第5話 おかえりなさいませ。ご主人様

『それはあなたのお宅で聞くことにします』


 始業式終わりの廊下で言われた大平有希の言葉。


 その言葉の後に俺の家の住所を聞くことはなく、そのまま始業式の片付けを手伝わされる。


 手伝いと言っても、機材を運ぶだけの簡単な仕事だったので、本当に秒で片付いた。


 片付けが終わると教室に戻り、今日の学校はこれでおしまいと担任の猫芝先生のお言葉をもらって解散となった。


 午前で終わる特別な1日。1年のうち数日しかない午前だけの学校。


 いつもなら正吾と寄り道をして帰るところなのだが、教室を出ようとしたところで大平有希がこっそりと耳打ちしてくる。


「家にいてください。いなかった場合。わかりますよね?」


 表情とマッチしない、なんとも怖いセリフが飛んで来て、俺は恐怖にかられる。


 本当に強請るつもりもない秘密。有利なのは俺のはずだ。それなのに俺が刈られる者の立場になってはしないだろうか……。







「ただいま……」


 だれもいない家の玄関に響いた虚しい声と共に、玄関と廊下の電気を点ける。


 普通の正方形に近い長方形の玄関から真っすぐ伸びる廊下。廊下には出し方のわからないもえないゴミの袋や、いつ着たかもわからない服が乱雑に放置されているのが見える。まるで泥棒にでも入られたのかと錯覚するが、そんなことはない。これが俺の家の現状だ。


 下駄箱の上に家の鍵を置いてから靴を雑に脱いで上がり、ゴミ袋や服を華麗にかわしながらメインの部屋へと入る。


 8畳の部屋も廊下同様に捨て方のわからないゴミや、服、おまけに栄養ドリンクの空き缶等が乱雑に散りばめられている。廊下と違う点は、お気に入りの服やお出かけようの服はベッドの近くに放置している。


 ティッシュやレシートの山が積まれている机の上にスクールバッグを置くと、首に巻いたネクタイを緩めてそのままベッドにダイブする。


 マットレスのスプリング機能が稼働して、俺を上下へ軽くだけ揺らすが、そのまま俺を包み込むように俺の全体重を支えてくれる。


 俺の家は1人暮らし用のマンション。1Kの一般的な構造をした部屋で1人暮らしをしている。1人暮らしは別に珍しくもないと思うが、高校生の1人暮らしっていうのは珍しいと思う。1人暮らしをする前は、家事くらい余裕だと思っていたが、実際経験すると、それは困難を極めていた。部屋の有様を見れば自分でもわかるが、家事というのにも才能というのが存在する。昨今、お1人様が増えたおかげで食事に関しては難なく取ることができるが、その他の洗濯や掃除といった家事は全くできていない。


 やればいいじゃん。そう言われるかもしれないが、重い腰は中々に動かない。


 形としては1人暮らしをしていると自己満足に浸れるかもしれないが、その実、しっかりと1人暮らしを出来ているかと聞かれれば即答はできないだろう。


 だからかな。


 大平へ、専属メイドになって欲しいと言ったのは。


 1人暮らしをしているようでできていないので、彼女へ無意識に頼んでしまったみたいだ。


「そのおかげで、なぁんか俺が脅されてる気がしないでもないけどな」


 ため息を吐きながら、なんとなしにスマホを取り出して画面を確認すると、11:32という時刻と共に、2通のLOINが来ていることを教えてくれる。


 1通は正吾からで、『昼飯どうする?』という短い文章だった。始業式や終業式の日はあいつと飯を食うのがいつもの流れ。


「どうするっつってもな……」


 昼飯食いに出かけたいのは山々だが、生徒会長様が家にいろと言って来るので出るに出れない。いつ来るかわからない宅配を待つ状態。


「それにしたってあいつ、俺の家知ってるのか……?」


 結局、大平有希は俺に住所を聞くことはなかった。連絡先も知らないし、どうやって俺の家を知るつもりなのだろうか。


 俺が1人暮らしをしているのを知っているのは両親と正吾、あとは中学までずっと一緒だった友人と、極々少数である。


 友達付き合いは昔から良くはなかった。なので友達は多くない。だから正吾という存在は本当にありがたい存在だ。バカだけど。


 あと、知っていると言えば学校側の人達だ。入学前に住所を記載しているし、特記事項として1人暮らしをしている旨を伝えている。


「まさか……」


 生徒会長の特権を利用して学校側から個人情報を入手するつもりでは……? それならば俺の住所を手に入れることができるので、俺に聞かずとも住所を知れる。


「……ないない」


 漫画の読みすぎか。


 学校側は個人情報を守る義務がある。生徒会長だからと言って、ほいほい教えていたら大問題だ。


 それに、そこまでして大平有希が俺の家に来ることもしないだろう。というか、バイト禁止の学校でメイド喫茶のバイトしてるのが可愛いくらいに闇の深いことだ。そっちの方がバレたらやばいだろう。


 自分の妄想がバカらしくなり、正吾の他に来ていたLOINを見る。相手は、中学までずっと一緒だった、岸原芳樹だ。


 ピンポーン。


 彼のLOINを見ようとしたところでチャイム音が部屋に響き渡る。


 そのチャイムに反射的に体を起こして、廊下の先に見える玄関の扉を見る。


「大平……?」


 遠くに見える玄関に問いかけるが反応はない。


 いや、ないない。ないって。これで大平だったら本当に怖い。


 昨今需要が減ってしまったが、頑張っている新聞の勧誘か、宗教の勧誘か。それともテレビの集金かもしれない。俺はテレビを見ないので、集金なんて余裕で断れる。


 なんの勧誘だとしても、いつも通りのテンプレセリフで追い返すか。


 ベッドから降りて、玄関に向かい、ガチャリとドアを開ける。


 開いたドアと共に、まるで俺は異世界に迷い込んだ錯覚に陥ってしまった。


「お、おかえりなさいませ。ご主人様……」


 そこには少し恥ずかしそうにメイド服を着て立っている生徒会長、妖精女王ティターニアの大平有希がいた。


「ただ……いま?」

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