第34話 地獄は終わり文化祭までもうすぐ

 地獄の日々もようやく終わりを告げていた。中間テストが終わり、結果はどうであれ、生徒の皆は安堵の息を吐いているだろう。


 1階の廊下に張り出された地獄のハイライトと言わんばかりに、中間テストの合計得点の上位30位が発表されている。


 どうせ自分は入っていないのだし、見るまでもないが、張り出されている場所が1階の昇降口からすぐの廊下なので、人混みが発生している。


「生徒会長すごいよな」

「うん。今回も1位だって」

「やっぱ妖精王ティターニアの名は伊達じゃないな」


 張り出された結果発表を見る前から、誰が1位か人混みの中から教えてくれる。


 やっぱ有希が1位か。そりゃ入学から毎回1位だもんな。


 1人暮らしをして、自分で金を稼いで、生徒会長までして、それでいて学年1位の成績。


 もう、頭が上がらないな。尊敬する他ない。


「こーおっ!」


 ガシっといきなり肩を組んでくるガタイの良いイケメン男子の正吾は、それはそれは上機嫌で爽やかな笑顔をしていた。季節柄、流石にブレザー姿になっているのは、もうすっかりと秋も深まって来ているのだと実感できる。


「えらい機嫌良いな」

「赤点回避できたからな」


 ピースサインを送ってきて、こいつだけまだ夏なんじゃないのかと錯覚する爽やかマシマシの笑顔を放ってくる。


「これも妖精王ティターニアが勉強見てくれたおかげだ。今すぐに土下座でお礼を言わなければ」

「いや、土下座でお礼言われたら大平もどう反応したら良いかわからんだろ」

「いんや。下座じゃないと俺の気がすまん」

「自己満足じゃねぇかよ。それと土下座を略して下座とか言うな」

「それじゃ、座」

「もう意味不明だな」


 そんな話しをしながら、階段を上がり教室に入る。


 自分の席に向かおうとしたところで、目を疑う光景を目の当たりにある。


「ははぁ。大平有希様ぁ。この度はまことにありがとうございまするぅ」

「し、白川さん。そこまでしなくても……」


 白川琥珀が有希に土下座でお礼を言っていた。


「くそっ! 先手を取られたかっ。負けてられない! こっちはスライディング土下座で対抗だ!」


 正吾も謎の対抗心を燃やし、軽く走って、膝小僧で有希の下まで滑って行き、土下座をしていた。


妖精王ティターニア! こ、こ、この度はまことにありがとうございます!!」


 膝小僧で滑ったから、あれ絶対痛いやつだろうけど、正吾は耐えながら土下座をしていた。


「近衛くんも便乗しないでください」


 有希は困ったような顔をして正吾に言うが、聞き耳持たず、そのまま深い土下座をしていた。白川もそれを見て、負けず劣らずの土下座を披露している。


「なんだなんだ?」

「もしかして、生徒会長に土下座をして文化祭の行く末を案じているのか?」

妖精王ティターニアだし、土下座すれば文化祭も成功するのでは?」

「のるっきゃないっしょ。この土下座という名のビックウェーブに」


 壮大な勘違いというか、なんでそういう解釈になったかわからないクラスメイト達が次々に有希の下へ土下座しにいった。


「文化祭で売り上げ1位を取りたいです」

「文化祭を成功させたいです」

「文化祭で彼女を作りたいです」

「あ、お前汚いぞ!」

「俺だって彼女作って文化祭回りたいです」

「俺は他校の女ナンパ成功したいです」

「他校の女とかやばいよな」

「「「「「「お願いします!」」」」」


 どうしてこうなった? なんでみんな有希に賽銭した後にお願いをいう感じになった? この子美人だけど神様じゃないからね。


「ちょ、ちょっとみなさん!?」


 困惑の極みへと達した有希がこちらを見てくる。その瞳と目が合うと、明らかにどうにかしろというアイコンタクトを受け取る。


「どんまい」


 触らぬ神に祟りなしとは言ったものだ。


 ここは触れずに俺はトイレで時が過ぎるのを待つとしよう。とてもじゃないが手に負えん。


「はくじょーものー!」


 有希からの声が聞こえた気がするが気のせいだろう。







「薄情者薄情者薄情者──」


 後ろから殺気のこもった念仏が聞こえてくる。触らぬ神に祟りなしのはずなのに、どうやら神様を怒らせてしまったようだ。


 念仏だけで俺を殺せてしまいそうな雰囲気の中、教卓に立つのは文化祭実行委員の白川琥珀。いや、俺からすると、全ての元凶と言っても良いのかもしれないな。あいつが土下座しなければ、俺への念仏もなかったわけだし。


 そんな全ての元凶は、自分が元凶だなんて微塵もわかっていないかのような、元気いっぱいのアイドルみたいな笑顔でクラスを見渡した。本当に今からアイドルの新曲でも発表するかの勢いで言ってのける。


「みなさん! 我々2年F組のメイド喫茶の衣装が完成しました!」


 うおおおおお!


 クラスが本当にアイドルのライブ会場みたいになった。


 ノリの良いクラスメイト達は、ペンライトがあれば思いっきり振っているだろうと思えるくらいの勢いでテンションが上がっている。


 猫芝先生も、可愛らしく、パチパチと手を叩いていた。


「衣装だけど、ごめんね。男子達には本番までのお楽しみってことで、女子だけの秘密にさせて」


 ええええええ。


 男子達の落胆の声のあと。


「でもね! みんな期待して! とっても可愛い衣装になったから! 本番、絶対みんなの期待に応える。そんな衣装ができたんだ! みんな! 期待してて!」


 うおおおお!


 あれ? あの子、本物のアイドルかな? と疑うくらいにMCが上手い。


 落胆の後の歓声。V字回復みたいなテンションの上げ下げは、本物のアイドルみたいだ。てか、見た目と相まってアイドルにしか見えなくなった。


「みんな! あとは本番を待つだけだから! 楽しもうね!」


 おおおおおお!


 あかん。白川琥珀がアイドルにしか見えなくなった。


 俺は後ろを振り向くと、こっちには妖精がいるし。どうなってんだよ、このクラス。


「なんです?」


 機嫌悪く聞かれるのも、さっき見捨てたのをまだ根にもっているからだろう。


「あ、いや」


 前を向けばアイドルが教卓でMCしてるし、後ろを振り返れば妖精がいるし、なんて素直に言うのは頭がおかしいと思われる。


「ゆぅぅ。大平も着るの?」


 話題をメイド喫茶にすると、さっきまでの妬みの雰囲気はなくなった。


「もちろんです」


 言い切ったあとに、「と言いたいところですが」と付け加える。


「生徒会の仕事が忙しかったら着れませんね」

「そりゃ、まぁそうだわな」

「しかし、ひとたび私が着れば無双状態。先程のみなの願いを叶えることとなるでしょう」


 意外とあの状況楽しんでるじゃん。


「ほんじゃ大平有希が着たのならば期待できるってわけか」

「ええ。売上№1は私達となるでしょう」


 すげー自信だな。

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