第37話 あの頃と変わらない親友

 校内は普段とは違い、至る所でデコレーションがなされてある。窓には折り紙で作られたリングとか、廊下の天井にはランタンみたいな形のペーパークラフトとかが飾られてある。風船をデコレーションしたようなものもそこら辺に浮いており、文化祭だなぁと思う。


 昇降口を出て正門までの道も、屋台系を出すクラスが夏祭りみたいな形で並んでおり、下ごしらえをしているのか、もう良い匂いが学内に立ちこむ。


 祭りだ。誰もが楽しみ祭りだ。みんなの気分が高揚している。俺の気分も高揚……? してるのかな……。


「やべぇ。腹減ったぜぇ。な? 晃」


 一緒に歩く正吾の能天気な声が聞こえてきて、笑みがこぼれてしまう。


「早い早い。まだ始まってもないぞ」

「でもよぉ。くぉあ。こんだけ良い匂いを嗅ぐと朝飯食ったのに腹減っちまうよ」

「それはわかる」


 たこ焼き、イカ焼き、フランクフルト。りんご飴にベビーカステラ。やきとうもろこしに焼きそば。からあげとか、祭りの定番の屋台ばかりがここにはある。俺も朝飯を食べたが正吾と同意見だ。


「我慢、我慢。最悪でも芳樹と合流してからな」

「それもそうだな」


 正吾もそれには同感みたいで、俺達は少し急ぎ足で正門の方へと歩いて行く。


 正門も風船アートでデコレーションされており、もはや原型をとどめていない別のなにかに変貌していた。その門の前には内部から招待された外部の人達が大勢いるのが伺える。うちの文化祭は至って普通の文化祭といえる。普通だからこそ楽しい文化祭だと結構地元でも有名らしい。俺達以外にも、外部の人と合流する内部の人がいる中、見覚えのある短髪のスラっとしたスタイルの良い男性を見つけた。


「芳樹」


 俺が声をかけると、スマホを眺めていた短髪の男性がこちらに気が付いて、正吾よりも何倍も爽やかな笑顔を見してくれる。


「うおおお! 芳樹ぃぃぃ!」


 ガタイMAXの正吾が突進するみたいに芳樹へ下へ向かう。それを見ながら苦笑いで俺も彼の所へと出向く。


「芳樹、久しぶ──」


 久しぶりの再会の言葉を放とうとしたところで声が止まった。


 遠くからじゃわからなかったが、正吾よりもガタイが大きくなっており、なんだか高校生離れしたスポーツ選手のような体付きになっていたからだ。そのくせ小顔で爽やかなアイドルみたいな顔をしているから、アンバランス過ぎるのでちょっとおかしかった。


「久しぶり。晃くん。正吾くん」


 こちらの反応を知ってか、知らぬか、彼はあの頃と変わらない笑顔で手をあげて挨拶をしてくれる。


「やば。芳樹、ガタイ良くなりすぎだろ」


 自然と芳樹の腕を触ってみると、がちがち過ぎて同い年とは思えない。


「あはは。そうだね。僕は小柄だったから監督にとにかく食えって言われたよ」

「テレビじゃわからなかったけど、この前の夏の甲子園の時もそのガタイだったのか?」

「うん。冬に食べまくって、春過ぎに一気に伸びたよ」

「はぁぁ。すげぇな」


 感心してると正吾が、「しかし、あれだな」と芳樹へ喋りかける。


「よく、名門校の野球部がこんな普通の高校の文化祭に行くのを許してくれたな」


 そうである。芳樹は甲子園常連の名門野球部。寮に住んでおり、野球漬けの毎日を送っている。外出するのに許可がいるらしく、毎度毎度の外出は禁止されているという話だ。


 そんな正吾の言葉に芳樹は、「あはは」と軽く笑った。


「大昔なら許されなかったかもね。でも、今は時代が変わったんだよ。そりゃもちろん毎回はだめだけど、僕はあまり外出をしないからね。簡単に許可がおりたよ」


 確かに、昔の野球部は収容所より収容所しているイメージがあるよな。今は令和になって随分と変わったんだな。


「良かったよ。来てくれて」

「そりゃ親友2人の学校の文化祭なんだ。なにがあっても来るよ」


 ああ。こいつは本当に良い奴だな。その言葉に裏なんてない。甲子園のスターになろうが、この先プロ野球選手になろうが、こいつはずっとこのままなんだろう。


「晃、あれ言うんだろ?」


 あの頃と変わらない芳樹の姿を羨むように見ていると、正吾がそんなことを言ってくる。


「ああ」


 短く返事をすると、「あれ?」と芳樹が首を傾げた。


「「ナイスバッティング」」


 拳を作り、芳樹のところへ突き出した。


 夏の甲子園。野球少年憧れの地に足を踏み入れるだけじゃなく、芳樹はヒットを打ったんだ。これは栄誉あることだ。LOINでは何度も言ったが、やはりこういうのは直接じゃないといけない。


 しかし、芳樹へ直接言うことは中々難しい。そこで、今日、久しぶりに再会する、この文化祭で、それだけは言ってやりたかった。


「晃くん……。正吾くん……」


 芳樹は俺達を潤んだ瞳で見比べると、泣きそうになりながら拳を合わせてくれる。


「ありがと」


 3人の拳が合わさった時、リトル時代、シニア時代のことを思い出す。


 あの頃も、こうやって誰かが活躍をしたら3人で拳を合わせた。


 こうやって3人で……。


『ただいまより、第十七回──』


 校内の方より、放送の声がこちらまで届いてくる。マイク越しに聞こえる文化祭を開始する合図。その合図の下、正門で待っていた外部の人達が、ぞろぞろと中に入って来る。


「俺達も行こう」

「「ああ」」


 久しぶりの再会の挨拶もそこそこに、俺達3人は校内に入り、文化祭を楽しむことにした。

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