専属メイドへ片思い中
第42話 変わる朝
今まで誰かを好きになったことがなかった。
こういうと語弊が生まれるかもしれないな。
両親や正吾のことは恩人として感謝する存在。それを好きと表現するのはなにも間違ったことではない。でもそれはLIKEという意味である。
有希も、俺の過去を知って、励ましてくれた。ある意味で両親や正吾と同じ恩人と呼べる人なのだが、彼女に抱く感情はLIKEではない。
長く綺麗な銀髪も、凛とした強さの中に愛らしさを感じる整った顔も、たゆまぬ努力の結晶であろうスタイルも、壮大な過去への葛藤も、葛藤の中で得た家事のスキルも、生徒会長としての振る舞いも、ツンとした態度も、拗ねた顔も、悪戯っぽい微笑みも、優しく包んでくれる包容力も……。
彼女を思うだけで心臓が高鳴ってしまう。
初めてのちょっと苦しい体験。
しかし、これがなんなのかすぐにわかった。
俺は大平有希に恋をしている。
そりゃそうか。
あれほどの美少女が毎日家にやって来て、掃除を、洗濯を、そして料理を作って来てくれるのだ。
自分の過去を語ってくれて、俺の過去を聞いてくれて、優しく包んでくれるんだ。
好きになるわけだ。
そんな専属メイドという名の通い妻状態なら、惚れない方が異常である。
通い妻……。通い妻、妻? 嫁?
「有希が嫁……。それは、やばい……」
早朝のベッドで時間も確認せず、俺は掛布団を抱き枕代わりに悶えていた。
右へ左へ寝返りをうっては悶える。時折、有希を思っては抱いている掛布団に力が入る。
「晃……くん?」
「ハッ……!?」
彼女の癒しの声が聞こえて嬉しいのと同時に、俺の視界には困惑状態の有希が目に入った。
いつも通り、合い鍵で玄関を開けて起こしに来てくれたようだ。
困惑状態の有希も美しく、彼女の顔を見ただけで心臓が高鳴ってしまっている。
「なに、しているんですか?」
「今の、聞いて、た?」
質問には答えず、質問で返すと、「や……」と困った表情で答えてくれる。
「高速で寝返るを打っているだけに見えましたが……。なにか言っていたのですか?」
「んにゃ! にゃにも!?」
焦って、噛み噛みの返答をしてしまうと、「んー?」と覗き込むように俺の顔を見てくる。それだけで顔の熱が上がったのを認知する。
というか、顔が近い。こんな綺麗な顔が近くにあると緊張しすぎて心臓が口から飛び出しそうだ。
こっちは、心臓の音が相手に聞こえているのではないだろうかと心配になるくらいの爆音を鳴らしているっていうのに、有希は平然とした顔でこちらを見つめてくる。
「怪しいですね。なんて言ったんです?」
「べ、別に……」
目を逸らして答えると、優しく手を俺の頬へ持ってくる。ひんやりとした彼女の手が、彼女でドキドキして熱を帯びている俺の頬を冷やす。
有希はそのまま優しく自分と視線を合わせるように俺の顔を手で調整する。
「教えてください。なんて言ったんです?」
「あ、いや、その……」
なんと言い訳をして良いか、相手に心臓の音が聞こえてないか、頭が真っ白になってしまった。
「寝言……聞かれてたら恥ずかしいから、なんか言ってなかったかな……と……」
真っ白な頭で出たにしたら褒めて良いくらいの言い訳が出たと思われる。
ただ、冷静に考えれば高速で寝返りを打っている奴が寝ているはずもないという矛盾が生じるのだが有希は、「そうですか」と頬から手を離した。
少し名残惜しい気もする解放に、有希は思い出すように答えてくれる。
「寝言は言ってなかったと思いますよ」
「そ、そうか」
「私とすれば、チャイムも鳴らさずに起きてくれていたのでありがたいのですがね」
正直、有希のことを考えていてあまり眠れなかったからとは言えないな。
「今日も文化祭ですからね。朝ごはんをしっかり食べて楽しみましょ」
「あ、う、うん」
♢
顔を洗って、歯を磨いて、いつものコタツテーブルに座ると、いつも通りの有希の料理が運ばれてくる。
これって冷静に考えれば恵まれすぎている状況だよな。
好きな人が家まで朝起こしに来てくれて料理をしてくれている。前世で徳を積んだとか、ちょっと冗談めかして思ってたけど、こんなもん神様に土下座で感謝しないといけないレベルだよな。
「いただきます」
「召し上がれ」
よく恋をするとご飯が喉を通らないというのを耳にするが、俺はそんなことなかった。
好きな人のご飯を食べれているので、逆に、いつもより美味しく感じ、箸が止まらない。
和食メインの朝食を朝から、ガツガツ食べていると、「晃くん」と優しく呼び止められる。
好きな人に名前で呼び止められたので一旦、箸を止めると、有希が身を乗り出して俺の口元に手を伸ばして来る。
「お口にご飯粒。付いてましたよ」
そういって、ペロッと食べられる。
「…………くぅぅ」
昨日まで、昨日までそんなことしたことなかったくせに、なんで好きって意識した途端にやるんだよ。
そんなの、惚れてまうやろ。
「どうかしましたか?」
「いや……」
こちらの気も知らず、有希はいつも通りの朝と言わんばかりの表情をしていた。
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