第43話 キッチンをクビになったら妖精に誘われました

 文化祭2日目の教室内。昨日の続きからということで新鮮味はないが、教室内はメイド喫茶と化していた。


 ただ、2日目だけど女子のメイド服姿は目を惹かれるところがある。


 キョロキョロと自然と有希の姿を目で追ったが、彼女は今日も生徒会の仕事があるみたいで、いつもの制服に腕章姿であった。


 ロングスカートのメイド服姿を見てみたかったので、心から残念な気持ちが込み上げてくる。


「守神」


 有希の姿を見ていると、聞き慣れない男子の声が聞こえてきて、ヒヤリとする。

 俺が有希を見ているのバレてないよな? なんて、恐る恐る振り返ると、同じクラスの藤川と辻内が喋りかけてきたみたいだ。


「今日は本当に良いのか?」


 言葉の主語がなかったので一瞬わからなかったが、すぐに今日の文化祭の店番のことだと察する。


 俺が有希を見ていることがバレた訳じゃなくて、ホッと安堵の息を吐きながら彼等に答える。


「もちろん。というか当然だろ。こっちが1日代わってくれって頼んだ側だ」

「そうだけど、昨日は久しぶりの友達が来てたんだろ? だったらそっち優先するのは当然だって」

「そうそう。友達は大事だしな。なんかもっと変な理由でサボるのは論外だけど、守神はちゃんと理由を話してくれたから、別に無理してフルタイムで入る必要はないぞ」


 クラスメイトとあまり話をしたことはなかった。野球ばかりしていて、友達の作り方がわからなかったから。どう接して良いかわからなかったから。なんて悲劇のヒロインを演じて勝手に壁を作っていただけかも知れない。


 昨日、有希に洗いざらい話をしたおかげか、今はそんな壁はない。もしかしたら文化祭の空気に当てられて、彼等は優しい声をかけてくれているだけかも知れない。でも、それは適当なことではなく、心からそう言ってくれているのだろうと思える。


 だからこそ、俺は首を横に振った。


「ありがとう。でも、約束だし、今日は俺と正吾はフルタイムでいるよ」


 サラッと正吾も巻き込んでおく。ま、あいつも昨日1日遊んでいたので当然だろう。


「そ、っか。守神が言うならいっか」

「ま、やばかったら連絡してくれよ」

「てか、俺ら守神の連絡先知らなくない?」

「あ、そっか」


 言うと彼等はポケットからスマホを取り出した。


「交換しとこうぜ」

「だな。クラスメイトだし」


 初めてだった。小学生の頃も、中学生の頃も、正吾と芳樹以外の人と連絡先を交換したことがない。これが文化祭マジックなのだろう。もちろん、友達になったとか大層なことじゃないのはわかってる。もしかしたらメイド喫茶が混雑を極めて人手が欲しいってなった時にすぐに呼べるようの交換だろう。わかっているが。


 それでも、交換しようとクラスメイトに言われて素直に嬉しかった。







 文化祭2日目がスタートした。本日のスタート位置は2年F組、メイド喫茶のキッチンからスタートとなる。メニューは簡単で、オムライスとコーヒーだけなので、誰でもできる。


 はず……。


「うおっ!」


 キッチンにて、卵を割ってボールに入れようとすると、手に持っただけで卵が割れる。


 生まれてこの方、卵なんて割ったことがない。今回が初めての卵割りなのだが……。


「うはっ!」


 手に持っただけで割れてしまう。


「守神くんww どこの黄金の戦士ww」

「あはは! あったな! 黄金の戦士になって力のコントロールをするために卵で修行するやつ」


 クラスメイトの男子達からいじられてしまう。


「ご、ごめん、ごめん」

「全然大丈夫。こうするんだよ」


 眼鏡をかけたクラスメイトの広瀬が優しく卵の割り方を教えてくれる。


 彼は卵を片手で割ってみせた。


「簡単でしょ」

「こ、こう?」


 卵を持った瞬間割れてしまう。


「ぷはっww 守神の握力ゴリラかよw」


 クラスメイトの男子の安井に笑われてしまう。


「おいおい晃。卵ってのはなぁ、こう、やんだよ!」


 途中でしゃしゃり出てきた正吾が卵を掴むと、俺と同じように手に持っただけで割れたが、そのままゴリ押しでボールの中に入れる。


「うおおおおおお!」


 そして、勢いそのまま殻入り卵を手でミキサーする。


「お待ち! 力で押し切れば殻もなくなるって寸法よ」

「近衛くん……。これはちょっと……」

「ちょw これは近衛の玉子焼き用だなw」

「もう賄いか。悪くない話だ」


 そんな話ではないと思う。







 無事に卵割りをクビになってしまった。


 昔、日曜日の大御所アニメ番組で、全自動卵割り機がネットでバズったが、俺はバカにはできない。今すぐに、ネット販売のアマズゥンにて購入したい。今すぐに……。


 気をとり直して、俺達はフライパン組へとやって来た。卵を焼くとチキンライスをやる係だ。


「卵もろくに割れない俺たちがフライパンを振るなんてできないだろ」

「物を振ることに関しては、元5番ファーストの俺の出番だな」

「典型的なプルヒッターのお前にフライパンを振ることができるのか?」


 そんな言い合いをしながら、運ばれてくる溶き卵をフライパンに引いた。


「お? おお? おおお!?」


 なんかそれなりにできてない? もしかして俺、料理の才能ある?


