第15話 おせっかいなご主人様
「すみません。忙しくて中々専属メイドの仕事ができなくて」
俺の専属のメイドがミニスカメイド服の姿で部屋にやって来る。
つい数時間前に学校では喋りかけるなという、ツンツンしたお言葉を頂戴したと思うのだが。
こちらの顔を見て彼女はジト目で注意喚起を施して来る。
「勘違いしないでください。ここは学校ではありませんし、別に来たくて来たわけではありません。手が空いたら来るということでしたからね。契約上仕方なく来ただけですので、私は契約を忠実に守っているだけです」
「さいですか」
適当に言葉を返すと、その目つきのまま俺の部屋を見渡した。
「私の専属のご主人様は、メイドに仕事を与えていただける優しいご主人様なのですね」
お邪魔した家でお茶漬けを出されたり、隣の家のピアノがやけに上達しましたなぁ、みたいな遠回しの嫌味を言われているのが雰囲気でわかる。
「なにが言いたいよ」
「掃除してからそんなに経っていないのに、なんですか、この部屋」
顔をしかめ、腕を組んで言われてしまう。
「やっぱ綺麗な部屋は良いよな。うんうん」
「違うでしょ!」
どうやら違ったみたい。
大平有希はしゃがんで、床に落ちている俺のTシャツを摘まんだ。
「服はクローゼットとかに入れてください」
「クローゼットはたまにしか開けない派だ」
「開けてください!」
ビシッと言われてしまい、大平有希は器用に宙でTシャツを畳んだ。
「このコンビニ弁当の容器も! 食べたらゴミ箱に入れてください!」
「ゴミ箱は家にない派だ」
「買ってください!」
ビシッと言われてしまい、大平有希は40Lのゴミ袋を取り出して、そこにコタツテーブルの上にあるゴミを素早く捨ててくれる。
「掃除してからそこまで日が経っていないのに、どうしてここまで汚せるのですか? ある意味で才能ですよ」
「俺に隠れた才能があるとはな」
「掃除してあげましょうか? その頭」
使用済みのぞうきんで頭を拭こうとしてくるので丁重にお断りを入れておいた。
♢
夏休み明けよりかはまだ片付いている方だったので、すぐに掃除を終える。
「掃除をして思うのですが、毎日毎日コンビニのご飯しか食べないなんてお金は大丈夫なんですか?」
大平有希の言う通りではある。
コンビニのご飯ばかりでは栄養のこともあるが、お金の問題も出てくるわけだ。育ち盛りの俺はコンビニで1食500円以上。朝は食べないが、昼と夜で1000円以上を使用していることになる。単純計算で1カ月30000円以上の食費は、高校生の1人暮らしだと痛い。
「親の仕送りはあるが……。正直辛いところだよな」
「仕送りですか……。それはそれは良いご身分ですこと」
鼻で笑われたあとに小さくため息を吐かれて、小言を言われてしまう。
「大平はもらっていないのか?」
「親を頼るなんてことはしません。私は自分1人で生きていけますので」
その発言から、なにか家庭の事情が絡んでいることは容易に想像ができる。もしかしたら複雑な家庭事情が彼女の裏にはあるのかもしれない。それをわざわざ聞こうとは思わないし、聞いてもあしらわれるだけだろう。
「家事できるし、メイド喫茶で働いてお金も自分で稼いでいるみたいだしな。大平は実際1人で生きているよな」
アルバイトをしている理由は親の仕送りなしで1人暮らしをしているからだろうと推測できる。
しかし、キチンと学校側に伝えて、カフェなりコンビニなりのアルバイトでも良いのではないだろうかと思うのだが。
そこは彼女がメイド服を好きな理由と繋がるのだろうな。
自分の好きな物と平穏な学校生活を天秤にかけて、彼女は自分の好きな物を取ったと。そこで俺にバレてしまい、誰かに言われてしまったら、親の仕送りもなしで1人暮らしはできないということで、秘密にして欲しいと願っているのだろう。
しかし、彼女の1日のスケジュールから、生活は忙しさを極めている気がしないでもない。
「でもよ、おせっかいかもだけどさ。色々と働きすぎじゃない? 生徒会長としても、メイドさんとしても。それに加えて俺の面倒なんて負担が大きいから、無理しなくて良いんだぞ?」
「本当におせっかいですね。1人暮らしをしているフリのあなたに言われるなんて余計なお世話です」
グサリと容赦ない一撃をもらってしまう。反撃の狼煙は上げられそうにない。
「この生活を続けてもう2年目になるのです。今まで体調を崩したこともないし、ルーティン化しているのでなんの苦労もありません」
確かに、ルーティン化させれば、周りからしんどいと思われるようなことも、実際体験している人間からすると苦ではなく、逆にやらないと、歯磨きをしない口の中みたいに気持ち悪いだろう。その気持ちはわかる気がする。
「そこにあなたの面倒をみるというのが加わったくらい何ともありませんのでご心配なく。契約は契約ですので。これで私の秘密をばらさないのであれば安いものです」
凛とした表情で強く言ってのけると、小さくこぼす。
「メイド喫茶のバイトをやめるわけにはいきませんので」
その小さくこぼした言葉にもなにか信念のようなものを感じる。
「おせっかいのご主人様は今日のディナーのリクエストはございますか?」
少し喋り過ぎたと言わんばかりに話題を変えてくる。
こちらもこれ以上傷つきたくないので、彼女の話題転換にのっかる。
「作ってくれるのか?」
「契約ですのでね。それに、毎日毎日コンビニ弁当ばかりじゃ、見ているこっちが栄養失調になりそうですので」
仕方なしの言葉の奥に、どこか心配してくれているような温もりを感じる気がする。
「どうぞ。なんでも仰ってください。私の家には食材がございますので、大体のものは作れるかと思います」
それは、俺の部屋の冷蔵庫になにもないという当てつけなのだろうが、真実なので苦笑いしか出ない。
「メイドのお任せで良いや」
「かしこまりました。それなら私の家にある食材で今日のディナーを作らせていただきます」
彼女にメイドの気まぐれディナーを注文すると、出て来たのはゴーヤチャンプルだった。
普段食べないだけにとても美味しく召し上がることができた。
久しぶりに栄養素の高いディナーを食べたな。やっぱこのメイド、料理の腕抜群だわ。
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