第4話 始業式の密談も生徒会長は見逃さない

 体育館に詰め込まれた俺達学生は、炎天下ではないものの、冷房もない最悪な環境のもとで校長先生を始めとする偉い人達のありがたいお言葉を頂くことになった。


 えー、とか、あー、なんて話下手な校長の長い話と、蒸し暑い体育館が合わさって夏休み初日から地獄の所業を味わう羽目になってしまった。


 誰も気に留めていない話しをずーっとするなんて神経を疑う。これほど校長先生の話は長いと情報社会の現代で流れているはずなのに、それでも長いなんてどういうことなのだ。確かに、誰かに話しをするというのは気持ちの良いことかもしれない。だけどそれは自慰行為と一緒だ。俺達高校生を相手に自慰行為を働くなんてセクハラで訴えてやるぞ。


 長すぎる話しでイライラしているからか、そんな思考になってしまう自分がいる。でも、案外俺と近い考えの生徒は複数いると思う。そこら辺から舌打ちが聞こえてきたり、わざとらしい咳なんかがその証拠だろう。


 ようやくと校長先生の話を終えた頃には全員が限界を迎えているようであった。そりゃ蒸し暑い体育館だけでも不機嫌になるのに、おじいちゃんの自慰行為に付き合わされたとあれば限界値に達するのも早いわけだ。


 しかし、校長と入れ替わりでステージに上がる銀髪の美少女を見た瞬間、生徒達の雰囲気が変わった。


『みなさん。おはようございます』


 ステージへ立つ銀髪の生徒会長、大平有希がマイク越しで挨拶をすると、先程の不機嫌な雰囲気はどこえやら、みなが彼女の話を聞く態勢を取った。


 それは彼女の人望が成せる技。生徒会長という肩書だけではこうはいくまい。


「なぁ、晃」


 夏休み明けの生徒会長の挨拶をよそに、頭1つ抜けている高身長のイケメン、正吾がこっそりと耳打ちするように話しかけてくる。


「んぁ?」

「お前、なにやらかしたんだ?」


 彼の質問は、先程の件だろう。


 そりゃ、みんなの前で朝のHRを2人で抜け出したとあれば気にもなるのは当然と言えよう。


 ステージに立っている大平を見ながら正吾へと答えようとした時、キッと大平がこちらを睨んでいるような気がした。


 流石に気のせいだろう。こちらから大平を見るのは容易だが、あちらからこちらを見るのは至難の業。


 しかし……。


『コホン!』


 わざとらしい咳払いの後に、再度こちらをにらみつけるような視線。間違いない。彼女は見えている。


 もちろん、俺は正吾になにも言うつもりはないのでやましい気持ちはなにもないが、なんだか睨まれているのがどうも気になってしまう。


「お、おい。生徒会長様が演説なさっているんだぞ。慎めよ。くそ正吾」

「ふ、震えている……だと……? おい、晃。さっきなにがあった? もしかして雪でも当てられたか? 大平有希なだけに雪ってな」

「おい。滑り倒してることほざくなら体育館の気温下げろや。気温据え置きでおもしろくもないだじゃれ言ってんじゃねぇよ!」

「おい、晃。大変だ」

「忙しいやっちゃな。なんだよ?」

「ダジャレで爆笑する人がいないことが判明した」

「だったらダジャレを使うなよ」

「まぁ待て」


 正吾は偉そうに手で制止のポーズを取ると、真剣に悩む顔をする。その顔が同性の俺から見ても美しく映るので、隣のクラスの女子が見惚れていた。それがめっちゃ腹が立つ。


「これさ……。ダジャレで爆笑取ったらノーベル賞もんじゃね?」

「おい、なにくだらないこと……」


 言いかけて俺は否定文をやめて肯定的になる。


 確かに、色々なお笑い芸人を見てきた中で、独自性のあるネタを見たことはあるが、ダジャレで頂点に立っている人はいないのかもしれない。


 もし、ダジャレでウケまくったら、俺達、ダウソタウソさんと肩を並べられる? いや、もしかしたらそれ以上の存在に……?