 と思うのも束の間。卵をとじようとすると、ぐしゃぐしゃになり、見事なスクランブルエッグの完成となる。


「あ、あはは……」


 クラスメイトの男子も苦笑いしか出ていない。


「ピッキーン! ここだ!」


 正吾はお手製サウンドエフェクトと共にフライパンを振った。鋭いスイングから放たれた卵は宙を舞い、落下地点はそのまま正吾の顔面だ。


「うおおお! あっちぃぃぃ!」


 あつあつ卵のマスクパックをつけて、悶える正吾はそのまま掃除機みたいに顔面に落ちた卵を食べた。


「うおおお! あっちぃ! 出来立ての卵うめぇ!」

「あ、あはは……」


 現場は苦笑いに包まれた。







 いや。まぁ。うん。


 クビ。部署移動。左遷。


 というわけで、俺と正吾は、買い出しという名のパシリとしてしか活躍できなかった。


 ただ、そこは元運動部ということもあり、俊敏な動きで買い出しを終えて、次の買い出し。そして次の買い出しと、買い出しの評価は高かった。ただそれは誰が見ても、幼稚園児が買い物できて偉いねぇレベルの褒め言葉であった。


「うっ、ごくっ、うっ、うっ、ぷひゃぁぁあ! うめぇ!」


 正吾は仕事をやり切った感を出してジュースを酒みたいに飲んでいる。


「うっひぃぃ。うめぇ」

「お前はよくうまそうにドリンクを飲めるな」

「なに言ってんだよ。俺達の貢献はでかいぞ」

「パシリは貢献って言えるのかねぇ」


 裏方の仕事を見ながら嘆くような声が出る。


 今、俺達は追加の買い出しがないので、キッチンの隅で待機している。また卵の追加やコーヒーの追加があればダッシュするのだが、どうやらピークタイムは超えたみたいだ。


「2人とも」


 そこへ広瀬が喋りかけてくれる。こんな俺達にも優しい笑みで言ってくれた。


「もうピークタイムは終わりだし、休憩してないでしょ? こっからラストまで休憩で良いよ」

「良いのか? 追加は?」

「うん。大丈夫。2人のおかげで本当に助かったよ。もしかしたら売上No.1かも。これも2人の買い出しが早いおかげだよ。本当にありがとう」


 それは嫌味のありがとうではなく。本気のありがとうだと思えた。


 それに買い出しがないのなら、フライパンも卵も割れない俺達がいても邪魔だろう。


「だったらお言葉に甘えるよ」

「だな」

「うん。本当にありがとう」


 彼の感謝に手をあげて反応してキッチンを出た。


 廊下に出て、文化祭も終盤。もうすぐ終わろうとしている雰囲気の中、正吾が聞いてくる。


「どうする?」

「ってもな。昨日、ほとんど回っちまったしな」


 そうである。昨日、文化祭をほとんど制覇した。


 まぁ、カップルで入れるようなところは入っていない。占いとか、お化け屋敷とか。

 お化け屋敷は正吾が無理なので入らなかった。こいつ意外とお化け苦手だからな。


 あとは、体育館のライブも運動部とか文化部の出し物も見たし、正直思い残すことはない。


「俺は体育館で時間でも潰すわ。正吾は?」

「ああ。そういえば、まだ食ってねぇもんあるから、食べ歩くとするわ」

「じゃ、たまには別行動っすか」

「だな。昨日散々一緒だったし。たまには別行動も悪くないか。寂しくなったら連絡するわ」

「そこは素直に言って来るんだな」

「俺は素直だからな。ほんじゃあな」


 正吾は笑いながら手をあげて、廊下を歩いて行った。


 さて、俺も適当に体育館で時間を潰す──。


「やっと、見つけました」

「え……?」


 唐突に声が聞こえて来たかと思うと、俺の左手が握られて前へ引っ張られる。


「ちょ、え?」


 前を見てみると、ロングメイド服姿の銀髪の少女が、迷いの森へ俺を誘うように、俺の手を握って廊下を走っているのがわかった。

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