第16話 夕日のせいで顔が赤いわけではない
そういえば忘れていることがあった。
中学の友人である岸原芳樹に我が校の文化祭の日程を聞かれていたのであった。
まぁあいつも忙しい身であるから、すぐに返信しなくても良いとは思うが、思い出したのであれば今聞いても良いだろう。
9月も随分と過ぎていき、セミの鳴き声も段々聞こえてこなくなって来ている。だけど、太陽の光は夏を思わせるほど暑いので、まだまだ衣替えは先になるだろう。
登校しただけでウォーミングアップ並に汗が出てしまう中、設定温度が27度の微妙に涼しいのかどうなのかわからない教室へと入る。
まだ席替えしてから日にちの経過は浅いので、慣れたとはいえない自席に向かうと、後ろの席には、涼し気に本の様な物を読んでいる大平有希が既に登校していた。
彼女に文化祭の日程を聞こうと思い、スクールバッグを机の上に置いて立ったまま彼女を見る。
その手に持っているのは、本ではなく手帳だったようだ。
「なんです?」
パタンと手帳を閉じて机に上に置く。そして彼女がこちらを見てくる。どんな相手でも話しをする時は相手の目を見て話しなさい、なんて教育がなされているのだろうか、俺の目を真っすぐと見てくる。
ただ、その頬が赤かった。
「イケメンってのは罪だな」
冗談交じりで前髪をかきわけ、キザッたらしく言ってやる。
「守神くんはイケメンという部類に入るのですか?」
「まじに返してくんなよ」
冗談で言ったのに本気で聞かれ、なんて答えて良いかわからず、とりあえず着席をする。
「いえ。私は美的感覚が他の人と違って鈍いみたいですので。誰がカッコよくて、誰が可愛いだなんてものが正直わかりません」
「適当に言っただけだから。ちょっとふざけただけだから。大平の顔が赤かったら調子乗っただけだから。やめて」
「顔が赤い?」
彼女は無意識に自分の頬に手を置いてみせた。
「自分ではわかりませんね。ただ、あなたを見て赤くなっていると思っているのだとしたら、それは勘違いですので」
「わかってるよ。んなこたぁ」
本気で俺を見て顔が赤くなっているなんて思うはずもなし。
「それで? 用件は何です? まさか、その冗談を言うためだけに見ていたわけではありませんよね?」
学校で馴れ馴れしく話しかけるなって言ってくるくらいだからな。
もし仮に俺の用件がそれだけだとしたら、怒られるのは必須だったことだろう。
「今年の文化祭。いつなのか詳しい日程を知りたくてさ」
「文化祭、ですか。少々お待ちください」
言いながら、先程机に置いた自分の手帳を再度開いた。「確か……」と小さく漏らしながら、パラパラとめくった手帳のあるページで手を止める。
「11月12日と13日ですね」
「11月の12と13ね」
教えてもらい、スマホにメモをすると、彼女はクスリと笑ってくる。
「あ、すみません。意外だと思って」
「なにが?」
「守神くんって学校行事を楽しみにしている人なのですね」
「そりゃ学校行事は楽しまないと損だろう。あんなもんは遊びなんだから。遊びには全力を尽くさないとな」
「それにしたって、もうすぐ先生からも発表があるのに、わざわざ私に聞くなんて、相当楽しみなんですね」
「あー。まぁ、中学の友達が来たいって言うからさ」
別に隠すことでもないので、素直に質問した内容を曝け出した。
「学内では近衛くん以外の人と仲の良い印象はありませんでしたが、学外に友達が多いタイプですか」
「そもそも友達が少ないタイプだよ。言わせんな。悲しくなる」
「ふぅん。もしかして、その友達っていうのは彼女さんとかです?」
「いると思う?」
「思いません」
即答から、微妙な間を空けて、彼女が続けて言ってくる。
「ま、あなたに彼女なんてできるはずもないですよね。あなたを好きになる人なんて、相当の変わり者だと思います」
「酷くない?」
「妥当な回答だと」
えぐい言われようである。
文化祭の日程を聞いただけで、毒を吐いてくるなんて、もしかしたら機嫌でも悪いのだろうか。
これ以上関わると俺の心がいくつあっても足りないので、「教えてくれてありがとよ」とだけ礼を言って前を向く。
その時、こほこほと後ろの席から聞こえた気がした。
♢
「いやー。食った、食った。今日は新記録更新だぜ」
放課後になり、俺と正吾は学校近くの、国道沿いにある回転寿司を訪れていた。
