第13話 席替えはきな臭い

 お隣に妖精が住んでいることが判明してわかったことがある。


 それというのも彼女の朝は早く、夜は遅いことだ。


 俺の起床は家から学校が近いこともあり、大体8時くらいに起きる。朝ごはんはなしで登校するので、ギリギリ間に合う時間帯。


 その日は小便がしたくなり、珍しく7時前に起きた。起きたと言っても、脳は全然覚醒を果たしておらず、寝ぼけたままトイレを終えた時だ。


 静かな朝に響き渡るお隣のドアの音が微かに聞こえてきた。そして小さくだが、足音がこちらにやって来て、すぐにエレベーターの方へ向かって行った。


 大平有希が隣人と知らなければ意識もしていなかっただろうが、少しだけ好奇心が芽生えて、半目しか開かない瞼をこすって小さく玄関のドアを開けてエレベーターの方を見た。そこには思った通りに大平有希が、誰も見ていないのに背筋を伸ばしてエレベーターを待っている姿があった。


 7時にもなっていない時間帯。この時間なら学校に着くのが7時だぞという時間に彼女は登校していることになる。


 生徒会長の仕事が滞っているのかどうなのか知らないが、俺には到底真似できない登校時間であった。


 そして、夜も遅い時間というのは、俺がマンションの下にある自動販売機にジュースを買いに行った時だ。時間は22時を過ぎた辺りで、マンションに入って行く大平有希の姿があった。バイトを終えて帰ってきたのだろう。


 毎日が全く同じではないにしろ、忙しい毎日を送っているのだなぁと感心してしまう。


 そりゃ、彼氏なんて作る暇なんかないわな。


 というか、俺の面倒なんて見てる暇なんかあるのか?


 まぁ、なければないで良いんだけどね。別に俺は秘密を誰にも喋るつもりはないし。







「では、席替えをしましょう」


 夏休みが明けて数日が経過していた。


 学校はすっかりいつもの通常通りの授業が再開されており、気だるい毎日が続いている。そんな中、夏休み明け初めてのLHRは席替えということを、担任のゆるふわ系の猫芝先生が教卓に立って発表してくれる。


 ええ!!

 やった!!

 まじかよ!!


 教室内では様々な反応が示されていた。


 俺としては、やった、という感想が強い。


 だって、教室のど真ん中だし、ハズレ感の否めない席だからな。


 さまざまな声が上がる2年F組の中、先生がテッシュの空箱を取り出した。


「実はさっきくじ作ったんだけど、みんなくじ引きでも良い?」


 賛成という意見が飛び交う。猫芝先生がせっかく作ってくれたくじをないがしろにはしたくない我がクラスメイト達の心の優しを感じながら、席替えはくじ引きとなった。


「先生」


 先生が楽しそうにくじ引きを混ぜていると、大平有希が立ち上がり、教卓まで歩いて行った。


「お手伝いしますね」

「ありがとう。大平さん」

「では、私は黒板に席と番号を振りますね」

「お願いします」


 大平有希はフリーハンドで真っすぐな正方形を描いて、その中に細かな直線を何本も入れる。あっという間に席替え用の簡易平面図が完成した。番号も規律なく適当に振られているみたいだ。


「じゃあ、誰から行く?」


 はいはいはい!


 なんて、そこらから手が上がるもんだから猫芝先生が、「それじゃあ、矢崎さんと遠野くんでジャンケンしてください」と、窓側の1番前に座る矢崎さんと、廊下側の1番後ろに座る遠野くんでジャンケンをして、そこからスタートする仕組みを取った。


 盛り上がりを見せるじゃんけん大会だが、俺は教室のど真ん中なのでどちらが勝っても別に良い。







 席替えの結果は最高のものだと思う。


 窓際の1番後ろから1つ前の席。後ろの席で喜ぶと、「先生って言うのは後ろの席を注意深く見てるからな」なんて言ってくる先生がいたりする。でも、精神的解放が前の席とは格段に違うだろう。前の席は先生と距離が近いのでなんか嫌だけど、注意されようがなんだろうが、先生との距離が空いている1番後ろというのはなんだかんだでアドバンテージが大きい。そして1番後ろじゃないことで、後ろの人から集めてくださいを回避できるので黄金の席と自負している。


 だけど気がかりがある。


「なんともきな臭いんだが?」

「はい?」


 後ろの席には妖精女王ティターニアがいた。


「まさかとは思うが……。仕組んだのか?」

「ふふ」


 どうやら俺の思っていた通りなのか、彼女は怪しい笑みを浮かべた。


「バレましたか」


 速攻で自白する彼女は、悪戯がバレた少女のような笑みで犯行内容を語ってくれた。


「仕組むのは簡単でしたね。みんな私を信用していますから」

「腹黒過ぎるだろ」

「なんとでも言ってください。あなたと契約はしていますが、やはり100%安心はできません。クラス限定になってしまいますが、見張れるところは見張っていこうと、少々手荒な真似でしたが、この方法を取らせてもらいました」

「てか、これを行ったことで、あんたの弱味がまた増えた気がするが?」


 こちらの指摘事項に本の数秒固まってしまった。


「もちろん、このことを言った場合も契約違反となり、あなたの人生にピリオドが打たれることとなるのであしからず」


 この悪事に対してはなにも考えていなかったみたいだな。


「疲れてんじゃねぇの?」


 ちょっと考えればわかることだろうに。生徒会長とメイド喫茶のアルバイトで疲労でも溜まっているのではないだろうか。


「お気遣いどうも。ですが、あなたに気遣われるほど疲れてはおりませんので」

「そうかい。ま、倒れない程度にな」


 それだけ言って前を向いた。

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