第41話 片思いは唐突に気が付く
一体何分くらい有希の胸の中で泣いていたのかわからない。
ただ、夜空の月は先程よりも輝きを増しているのがわかる。
耐えていた何年分かの涙をずっと受け止めてくれていた有希に感謝をしながら、少し距離を取ると、恥ずかしくてつい誤魔化すような笑いが出てしまう。
「あはは。恥ずかしいところを見られちまったな」
「恥ずかしくなんてありません」
有希はこんなつまらない俺だけの話しを聞いてくれて、抱いてくれて、どこまでも優しい笑みで、どこか嬉しそうな笑みだった。
「それに私は嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい。あなたの過去が知れて」
言うと、優しく目を細めた。
「ようやく全てが一致しました。あなたが一人暮らしをしている理由。近衛くんと異常に仲が良い理由。野球道具を捨てようとした時に辛そうな理由。久しい友人に会えるのに辛そうな理由……。その全てに壮大なあなたの過去があったのですね」
私は……。と彼女は胸に手を置いて語ってくれる。
「私はあなたにメイド喫茶のバイトのことがバレて正直絶望しました。みんなに言いふらされて、生徒会長としても、私の憧れの夢も、全部終わったと思いました。でも、でもね。あなたは私のことを秘密にしてくれました。黙っていてくれました。内心ではすごく感謝していたのです。条件として専属メイドになって欲しいと言われましたが、もうあなたの専属メイドをやめたって、あなたは私の秘密をバラさないだろうと確信を得ています」
ですが。一呼吸置いて、俺を見つめる。
「私があなたの専属メイドをやめない理由はなんだと思いますか?」
わからない、と言った風に首を横に振るとすぐ正解を教えてくれる。
「信用しているからです」
ストレートな言葉が胸に刺さったが、そのまま彼女はストレートを投げ続けてくる。
「あなたと過ごした日々で、私はあなたを信用できる人だと思いました。だから、あなたに私の過去を話したし、私の家のことも話しました。あなたは私の信用できる人だから、信用できるご主人様だから」
だから。
有希は俺の手を握ってくれる。彼女の手は11月の冷えた空気に当たってすっかりと冷え込んでしまっていた。
「こうやって、専属メイドの手を温められるのはあなただけです。あなたしか私の手を温めることはできません」
ですから。
「また嫉妬に狂いそうになったら、辛い過去を思い出したら、私の手を温めてください。あなたは私の特別です。月にはなれないかもしれませんが、私のご主人様なんです。甘えてください。その分、私もあなたに甘えます」
「有希……」
握った手に力が入ってしまう。彼女の手を温めようと意識する。
彼女なりの励ましに、ひたすらにありがとうを言った。
俺は、後ろばかり見ていた。だから芳樹に嫉妬してしまうのだ。だから彼女は、彼女の言葉は前を向けば嫉妬することもない。前に進み続ければ良い。途中で振り返りたくなったら自分を頼って欲しいと言ってくれているんだ。今を見ろ、前へ進めと伝えてくれているのだろう。
その意味を理解すると同時に俺は、大平有希のことが好きなのだということも理解した。
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