第25話 メイドの理由
「近衛くんと噂になってますよ?」
「やめとけ」
もう随分と慣れたミニスカメイド姿の大平有希と晩飯を取る。今日のメニューは、からあげだ。見た目にもジューシーな醤油で味付けされてある、美味しそうなからあげ。なんだか、実家で母さんが作ってくれたかのようなからあげで、それを見ているだけで母さんの味を思い出しそうになる。副菜も用意してくれて、コタツテーブルには色とりどりの料理が並んだ。
今、まさに食事をしようとしたところで、今日の出来事を振り返り話題として出されてしまう。
「もちろん冗談だとはわかっていますけど。2人の距離が近すぎるのは事実ですよね」
「まぁ、仲良くしてもらってるな」
正吾とは親友だと声を大にして言える。実際にお互いが気を使わずに素の自分で接することのできる数少ない人物。だからこそ、仲良くしてもらっているという表現が自分の中ではしっくりとくる。
こちらの回答に、大平有希は思い出すように聞いてくる。
「学校で一緒じゃない方が珍しい気もするのですが」
「正吾以外に友達いないしな」
自分のセリフがとても悲しい内容な気がしないでもないが、これが事実なので仕方がない。
大平有希は、なんともいえないような表情をしてくるので、珍しくこちらが目を細めて、ムッとして言ってやる。
「なんだよ。友達少ないのはいけないのか?」
「あ、いえ」
彼女は即、否定しながら誤解を解くように先程の表情の説明を行った。
「意外だと思っただけですよ。守神くん、友達多そうですし」
「友達100人いそう?」
「100人で、富士山でおにぎり食べていそうです」
「それってよくよく考えると怖いよな」
「同感です」
言い合ってお互い笑い合うと、大平有希が気になったことを聞いてくる。
「友達。作らないのですか?」
「簡単に言ってくるなよ。そんなに簡単なら、それこそ、100人で、富士山でおにぎり食べれているぞ」
「守神くんのコミュニケーション能力ならすぐに富士山でおにぎり食べれそうですけど」
「過大評価しすぎだろ……」
呟きながら、両手をフローリングについて、天井を見上げる。見慣れた汚れた白い天井がスクリーンの代わりとなって、昔の映像を瞬間的に流した。
「ガキの頃から野球漬けだったからな。友達の作り方なんてわからないんだわ」
ボソリと本音が出てしまった。別に愚痴るつもりもなかったが、自然と出てしまった過去の出来事を誤魔化すように、座り直して手を合わせた。
「飯。食べようぜ」
「そうですね」
こちらの気持ちを汲んでくれたのか、俺の呟きを追求することなく彼女と共に話題を終わらすように、いただきますをして晩御飯を開始する。
メインのからあげに箸を伸ばして、からあげを食べる。
カリッ。ジュワァァ。
まるでCMみたく、噛むと音がして、口いっぱいにからあげの旨味が広がっていく。
美味しい。美味しすぎる。まるで母さんのからあげを食べているような気になる。味付けが似ているとかのレベルではなく、母さんの味付けと同じだ。
もしかしたら、母さんが大平有希にレシピを教えたのではないだろか。と、錯覚するレベルで同じだが、レシピとかは今時ネットで公開されているだろうし、からあげなんて大体こんなものなのだろう。
俺は早くも2個目に箸を伸ばそうとすると、大平有希が嬉しそうな顔をしているのが伺えた。
「美味しいですか?」
「うん。めちゃくちゃ美味しいよ」
ここで母さんの料理と似てるからとか言うとマザコンと思われるだろうから、シンプルな感想を言っておく。そのシンプルな感想が正解だったみたいで、彼女は明るい笑みで嬉しそうな表情をしていた。
「大平はなんでこんなにも料理が上手いんだ? お母さんとかに教わったのか?」
何気なく出た質問。別に他意はない。単純にこんなにも美味しい料理ができる人は、一体どこで教わるのかと気になっただけだ。
ただ、こちらのなんとなしの質問を大平有希は、手をギュッと握り、どこか悲しそうな雰囲気を出していた。
チラリと俺を見て、迷子になった少女みたいに不安そうな顔をしながら口を動かした。
「母は……」
歯切り悪くも続けてくれる。
「両親は、私には関心がありませんので」
その答えは、以前にエレベーターで聞いた複雑な家庭環境を認識させる言葉。これ以上の詮索は彼女に悪いと思い、なにか話題転換しようかと思っていると、無理やりに笑ってみせた。
「料理は昔、家のお手伝いさんに教えてもらいました」
「お手伝いさん?」
一般家庭でお手伝いさんなんて存在する家庭は少ないだろう。
彼女の風格、口調、雰囲気からお金持ちのお嬢様を連想していたが、想像通りのお嬢様なのだろう。そんなお嬢様が普通のマンションで1人暮らしってことは、金持ちの複雑な家庭環境ということになる。
「私は両親から育てられておりません。両親は私のことなど放置。なんなら邪魔者扱い」
唇を噛みながら視線を伏せる。
「だったらなんで産んだんだ、と何回思ったことか」
両親のことを思い出しているのか、少し苛立った様子で嘆くように言ってのける。
「あんな人達を両親だと認めたくはありません。だから私は高校を機に家を出ました」
彼女の1人暮らしの理由を聞くと、続けて語ってくれる。
「私は、私を育ててくれたのはそのお手伝いさんです。お手伝いさんが、私の母親と言っても過言ではありません」
だから、と手を胸に置いて、胸の内を語ってくれる。
「私も、そのお手伝いさんみたいな人になりたいと思いました。同じような仕事をしてみたいと思いました。誰かのお世話をする。あの人と同じような仕事をしたいと」
「もしかして、それでメイド?」
「ふふ。単純でしょ。でも、私は本気です。家柄とか、そんなものは関係ありません。私は私が憧れたあの人みたいになる。そう決めたのです」
彼女の眼差しからは強い意志を感じ取れる。メイド服が好きだからメイド喫茶で働いているなんて思った自分を恥ずべきだと思う。壮大な過去があった結果の答えとしてメイドがあるのだと知った。憧れの人に近づきたくてメイドになったと知った。家事が出来て当然という彼女には辛い過程があった。最初からできていたわけではないだろう。憧れの人に少しでも近づくために努力した証だ。
「良かったのか? 俺なんかにそんな大層な過去を語って」
詳細はまだ語ってくれてはいないが、十二分に彼女の過去が垣間見える。彼女の話を俺なんかが聞いて良かったのかと思ってしまう。
「本当はずっと前から誰かに聞いて欲しかったのかも知れませんね。でも、こんな話を誰にすれば良いのかわかりませんでした。私も友達と呼べる人はいません。ですので、誰にも言えず、自分の中だけにしまいこんでいました」
言いながら俺を真っすぐに見つめてくる。
「私はあなたの専属メイドです。メイドの過去を知るのもご主人様の責務」
責務だなんて重い言葉が出て来たが、彼女は小さく笑うと冗談っぽく言ってくる。
「ということにしておいてください」
「ご主人様にも責務ってあんだな」
「当然です」
当たり前のように言って、しかし、と彼女が言葉を続ける。
「メイドは更にご主人様のお世話をする仕事。それは家事だけではありません。心のケアも私の仕事です」
ですから、と少し恥じらいながら言ってくれる。
「なんでも相談してください。あなたのお話しならいつでも聞きますので」
その言葉は、俺と大平の信頼関係が上がっているのを実感する言葉であった。
「ありがとう」
今はそれだけを言って、彼女の壮大な過去を乗り越えた結果の料理を堪能することにした。
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