正吾とは放課後よく寄り道をして帰る。それはカラオケだったりボーリングだったりの体を動かす所もあれば、今日みたいに飲食店に寄ることもある。飲食店は大体ラーメン屋ばかりだが、今日は回転寿司に立ち寄った。
「よくもまぁ運動部でもないのにあんだけ食えるな」
回転寿司屋の玄関を出て、国道の歩道を歩きながら呆れた声を出してレシートを再確認する。
2人で5000円オーバーはやりすぎだろ。しかもこいつは30皿に加えて、ラーメンも食べたからな。胃袋どうなってんだか。
「元野球部だからな。野球部は食ってなんぼだろ」
「今からでも遅くない。柔道か相撲をやれ」
「晃がやるならやるわ」
「俺がそれをやってるイメージできるか?」
「できんな」
あっはっはっと言って、ガシガシと俺の背中を叩いてくる。
「まぁ、部活やらなくてもよぉ。高校生活のこういう放課後も良いじゃねぇか。中学の時に部活やらないって決めた時に想像してたよりは、全然楽しいぜ」
「そう、だな。それもお前のおかげかもな」
「お。晃がまともに礼を言ってきやがった。こりゃ雪でも降るか」
「これでまじで雪が降ったらおもろいんだけどな」
そんな内容のない会話をしていると、俺のマンションの前まで帰って来る。
「んじゃな晃。また明日」
「ああ。またな」
正吾は手を挙げて、北の方へと歩いて行った。あいつは電車通学で、駅はここから北の方角にある。
なので、学校付近で遊んだ時は大体こういう流れで解散となる。
時刻は18:21。
日の入りも徐々に早くなってきている今日この頃。それでも十分に明るい時間帯。冬だともう真っ暗になるけど、夏は昼が長いから好きだな。
オレンジ色の空の下、いつも通りにマンションに入ろうと鍵を取り出して違和感に気が付く。
「おいおい。不用心だな」
オートロックの鍵穴に可愛いネコのキーホルダーが付いた鍵が差しっぱなしになっていた。一体どこの誰がこんな入り方をしたのやら。
酔っ払いか?
それにしたってオートロックの扉と、玄関の鍵は同じだから中に入れないぞ。
このままじゃオートロックの意味がないので、一旦鍵を抜いてどうしようか悩んでいると。
「すみません」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「大平」
マンションの内側から出て来たのは、制服姿の大平有希だった。
心無し、顔が真っ赤なのは夕日が反射したせいだろうか。
「あ、あなたでしたか……」
「もしかして、これ大平の?」
ネコのキーホルダーを見せながら聞くと、コクリと頷く。
こいつがマンションの住人であることは知っているので、この鍵は彼女のもので間違いはないと思い、鍵を手渡した。
「オートロックの鍵だけ開けて放置なんて、大平っぽくないミスだな。玄関で気が付いたか」
「ええ……。玄関を開けようとした時になくて……。マンションの中には入っているので……。ここで間違いないと……」
「良かったな。俺が見つけて」
いつものお返しと言わんばかりに嫌味っぽく言うと、「そうですね」と簡単に流されてしまう。
スルースキルの高い人だこった。
俺も大平も同じ5階なので、エレベーターに乗り込む。エレベーターは先程大平が乗って来たのだろう、1階で止まっていたので、すぐに乗り込むことができた。
そこで気が付く。
「体調。悪いのか?」
エレベーターに乗り込み、彼女の真っ赤な顔が目立った。さっきは夕日の当たる位置だったので、それが反射していると思ったが、どうやら違うみたいだ。おまけに肩で息をしているのがわかり、心配になり声をかける。
「少しだけ体がだるいです。ただ、それだけです」
「本当か?」
「ええ。あなたに気遣われるほどの体調ではありませんよ」
そう言って5階に着き、エレベーターのドアが開いて大平が出ようとすると。
「あ……」
彼女の足がもつれて転びそうになる。
「おっと」
すかさず彼女を腕で支えてやる。
その時、制服越しに彼女が大量の汗をかいているのと、ものすごい熱があるのがわかった。
「大丈夫な奴はエレベーターで転びそうにはならないし、こんなにも熱くならない」
「だい、じょうぶ、です、から」
「大丈夫じゃないだろ。部屋のベッドまで送ってやるから。鍵貸して」
真剣な声で言ってやると、限界なのか、素直に俺に鍵を渡す。
鍵を受け取って、彼女を支えながら大平有希の部屋に入った。
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