 夢が膨らむぜ。


「正吾。なにかダジャレ言ってみろよ」

「イカを怒らせたら怒るよぉ」

「よしオーケーわかった。全国のお笑い芸人のみなさんに心から謝ろう。そして感謝しよう」

「うおお。芸人さん。いつも俺達に笑顔をありがとう。リアル感謝っす」

『そこっ!』


 キイィィ。


 大平の声がマイク越しに割れる音が体育館に響くと、ビシッと指を差さされてしまう。


『私語はやめてください』


 正吾は反射的に頭を下げて自分のポジションに戻っていた。


 そこまでうるさい会話ではなかった。そもそも聞こえるような声ではないはずだったが注意を受けた。


 どうやら本気でこちらを睨んでいた様だな。







「それでよぉ晃。どこのお笑い養成所受けるんだ?」

「己は一体何の話をしてんだ?」


 体育館での始業式が終わった。


 教室に戻って行く生徒達の流れに合わせて正吾と共に2年F組の教室を目指す。


 流れる人の足元を見ると同じような赤い便所スリッパを履いて、白のワイシャツに身を包んでいる。そこからよぉく目を凝らしてみると、女子のキャミソールが見えたり、時折ブラが見えたりしている。


 大体ブラが見える女子は派手なメイクのギャルだ。メイクも派手ならブラも派手みたいで、俺の股間が派手に膨張してしまう。ブラを見るだけでも勃つのは健康な証。


 じーっと見ていると、ギャルの1人と目が合ってしまったではないか。

 まずいと思ったのでピースサインを送ると、ノリが良いのか、ダブルピースで返してくれる。

 謎の絡みをしてブラを覗いていたのを回避すると正吾が拳を突き出して来る。


「俺の勝ちだな」

「世の中不思議でよぉ。岩をも砕くハサミってのがあるんだぞ? 知ってた?」


 言いながら俺は正吾の拳を挟んでやる。


「うおお! いってぇ! つええ! つええ! 晃のチョキ、チートかよお!」


 嬉しそうに言ってのける正吾。バカだけど、こういうところはちょっと可愛い。


 おふざけをやめて、正吾のさっきの謎会話の真相へ迫る。


「んで? なにを急にお笑いに目覚めたんだ?」

「いやよぉ。ダジャレでノーベル賞を取るなら、やっぱお笑い芸人かなって。んで、お笑い芸人なら養成所だろ?」

「なんだ。その話まだ続いてたのか。そんなことよりも……」


 しょうもないことを言っている正吾の話を聞くのがばかばかしくなり、話題を変えて昼飯をどうするか聞こうとしたところで、「守神くん」と呼ばれてしまう。


「養成所の話しをしてたら妖精が来た」

「晃。今の面白いんじゃね?」

「2点だろ」


 こちらの会話に、途中からやって来た大平有希は首を傾げた。

 大丈夫だ大平。

 最初から聞いてた俺でさえ意味がわからない。男子高校生の会話に内容性なんてものは皆無だ。


「守神くん。さっきの私語の罰です。体育館の機材の片づけのお手伝いをお願いします」

「え……」


 いきなり雑用を押し付けられて嫌な顔が出てしまう。隣の正吾を見ると、やる気満々の笑みで大平を見ていた。


「会長さん。晃がやるなら俺も一肌脱ぐぜ」


 言いながら正吾はワイシャツのボタンを外しだした。


「お前はどうして脱ごうとしているんだ?」

「有言実行」

「そんな有限実行はいらねぇんだよ」


 こっちの言葉に乗っかるように大平もゴミを見る目で正吾を見た。


「そうですね。近衛くんは必要ありません」


 俺の何倍も冷たい声に正吾は、ゾクゾクしていた。


「流石はゆきという名を持つだけあるな。まるで冷凍庫だ」

「今すぐあなたの人生にピリオドを打って欲しいみたいですね?」


 雪のように儚くも冷たい笑みで正吾に言うと、本当に雪に当たったみたいに震え始める。


「近衛くんは教室。良いですね?」

「へい!」


 忠実なイヌみたいに正吾は、ピューと教室に戻って行った。


「ところで」


 邪魔者がいなくなったと言わんばかりの雰囲気を醸し出して、大平有希が口を動かした。


 これが専属メイド宣言をする前であれば、なんだかピンクな雰囲気を感じ取れたかもしれないが、今の空気はその雰囲気とは程遠い。


「さっきこっそり近衛くんとなにを喋っていたのでしょう?」

「雑談だけど」

「本当に?」


 犯人を問い詰める刑事に似た問いかけ。圧を感じて恐怖を覚える。


「なにを疑ってるのやら」


 こちらの回答に一呼吸置くと、「まぁ良いでしょう」と譲歩するかのような言葉を口にする。


「それはあなたのお宅で聞くことにします」

「おいおい。家にまで押し寄せて……」


 ん?


「家?」

「はい。守神くんのお宅です♪」

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