第32話 スネ攻撃は嫉妬の表れ?
窓の外から見える駅前の景色は、平日の夕方時だというのに結構多い。
この時間は、学生の放課後ということも相まって、駅前を行き交うのは学生服を着た人や若い私服の人が多い。私服の若者は、私服OKな高校か、それとも大学生か、そこら辺だろう。もちろん、全員が全員ではなく、ところどころでスーツを着た人や、ベビーカーを押す主婦の人も見かける。
バスロータリーのバスに乗り込む制服姿の人が多く、逆にタクシーは暇そうに待機をしている。タクシーの運転手も、車から降りて、柵にもたれかかって仲間内で電子タバコを吸っているのが見えた。
「んがぁぁぁぁぁ……」
窓の外とは逆方向、俺の隣の席から小さな断末魔が聞こえてくる。
駅前のマックスドリームバーガーの4人テーブル席。俺の隣に座る正吾が、頭から煙を出して机に突っ伏した。というよりはオーバーヒートして倒れたと言った方が正しいのかもしれない。
「大丈夫? 近衛くん」
正吾の正面に座る白川琥珀が頭から煙を出している正吾を心配するように声をかける。
「な、なんとか……」
白目を向きながらなんとか応答したが、その状況は大丈夫とは言えないと思うぞ。
「普段授業中に寝ているからこんなことになるんですよ」
白目で倒れているのにも関わらず容赦ない1言を放つのは流石の生徒会長大平有希である。
「ど、どうしてそれを……」
「どうして1番前で大きな身体を丸めて寝ているのを気づかれないと思っているのやら」
枕に、やれやれという表現が隠れている発言をする有希のセリフに賛同の意を唱えるしかない。
しかし、有希は呆れながらも正吾を優しい笑みで見守るように言ってのける。
「でも、意外と勉強できてるじゃないですか。これなら赤点くらいなら回避できそうですよ」
「まじで!」
学年1位の生徒会長のお墨付きを頂いて、正吾は復活を果たす。
「よっしゃ! 晃! 赤点回避できたらお前の家でパーティしようぜ! パーティ」
「嫌だよ」
「なんでだよ! 良いじゃねぇか! いつもみたいに2人で」
「近衛くん、近衛くん」
白川が正吾を手招きして耳打ちをする。その内容が、「守神くんが1人暮らしなのって秘密でしょ。だったら今は家のこと言わない方が良いんじゃない?」という声がこちらまで届いた。俺で聞こえているのだから、有希にも聞こえているだろう。
「のおおおおおお ! そうだった! すまない! 晃!」
「いや、別に」
今のも白川が放置しておけば良かった気もしないが、正吾がいらぬことを言ったのが原因だ。
「あの、白川さん? 聞こえてましたよ?」
「あへ!?」
苦笑いで言う有希の言葉に、どこから出たのかわからない声を出す白川。うん、このガバガバ具合。秘密主義って難しいね。
「ご、ごご、ごめん! 守神くん!」
「おいい! 白川ぁ! ワンチョンボだぞ」
「お前は永久チョンボだけどな」
「ぬおおおおお! すまねぇ、こおおおおおお!」
「うぇーん。ごめーん、守神くぅん」
2人のテンションが高い謝罪に押されるように、「別に良いって」と若干引きながら言ってのける。
「俺が1人暮らしをしてるのは、別に隠してるわけじゃないって前にも言ったろ」
「でもでもー。わたし達だけの秘密だったのにー」
ピクッと有希が反応したが、すぐに大きな声で正吾が言ってのける。
「それじゃあれじゃね? 会長さんも秘密守ってくれれば良いだけの話じゃない?」
正吾の提案に、パチンと指を鳴らして、「それだ!」と白川は切り替えて元気良く言う。
すると、白川は上目遣いで有希の手を握った。
「え、あ、ちょ……」
「大平さん! このことは4人だけの秘密にしてね」
「は、はい……」
可愛い子犬に押されるような反抗できない雰囲気で、首を縦に振るしかできなかった有希は、顔を赤くして顔を背けている。
「よし、それじゃ白川。今から晃に断罪のジュースを買いに行こう」
「そうだね。守神くんの秘密を喋った罪を償いに行くよ」
「償いがジュースとか軽すぎじゃない?」
「なにが良いかな?」
「晃は果肉系は苦手だな」
「じゃ、果肉系にしよう」
「あんたら償いって意味しってる?」
こちらの声を無視して、2人はレジの方に行ってしまった。
まぁ、良いか。別に隠してもいない情報を勝手に喋って罪悪感を抱いているだけだから放っておこう。
若干のため息を吐きながら勉強の続きでもしようかと思うと、スネの辺りを軽く蹴られる。痛くはないが反射的に、「いてっ」と言って前を見ると。
「有希……?」
目の前の銀髪美少女が頬を膨らませて若干怒っている様子だった。
「白川さん。晃くんが1人暮らしをしていることを知ってたのですね」
喉からうなり声をあげるような、不満げな声を出して来る。
「えっと……。まぁ、話しの流れでな」
「そうですか。へぇ。話しの流れで。へぇ」
拗ねたような口調と合わせて、俺のスネを蹴って来る。
「いで、いで。なんだよ」
「女の子へ1人暮らしを教えるなんて、白川さんのこと好きなんです?」
「は? なんで、そうなるんだよ」
「話しの流れとはいえ、それってそういうことでは?」
「ちげーよ」
「どうだか」
ツンツンとスネを蹴って来る。
「いたい、いたい。タンマ。まず、その蹴りをやめてくれ」
「ふん。やめません」
「いたい、いたいって」
「白川さんを入れたのですか? 部屋に入れたのですか?」
「入れるわけねぇだろ。有希以外の女」
言い方が変になってしまう。本当は、有希以外に入った女はいないと言いたかったのだが、スネを蹴られながらなので、言い回しがおかしくなってしまった。
こちらのセリフに、ピタっと蹴るのをやめる。
「私だけ、ですか?」
顔を逸らしながらも、自分の銀髪を、クルクルといじりながら聞いてくる。
「あ、ああ」
端的に答えると、「そ、そうですか」と安心したような、それでいて少し喜んでいるような表情を見せる。
「あ、えと、勘違いしないでください。あまり人を部屋に上げると掃除が大変なんです。他意はございませんので。あくまでもメイドとして仕事を少しでも減らしたい思いですので」
「わ、わかってるよ」
「わかっていただけているのなら結構です」
なにはともあれ、スネを蹴って来るのをやめてくれて、こちらとしても一安心である。
「おまたせー」
スネ攻撃が終えるとタイミング良く2人が帰って来る。
「待たせたな晃。ほら、青汁だ」
「なんで俺が罰を受ける側なん?」
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