろん、自分達の生徒も大勢いるわけだ。


「あれって会長じゃ?」

「え? うそ? 会長がメイド服? てか髪型どした?」

「てか、男と歩いてんじゃん。誰?」


 そんな身内の声が聞こえてくる。


「おい。やっぱりバレてんぞ」


 コソッと言ってやると、「ご安心を」と、この後に及んで自信満々な態度は変わらない。


 有希はポケットからスマホを取り出すと、「そろそろですね」と声を出した。


 その声に反応してか、ピンポンパンポンと校内放送が流れ始める。


『皆様、もうすぐ16時、を過ぎたところですかね。文化祭ももうすぐ終わってしまいます。ご来場くださった皆様──』


 キィィとマイクの音が若干飛んだ。


『失礼しました。これは長々と挨拶をするのをやめろということですかね。あはは。えー。皆様、最後まで文化祭を楽しんでいただけると幸いです。簡単ですが、学校を代表して、生徒会会長の大平有希の挨拶とさせていただきます。では、引き続き文化祭をお楽しみくださいませ』


 有希の声だった。今、まさに放送室から流したかのような演出。ちょっとわざとらしい気もするけど。


「あれ? 会長?」

「じゃあ、あの子は?」

「他人じゃない?」

「会長はツインテールとか、メイド服着ないでしょ」

「まぁ会長だもんね」


 なんか、まんまと騙されている身内の生徒達を見て、有希はしたり顔をして見せる。


「人の認知や固定概念を利用すれば意外と簡単ですよ」


 指を立てて解説をしてくれる。


「大平有希はしっかり者だからメイド服を着ない。大平有希は凛としているからツインテールにしない。大平有希は男と歩かない。そんな姿見たことない」


 腕を後ろで組んだ、前へ足を踏み出している。


「その疑問の最中、違うところで本人らしき人物を見た。今回に至っては録音を使った音声だけでしたが、演技も相まってうまく騙せていますね」


 ピタッと足を止めると天井を見ている。


「1人で良いんです。誰かが、『違う』と声を出してくれれば、同調圧力で違うと認識してもらえます。もちろん、普通の状況では騙すことは不可能ですが、文化祭で浮ついたこの空気だからこそ騙せますよ」

「詐欺師だな」


 彼女の世界観に合わせて言ってやると、可愛らしく振り返ってくる。


「私は、ただの生徒会長ですよ。ただ、のね」


 意味あり気に儚く言ってくると、「さ」と声を出して、機嫌良く言ってくる。


「これで周りの目は気にしなくて良いです。文化祭を楽しみましょ」






「いらっしゃい。会長さん」

「バレてんじゃん」

「……ぅくぅぅ」


 隣に座る有希は顔を真っ赤にして下唇を噛んだ。


 俺達が来たのは3年E組の占いの館。いかにもな占いの館に入りたいという有希の要望でやって来たのだが、秒でバレてた。さっきの長々としたドヤ説明がなんだったのか聞きたいくらい秒でバレた。


 めっちゃ恥ずかしそう。いじりたい。ただの生徒会長とか意味あり気に言ってたところとかいじりたい。

 うん。本当にただの生徒会長だね。

 って言いたい。


 そもそも、あれでイケると思ったのも文化祭マジックで、テンションがおかしくなっていたからだろう。

 いや、どちらかというと、文化祭なのに生徒会の仕事ばかりでおかしくなったというべきか。


 どちらにしろ、今の有希はちょっとバグってるな。


「今日は、なにを占いましょうか?」


 こちらの事情を全く知らない、黒いフードを被った占い師役の先輩は、机の上に置いてある水晶を手で撫でながら占い内容を聞いてくれる。


「相性! ご主人様との相性を占ってください!!」


 さっきのドヤ説明なり、演技までして録音したことがぶり返して恥ずかしさゲージが上がったのか、彼女はヤッケになって言い出した。


「このご主人様とメイドの私の相性を教えてください!!」

「お、おい……」


 壊れた有希は自分からグイグイと言い出している。恥ずかしさマックスの暴走モードらしい。


「えっと……」


 さっきまで占い師っぽい雰囲気を出していた先輩も、壊れた有希を見てちょっと引いている。


「会長さん、何かの罰ゲーム?」

「まぁ……」


 あちらさんが勝手に勘違いしてくれているので、そういうことにしてもらっておこう。


 というか、普通ならそう考えるのがマストかもな。


 そっか、そっかと勝手に勘違いして納得してくれた占い師の先輩が、コホンと咳払いをして占ってくれる。


「じゃあ、水晶で……。2人の相性は……」


 はぁぁぁんと適当な声を出すと、水晶が、じわじわと緑色に光り出す。


「出ました。相性は、60%です!」

「「……」」


 微妙。


 100%とか出たら、うぇええ! とか言えたし、10%なら、ちょいちょいちょいとか言えたけど、60%は喜べば良いのか悲しべば良いのか理解に苦しむ。沈黙。それが俺と有希の答えだった。


 てかこれ、ロ○トにあるおもちゃの水晶では?


 色々と反応に困る空気になり、占い師の先輩は気を使ったのか、カードみたいなものを取り出して、適当に引いた。


「あ! あとね! 2人の相性を高めるには膝枕! 膝枕が良いです!!」


 それもロフ○で見たことあんな……。


 このなんとも言えない空気に当てられて、有希も冷静を取り戻していた。


「あの、えっと……。ありがとうございました」

「っしたー」


 俺と有希は微妙な占い結果を受けてその場を去ろうとしたら。


「あ、待った、待った。占いに来てくれたお礼に、これ、どうぞ」


 先輩は、ガサゴソと机の中から、キット○ットをくれた。


「2人で食べると相性爆上げ。仲良く食べてね」

「どうもありがとう」

「ございます」


 それを有希はメイド服のポケットに入れてから、今度こそ占いの館を出た。

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